【6-3】




 いつもは門の外で美穂が玄関の扉を閉めるのを見送るけれど、今日は違った。


「お母さん、ヒロくん来てくれたよ」


「こんな遅くにすみません」


「あらー、小田くんずいぶん大きくなったのね。立派になって」


 美穂のお母さんに会うのも、本人と同じく17年ぶりだ。授業参観などには顔を見ていたから思い出せる。


「お母さん、早く出してあげて。寒いところ来てくれたんだから」


「はいはい。美穂も軽く食べる? 小田くん、うちの残りだけど許してね」


 テーブルの上に、湯気の立ったシチューと厚切りのトーストを出してくれた。


「ありがとうございます」


 隣でシチューだけを食べている美穂と俺をお母さんは微笑ましく思ってくれたようだ。


「美穂がね、小田くんと会ってから、本当に変わってきたんですよ。本当にお礼しなくちゃって、主人とも言ってました」


「そうだったんですか」


 美穂が手洗いに立ったのを待っていたように、彼女は話してくれた。


「美穂のことを昔から優しくしてくれましたよね。よく、あの子から聞いてました。風邪気味でも学校に行くと言って、理由を聞いたら小田くんが不安がるって……。本当に、あの頃から美穂の中には小田くんがちゃんといたんですよね」


「本当に、自分が役に立てるんでしょうか……?」


「えぇ、美穂があれだけ変わった。体を治したいと言ってくれた。だから、お医者さまも美穂に体力をつけるようにって……。だから、お付き合いも、小田くんに無理強いしてはいけないと美穂には言い聞かせたの。自分のことをちゃんと話してからにしなさいって言っていたのだけどね」


 そこに、美穂が戻ってきた。


「美穂、ちゃんと小田くんには、あなたのことを話しておきなさい。小田くんを悲しませるようなことがあってはダメよ」


「お母さん……」


 言葉を失った美穂の手を俺は咄嗟とっさに握った。


「いい。まだ言えないこともあるんだろう。なんとなくだけど事情は分かる。でも、竹下は一生懸命生きている。俺はそんなとこが嬉しいから」


「ごめんね……」


「今日はもう遅いから帰るよ。また、明日な。おやすみ」

「うん……。おやすみなさい」


 美穂が玄関で見送ってくれて、俺は自分の部屋への道を歩く。


 さっきの様子では、きっと美穂はまだ俺に言えていないことがあるのだろう。しかも、実際にはかなり重そうな話だ。



 部屋に戻ってみると、美穂からのメッセージが入っていた。


 取り乱したことについてのお詫びと、言っていなかったことについては、必ず近いうちに話すこと。体力作りの朝晩の散歩も少し休ませて欲しいと言うこと。


 きっと彼女の中で整理しておかなければならないこともあるだろう。


 それを責めることはしない。『美穂ちゃんの決心がついてからでいい』と返答して、夜は更けていった。

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