8話 記憶の奥の千羽鶴

【8-1】




 都心にある総合病院の予約は10時。その1時間前には着いていた。そこで彼女の両親と合流した。


「お父さん、お母さん……。ヒロくん、来てくれたよ……」


「おはようございます」


「小田くん、突然のことで本当に申し訳ない」


 彼女の両親が頭を下げてきた。


「いえ、僕の方が美穂さんとお付き合いさせてくださいと言うのが先だったんです」


 繋いでいる手に力が入る。こんなことはもちろん初めてだ。それでも、美穂を守りたい。安心させてやりたい。手順なんか問題じゃなかった。


 でもそれは俺以上に、彼女の両親のほうが分かってくれているようだ。


「本当に、美穂でいいんですか?」


「はい。美穂さんがいいんです」


 きっと、この段取りは竹下家の中では想定されていたことだったのだろう。


「それじゃ、頑張らなくちゃね美穂?」


「うん……そうだね」


 胸に手を当てて答える。そんなに不安になるような手術をこれからするのだろうか。


「美穂、一つだけ言っておこう。おまえが無事に退院する。それがお父さんとお母さんからの結婚の条件だ。いいね?」


「うん……」



 他の外来とは違う。中の待合室で待つ。


 カウンセリング室に入るとき、俺のことも聞かれて、婚約者ということで同席を許してもらった。


「おや、ご家族が増えましたね。美穂さん、ますます頑張らなくちゃいけませんね」


 にこやかに微笑む四十歳くらいの男性医師。後で聞いてみれば、国内でも3本の指に入るという心臓専門の外科医だという。


 この年になって初めて聞いた美穂の病名、心臓弁膜症。詳しい話までは分からなかったが、動き続けている心臓を一度止めて、素早く術を施し再び動かすという、聞くだけで背筋が凍るような話だった。


 動き続ける心臓を止める。素人考えなら、それは死を意味する。


 もちろんそれでは本当に命を落としてしまうから、血液の循環は人工心肺に任せる。


 治療が終わったら、美穂の心臓を再び動かして、そこに再び血液を通して、彼女の命のポンプとしての役割を戻す。


 時間にして施術は1時間ほど。ただし、前後の処置や経過観察があるから、全体の時間としては6時間ほどはみておいて欲しい。


 これまでの治療記録やカルテもきちんとしているから、治療法について技術的な心配は少ないとのこと。


 ただ、やはり一度止めたものを再び動かすところにリスクは0ではない。それだけの荒行に耐えられるだけの体力も必要だ。


 今度の手術は彼女自身の心膜を使う新しい技術だと。これなら血栓防止の薬をのみ続けなくてもよくなるし、次の時期に人工弁膜の交換なども必要なくなるとのこと。


「全快すれば、最終的には運動も妊娠、出産も制限がなくなるでしょう」


 美穂が俺の手を握る。


「ヒロくん……」


 これだけの大きな話だ。もっと気軽に考えてしまっていた自分が情けない。


 美穂がここにいてくれているというのは、あの当時から、自分達の知らない場所で恐怖と戦ってきてくれていたのだから。

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