【9-2】




 突然、美穂は俺の顔を辛そうに見た。


「ヒロくん……、もしこれを見て無理だったら、今日のこと取り消しにしてもいいから……」


 そんなこと出来るわけがない。それでも彼女は自信がもてないのだろう。


「約束する。美穂ちゃんを捨てたりはしない」


「わかった……」


 桜色のカーディガンを脱ぎ、その下に着ていた柔らかい布地のブラウスのボタンを外していく。


 何をするのか分かっていた。でもやめさせることはしない。


 彼女の気持ちを吐き出させて、それを少しでも受け止めてやることが一番だと。


 キャミソールを脱いで、恥ずかしそうに「カッコだけだけどね」と胸元に着けている下着だけになったとき、それがついにあらわになった。


 小学生とまで見間違われてしまう美穂。


 そんな容姿だから、成熟したと言われるような膨らみはほとんど見られない。


 今時なら現役の小学6年生の方が成長しているかもしれない。


 そんな胸元を覆っている二つのカップの間に、何本も入っている縫合の跡。


「これも外してみる?」


「美穂ちゃんの気持ちに任せる」


 彼女は目をつぶって、上半身から全ての着衣を外した。


 前回の手術からは年数もたっているだろうから、痛々しいというほどではないけれど、それでも美穂が必死に生きてきたことを理解するには十分だった。


「ごめんね、気持ち悪いよね……」


 この傷の下に、彼女の心臓がある。何度危ない目に遭ってきたのだろう。それでも健気に動き続けて彼女を守ってきたのだから。


「美穂ちゃん、頑張ってきた。偉かったぞ」


 俺はその傷跡にそっと手をあてた。


「平気……なの……?」


「だって、美穂ちゃんが生きてきてくれた証だろ? これがなかったら、こうしてまた会うこともできなかったじゃないか」


 俺は上半身が裸だということも忘れ、美穂を抱き締めた。


「もう、心配しなくていい。こんなことで不安になるなんて、そんなに信用されてなかったのかなぁ?」


「ごめんね……。ありがとう……」


 そのとき、仕掛けておいたお風呂のお湯張りが終わったメロディーが流れた。



「先に入ってきなよ」


「うん……、ヒロくんも一緒に入ろうよ」


「い、いいのか?」


「だって、私たち婚約したんだよ。別におかしいことじゃないよ」


 さすがにこのままの美穂に寒い思いをさせられない。


 一人暮らし用の部屋の風呂は狭いから、先に洗ってもらい、準備ができたら呼んでもらうことにした。


 エアコンの温度を少し上げて、自分の着替えを美穂のそれの横に置かせてもらう。


「もういいよ。お待たせ」


 美穂はもうバスタブの中に入っていた。


 俺が体と頭を洗っている間、彼女の観察するような視線を感じる。


「こういう経験あるのか?」


「ううん、初めて。お父さんは別だけどね。やっぱりヒロくんは昔から大きかったもんなぁ」


「へっ?」


「背の高さだよもちろん!」


 浴室だからお互いに……という状況が状況だけに、ふたりともドキッとして笑いあってしまう。


「焦るなよ美穂ちゃん」


「うん、ありがとう」


 結婚して新居を選ぶときは大きいお風呂にしようねと指切りで約束をした。

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