11話 止まった時計を動かすために

【11-1】




 桜の開花宣言というニュースが出た朝、美穂と彼女の両親、そこに俺を加えた四人で病院に向かった。


「お花見したかったなぁ」


「戻ってきたらどこでも行けるだろう」


「だけどぉ、みんなお花見してるのに、私だけ病室からだなんて……」


 少し拗ねている美穂にみんな笑っている。


「だから、元気になって早く出てこいって」


「だけどぉ……」


 開花宣言は出たけれど、しばらくは寒い日が続いて開花は進まなさそうという予報も出ている。


 経過がよければ、満開になる前には病室を出られるだろう。



 主治医の先生への挨拶と診察のあと、入院の手続きをして事務の職員さんに連れられて病室へと向かう。


 六人部屋だけど、彼女の場所は南向きの窓に面したベッド。同室の患者は美穂を入れて三人だという。


 小児科ではないので、同室の方の年齢はずっと上というところ。逆に美穂にとって同年代とはいろいろとトラウマもあったりするから、この方が都合がいいのかもしれない。


「娘がお世話になります。美穂、あとは小田くんとやってくれる? お母さんたち先に帰るから」


 病室の場所まで分かっていれば、付き添いがたくさんいても病院的には邪魔になってしまう。


 先に帰る二人を玄関まで送って、細かい生活消耗品を売店で買って病室に戻ったとき、美穂のベッドのところに人影が見えた。


「あ、お戻りになりましたね。竹下美穂さんですか?」


「はい」


「はじめまして。この入院期間、竹下さんの看護担当をさせていただきます三河みかわ瑠璃るりです。よろしくお願いします」


「あ、こちらこそ、お願いします」


 まだ若い女性の看護師さん、きっと俺たちとそれほど変わらないだろう。


 胸元のネームプレートに、ICU・NICU・外科・小児科と書かれている。心臓外科であればICUは必ずお世話になるから、そちらの担当から回ってきてくれているようだ。


 背をしゃんと伸ばして、ぱっちりした目元がとても明るい印象を与えてくれる。


「竹下美穂さん……、え? 私より年上なんですか? 失礼なんですけど……めちゃくちゃかわいいです……」


「えー、三河さんだって、本当に看護師さんなんですかぁ? もっと怖いイメージだったから」


「瑠璃ちゃんは普段は優しいけど、怒ると怖いよー」


「でも、本当にいい看護婦さんだから大丈夫。」


「もお、大西さんも田口さんも、竹下さんに変なこと教えないでくださいよね?!」


 同じ病室の二人に声をかける三河さん。


 それだけ信頼されている看護師さんだとはこのやり取りだけでも分かる。でもその本質に気づけたのは、もう少し時間が経ってからのことだった。


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