【17-2】
「美穂、あの場で質問に答えなかったのか?」
「うん。話せば長くなるし。私にとって特別な日のことだから」
「そっか。美穂がそう思っていたなら、俺が口を出すまでもないな」
隣で座って食事をとっているヒロくんも納得してくれたようで、それ以上は黙ってくれていた。
本当はみんなからの質問責めの時に説明しておく必要があったのかも知れないけれど、時間限られていたから、あえて黙っていた。
そうだよね。ここから先の記憶は私しか知らない。
あの手術の翌日、ICUから一般病棟に移された私。
病院暮らしが何度もある私からすれば、ICUを出るということには二つの意味があることを知っている。
ひとつは、容態が安定して一般病棟での治療に移行できるケース。
……もうひとつは、限られた数のICUのベッドを空けるために、『やむなく』移すことがあるということ。
意識も戻り、会話も戻ったけれど、まだ自由に動けるわけでない私は、そのどちらかを聞くことが怖かった。
「大丈夫です。もう明日からリハビリですよ」
瑠璃さんに言ってもらえて、ようやく自分の状況を理解することができた。
「
瑠璃さんにそう呼ばれてハッとする。
昨日、ICUのベッドの上でヒロくんを見送った。そのあとお母さんと少し話して、疲れてまた眠ってしまった。
瑠璃さんが、私の左手につけている認識票を取り替えてくれた。
そこに書かれている名前が書き変わっている。
そう、小田美穂……。私の新しい名前。これからずっと名乗っていけるんだ。夢じゃない。
「昨日の夜、『ご主人』が新しい住民票を届けてくださったんです。健康保険の方は切り替えの手続きが進んでいますが、それは美穂さんが心配することではありませんし」
先生の回診の時に、手術の結果を教えてもらえた。
リハビリを頑張ればいいと。薬も減らしていけると。
何度もうなずいて涙も出た。
体を自分の力で起こして、手伝ってもらいながらベッドを移ることから始まった私のリハビリ。
瑠璃さんが、これまでに比べて体力があるから早いですよといつも言ってくれる。
これも一人じゃできなかった。ヒロくんが、いつもいっしょに体力作りに付き合ってくれたおかげだ。
これまでのリハビリとは気持ちが違った。
昼は一人だけど、一生懸命にリハビリをして、夜は大切なひとが面会に来てくれることが楽しみになった。
仕事帰りに病院に寄ってくれることは前と変わらない。
これまでと違うのは、名実ともに私たちは夫婦になれたこと。だから、静かにしていれば一般の面会時間外でも一緒にいることができたし、ヒロくんも夜間口から出入りが正式にOKになった。
病室のなかでは迷惑になってしまうから、歓談スペースでヒロくんと毎日を報告しあった。
正直、術後二日で立ち上がれるようになったなんて、これまでで初めてのこと。
「やっぱり、小田さんの愛の力はすごいですね」
瑠璃さんからはそう笑ってもらえたけれど、私もそれは事実だと思った。
一緒にいたい。そして少しでも早くおうちに帰りたい。そのために頑張るのだから。この力はどこから湧いてくるのかと思っていたけれど、瑠璃さんの言葉以外には思い付かない。
手術で治したとはいえ、きっとこれからヒロくんに心配をかけてしまうことがあるかもしれないのに。
それでも、私は差し出してくれた手を放したくないというわがままを聞いて、ヒロくんは笑ってくれたっけ。
「退院する時には名前が変わっていたいってお願い、本当に叶いましたね。あ、そうそう。本当は小児科のお子さんだけですが、美穂さんには特別です」
瑠璃さんは、紙袋に入ったシャボン玉のセットをふたつ、私の快気祝いだと渡してくれた。
もちろん、その意味はリハビリをしている夜にヒロくんから聞いていた。
「はい。本当にお世話になりました。また検査通院の時に顔を出しますね」
「カルテを見て、そのときは時間空けておきます……。なんてバレたら怒られちゃいますよね?」
笑顔の瑠璃さんに見送られて、私は病院をあとにしたんだもの。
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