異世界召喚、どうやら俺が聖女(♂)のようです
蒼井華音
Episode.01 聖女(?)召喚
「ただいま~……って、誰もいないんだけど」
玄関のドアを開けると同時、俺はため息をつく。
直後、真っ暗な音のない部屋に、コートがぱさりと落ちる音が響く。
「たしか、スイッチはこのあたりに――」
首を鳴らしながら、慣れない手つきで電気のスイッチを探す。
「……! あったあった」
指に引っかかる感触を得て、指に力を籠める。
――その瞬間、天井ではなく足元から光が来た。
「え、これって……――!?」
目を見開き、慌てて飛び退く。
だが、足が地面を離れたと同時に、謎の浮遊感が身体を襲う。
足元に目を向けると、ゲームなどで見覚えがある“魔法陣”のような文様が闇の中に浮かび上がっている。
「……い、いったい何が」
頭が回らない。
どうにか足をつけようともがくが、床との距離は遠ざかっていくばかり。
「――……! ……っ!!」
助けを呼ぶ自分の叫びも、徐々に遠のいていく。
――そして、視界は一面の光に染め上げられた。
何も見えない。何も聞こえない。何も感じない。
(俺は……死んだのか……?)
天国に辿り着いてしまったんだ。
そう思ったのも束の間、気づけば伊織は見知らぬ薄暗い部屋で尻餅をついていた。
(こ、ここは……いったい……なにが……?)
床一面に敷き詰められた呪文のような、見たこともない文字列。そして、床に散らばる割れた宝石や動物の骨のようなもの。
見回してみると、目に入るのは怪しげなものばかりだった。
「あ、あの……」
声をかけられる。少し高めの女性の声だ。
振り向くと、そこにはこれまた怪しげなローブに身を包んだ白の短髪を揺らす外国人が顔を覗き込んでいた。
「あなたが《聖女様》ですか……?」
「せ、聖女?」
意味が分からない。自分は男だ。
たしかに、中世的な見た目のせいで昔から女性と間違えられたり、からかわれたりという経験に困った覚えはない。
それでも、れっきとした“男”である。
「え、あれ? 聖“女”様ですよね……?」
そもそもこの女性は誰で、どうして言葉が通じているのだろう。最近の外国人は日本語がそんなに得意なのだろうか。
疑問の渦に呑まれながら、俺は喉から声を絞り出す。
「いや、良く間違われるけど俺は“男”です、はい……」
とりあえず、そこだけは訂正しておかないと。その一心で出た一言だった。
「ま、まさか……そんな……っ!?」
なぜか、ローブの女性は慌てふためく。
(というか、《聖女》ってゲームとかアニメとか、そういうのを思い出すよなぁ……)
ふむふむ、と顎に手を当てて考える。
(――なるほど、夢か)
疲れすぎて倒れたんだと結論づけ、ひとまず気持ちを落ち着かせたのだった。
だが、女性の方はこちらの落ち着き様とは真逆で、ぐるぐるとその場で回りながら何やらブツブツつぶやいていた。
「まさか、召喚術式に誤りが……!? いや、でも何十回も何百回も術式改良も施したものに、そんな欠陥があるわけが――」
これが夢なら、内容は『異世界召喚された俺氏、チート能力で異世界楽チン!』ってところだろう。
いやぁ、最近Web小説を読み漁っていたせいかな……。
「いやいやいやいや、問題はそこじゃないでしょうノエル・ル・ブラン! 一番の問題は『聖女召喚に失敗した』って事実そのものじゃない!」
おお、《聖女》に続いて次は《召喚》と来た。これはいよいよ“異世界転生モノ”っぽくなってきた。
何やら間違って召喚されたみたいなのが残念だが、ここからの展開は読める。
(――《勇者》として、この世界を救ってください! だ!!)
脳内で完全にシミュレーションはできた。これでいつでも大丈夫だ。
さあ、来い――っ!
「こちらの勝手なのは理解しております! ただ、ひとつだけお願いします!」
よし、来た! もちろん、答えは用意してある。
さあ、言うんだ。『《勇者》として、この世界を――。
「お願いします! 《聖女》として、この世界を救ってはくださいませんか!?」
「もちろん、よろこんで!」
よしっ、決まった。
って、あれ? もしかして今、《聖女》って……?
目を丸くして顔を上げると、すっかり血色の悪くなってしまっていた女性に笑顔の花が咲く。
「ありがとうございます、ありがとうございますっ! そうと決まれば……さあ、こちらへ」
「あ、はい……」
ダメだ、頭がフリーズして何も考えられない。
どこだ……。どこで間違えたんだ……っ!?
もしかして、話をきちんと聞かずに食い気味に返事をしたのが悪かったのか? いや、それともこれがよくある“異世界転生モノ”の夢だと思い込んだのが間違いだったのか!?
(……いや、その全部か)
それでも、これは夢なのだ。別に現実の自分にダメージは毛ほどもない。セーフセーフ。
案内されるまま儀式場のような場所から出ると、廊下の窓にふと視線が吸い寄せられた。
「え、ナニコレ……?」
窓の外に広がっているのは、見知らぬ城下町。夢にしては少しディティールがはっきりしすぎているような気もするが、とりあえずいいとしよう。
だがそれ以上に、特に視線が引き寄せられるものがあった。
「いやいや、空に島を飛ばすのはいくらなんでもやりすぎじゃない……?」
しかも、遠くの空を飛ぶ島の付近には翼竜のような影も見える。
徐々に意識がはっきりしてきて、これは夢じゃないんじゃないかと訴えかけてくる。
「いやいやいやいや、まさかそんなわけ……――」
ここはひとまず、古典的な方法――『頬をつねって痛みがなければ夢』という方法で判別しようじゃないか。
「すう……はぁ……よしっ……」
心の準備はできた。
頬に手をスタンバイ。はい、せーの――っ!
「いひゃい……」
かくして、俺――斎藤伊織(23)フリーターは、異世界で聖女(♂)はじめました。
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