16話 託された手の温もり

【16-1】




 待合室の扉が静かに開いたのが分かった。


 三河さんだ。確か手術のその瞬間には立ち会えないが、麻酔をかけるとき、そして終わった直後のICUでは処置を担当してくれると言っていたっけ。


「小田さん、お隣よろしいですか?」


「は、はい。どうぞ」


 三河さんの動きがぎこちないのがなぜか気になった。


 朝まではそんな様子はなかった。途中でどこか痛めているのだろうか。


 俺のとなりに座ると、三河さんは右手を俺に差し出した。


 そう、なぜかかばうようにして使わなかった方だ。


「小田さん、この右手は美穂さんが麻酔で眠られるまでずっと握っていたんです。それからここまでどこにも触ってきていません。小田さんが握ってあげてください。美穂さんが気持ちを託してきましたから」


 驚いた。そうか、三河さんが外に出るのを知っていて、そこに逆に託したってことか。


 差し出された手を握る。


 もちろん三河さんの手だ。でも、そこから美穂が託した気持ちが流れ込んでくる。


『心配させてごめんね。必ず戻るから、待っていて』


「当たり前です。目を覚ますまで待ってますよ」


 三河さんは、それを聞いて安心したようだった。


「ありがとうございます。わざわざここまで」


「いえ。本当でしたら小田さんに代わって、ずっと側にいられたらよかったんですが」


 それよりも、今回三河さんがしてくれた行動の方がどれだけ気を楽にしてくれたか。


 本当なら直接関わることはなくても、待機していなければならないのではないか。


「大丈夫です。ちゃんと許可をもらいましたし、中の様子はこれで常に分かります」


 片耳に入れているイヤフォンはポケットの中の医療用PHSに繋がれていた。


 これで中の様子をずっと音声で聞いてくれているというから、何か緊急事態が起きたらすぐに駆けつける手はずになっているという。




「小田さんと美穂さん、小学生の頃からのお知り合いなんですって?」


 重苦しい沈黙を破るように三河さんが話しかけてきてくれた


「まったく、美穂が喋ったんですね?」


「ガールズトークって言うんでしょうか? いろいろ話してくれましたよ?」


 きっと、いろいろな用意をしながらの時間に話があったのだろう。


「小学生の男子ってのはまだガキですね。あの当時は気になっていただけで、はっきりと言えなかったんですが」


「美穂さん、小田さんに会えていなかったら、今回の手術は受けるつもりはなかったって言ってましたよ」


 自分だって同じようなもんだ。彼女が目の前に現れてから、急に物事が動き始めたのだから。


「そうだったんですね」


「私、それを聞いて正直お二人がうらやましかったです。確かに年月は空いてしまったかもしれません。でも、それを乗り越える決意をされた。なかなか出来ることじゃありませんよ」


「まさか再会できるとは思っていませんでした。よく頑張っていてくれた……。それを感謝するに尽きます」


 何度も話していたことだ。いつだったか、なにもかもに疲れてしまっていたと、その時の美穂は珍しく弱気な声だったから覚えている。

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