第15話 「さすが元キューピッドね」 できてなかったけどね?

千垣ちがき、いるか?」


 俺は、いないだろうなと思いながらもノックをしてから扉の向こうにそう声を掛ける。

 案の定返事はない。


「開けるぞ?」


 もしかしたらということもあるので、もう一度声を掛けてから扉を開ける。


「…………」


 扉の向こうは、規則正しく並んでいる机と椅子があるだけだった。

 ギターケースも空のでかい弁当箱も、伊達眼鏡もそのケースも、千垣本人もいなかった。


「やっぱりか……」


 ここに向かっている途中で気づいた。

 歌声も聞こえないし、ギターの音すら聞こえないことに。

 それでもいる時はあったが、今回はなんとなくいないような気がした。


 仕方がないので、俺は空き教室を後にする。

 千垣に聞きたかったのは、九条くじょうのことについてだ。


 九条とおるが一体どういう人間なのか。


 それを聞こうと思ったのにはもちろん理由がある。

 それは、一昨日の琴羽ことはからの相談だ。



※※※



「相談?」


 俺がそう聞き返すと、琴羽は「うん」と大きく頷いた。


「前に覚悟を決めたら話すって言ってたでしょ?」

「そうだな」

「そのこと、話そうと思って」


 琴羽はゆっくりと俺とうららのことを交互に見る。

 そして、さらに深呼吸をすると、再び口を開いた。


「じ、実はね……?」

「実は?」

「ちょっと、気になる人がいるの……」

「…………」

「あれ……? こうちゃん?」


 木になる人?

 なんだそれは。本当に人間か?


「やっぱりそうだったのね」

「え!? わ、わかりやすかったかな!?」

「いや、女の勘みたいな……」


 麗は即座に納得した様子を見せた。

 麗の思っていたことはどうやら当たっていたらしい。


 麗の勘は良くも悪くも結構当たるかもしれないから、今後はよく話を聞こうと思う。

 そうじゃなくて。


「まさかとは思うが、九条か?」

「なんでわかるの!?」

「琴羽と交流がある男って九条と祐介ゆうすけくらいしか俺は知らん」


 祐介には姫川ひめかわさんという彼女がいるし。

 九条にいるのかどうかは知らないが、選択肢としては九条以外は存在しない。


「そ、そっか……」


 琴羽がすごく恥ずかしそうにもじもじしている。

 なんだかとても新鮮な感じだ。

 いつもは俺たちがからかわれているというのに。


「散々ららちゃんにアドバイスみたいなことしてたけど、いざ自分の身になるとどうしたらいいかわからなくなっちゃって……」

「その気持ち、今わかったわ」


 麗は腕を組んで頷く。

 客観的に見たほうが、冷静に見れることもあるだろうしな。


「だから、どうやって仲良くなればいいのか、アドバイスをください!」



※※※



 とまぁ、こんな感じの相談をされたわけなんだが……。

 麗の時のこともある。

 一応九条の情報も知れるだけ知っておきたいと考えたのだ。


 ただ、今回違うのは、俺が九条と直接話したことがあり、かつそれなりに仲良くなったということだ。


 麗の時は、上野うえのただしと俺の関わりは一切なかった。

 しかし、今回の場合は俺との関わりがあり、その上それなりに仲がよくなってしまっている。

 こうなると、もし裏の顔があるとするならば、俺の前には出てこないだろう。


 するとやはり、千垣の情報頼りになってしまうわけだ。


「ま、今回は千垣もいないわけだが……」


 かなり厳しい状況に置かれたであろうことはわかる。

 だからといって放置できるような案件でもないし……。


 バカキューピッドの再来……か。


 そんなことを考えながら適当に歩いていると、いつの間にか図書室前まで来ていた。

 そうだ。

 もしかしたら、二ノにのせさんなら千垣のことを何か知ってるかも。

 そんな素振り見せてたし。


 そう思って、俺は図書室に入ってみた。

 相変わらず、二ノ瀬さんはカウンターにいた。


「二ノ瀬さん」

神城かみしろさん……。どうかされましたか……?」

「千垣がどこにいるか知ってる?」

紗夜さよちゃんですか……? わからないですけど、教室にいませんでしたか……?」

「それがいなかったんだよ」


 まったく誰もいないし、やたらと綺麗な教室だった。

 遠くから小さく聞こえてくるほかの生徒たちの声もあり、どこか幻想的にすら感じた。


「それならわからないです……。ごめんなさい……」

「いや、こちらこそごめん。ありがとう」

「いえいえ……」


 いつも昼は別行動らしいし、知らなくても無理はないか。


「あ、神城さん……」

「なに?」

「本、借りませんか……?」

「あ~……ごめん。まだ麗から借りたのが読み終わってないんだ」

「そうですか……。また来てください……」

「わかった」


 図書室を出て、少し考える。

 どうすることもできないと判断した俺は、一度自分の教室に戻ることにした。



※※※



 すでに放課後。

 今日のアルバイトは、大学生の人たちがみんな休みのため、俺と琴羽と九条の高校生組となっていた。


 琴羽と九条は仲良さそうに話していて、友達と呼ぶには相応しい間柄なんじゃないかと思える。

 ここからどうやって恋仲になっていくか。


 俺と麗の場合で考えると、少なくとも学園祭実行委員で一緒だったというきっかけのようなものがあった。

 それなら、アルバイトという共通のものがあるということは、アドバンテージであるといえるだろう。

 そう考えると、それほど難しいこともないと思うのだが……。


「やべぇ。まったくわからん」


 俺の時は学園祭のキャンプファイヤーとか、麗の誕生日とかいろいろとイベント事のようなものがあった。

 これからのイベントというと、琴羽の誕生日は六月だからまだ遠いし、九条の誕生日なんて知らないし。


「神城くん」

「ん?なんだ?」

「神城くんは、何かおすすめの映画とかはあるかい?」


 急に声を掛けられて思考が止まってしまった。


 おすすめの映画か……。

 映画というと、琴羽と一緒に見たホラーものしか頭に残ってない。

 ホラー以外も見るには見るが、ホラーを見すぎて記憶が上書きされている。


「ホラーのしか記憶にないわ」

「え~! ほかにも一緒に――」

「――琴羽はどうだったんだ!?」

「え、私はね~!」


 俺と一緒にって、気になる男の前でいうことじゃないだろ……。

 まぁお昼とか一緒に食べたりするのは知ってるみたいだし、今更かもしれないけど……。


「あ、そういうジャンルも見るんだね」

「そうそう!」

「そういえば、新しいの公開されたよね」

「あ、知ってる! ちょっと気になってた!」


 ん?

 これはもしかして……。


「琴羽は映画見るの好きだもんな。九条もなのか?」

「うん、そうだね。ドラマとかも好きでよく見るよ」

「なるほどな」


 九条は本も好きだし、物語とかを見るのが好きなのだろうか。

 それなら琴羽と一緒かもしれない。


 それはともかく、映画も好きだと。

 つまり、これは琴羽と共通の趣味ともいえるわけだな。


「なら、映画でも見てきたらどうだ?」

「見てきたら?」


 琴羽がきょとんとしている。


「二人とも映画好きみたいだし、なんか新しいの公開されたんだろ? 見てくればいいじゃんか」

「……誰と?」

「……九条とだろ?」


 琴羽がフリーズした。

 いや~これを琴羽は毎日俺たちにやってたんだな。

 たしかにこれは楽しい。

 心が悪魔になりそうだ。


 恋のキューピッドって名前間違ってるんじゃないか?


「九条もそう思うだろ?」

「一人で見るよりも、感想とか言えるしね。藤島ふじしまさんさえよければ、一緒に行きたいね」

「だってさ琴羽」

「はっ! 行く!」

「よかった」


 俺は思わずニヤリとしてしまった。

 琴羽と九条は日程とかの話し合いを始めた。


 休日に映画デート……。

 これは確実に一歩近づけるはずだ。

 これでさらにお互いのことを知れば、先に進むこともできるだろう。


 俺は仕事に従事して、気持ちよく帰宅した。



※※※



「へぇ~やるわね」

「だろ?」


 その日の夜。

 俺は麗と通話をして、琴羽と九条が二人で映画を見に行くことになったという話をしていた。


 麗の足の怪我は、まだ治ってはいないものの、一人でも大丈夫になってきたからということで、これからはいつも通りの生活に戻った。

 明らかに足を庇っているので少し心配にはなるが、普通に歩くのは痛いけど、そうじゃなければ一人で大丈夫と言われたので、いざとなったら助ける所存だ。

 まぁ、本人からいざとなったら頼るから大丈夫と言われたんだけどね。


 ちゃんと頼ることは、もう二人の約束なのでもし無理をしていたら怒るつもりだ。


「さすが元キューピッドね」

「できてなかったけどね?」

「そうね。ふふふ……」


 でもほら、結果的にはよかったというかね?

 俺は特にね?


「でもいいの?」

「何が?」

「こういうのも悪い気がするけど、大丈夫な人なの……?」

「あ~……」


 麗は九条と会ったこともないし、あの時は当事者だったから思うことはあるだろうな。

 もし本性を知らなかったらと思うとゾッとする。


「千垣がいなかったんだよなぁ……」

「康太はもう仲良くなっちゃったんでしょ? そうしたら、自分で調べるのも難しいわよね」

「どうにか調べる方法があるといいんだけど……」

「紗夜ちゃんって学校には来てるでしょ? それに、スマホでとか……」

「空き教室に来てないってことは、やっぱりまだ忙しいんじゃないかと思ってな。なかなか連絡するのも申し訳なくて」

「たしかにそれもそうね……」


 いつも千垣には助けてもらってたしな……。


「祐介も見たことないとか言ってたしな……」

かなでは何か知らないかな?」

「姫川さんか……」


 姫川さんはたしか五組だったよな。

 一組の九条のことを知っているかと聞かれるとどうかわからないけど、もしかしたらということも考えられる。


「一応聞いてみるか」

「そうね」

「お兄ちゃんお風呂ぉ」

「わかったー! 麗、呼ばれたから行くな?」

「わかったわ。それじゃあまた明日」

「おう、また明日。おやすみ」

「おやすみ康太」


 通話を切って部屋を出る。


 風呂に入りながらもいろいろ考えてみたが、結局何も思いつかなかった。

 明日のバイトは九条と一緒だ。

 その時、もう少し何かわかるかもしれないし、気づくかもしれない。


 とりあえず、もう一回祐介たちに話を聞いてみようか。



※※※



「祐介、姫川さん、ちょっといいか?」

「どうした?」


 弁当を広げようとしている二人に声を掛ける。

 祐介の持っている弁当の包みがとてもかわいらしいものなので、今回も姫川さんが作って持ってきたものなのだろう。


 今はもう羨ましくない。


「祐介には前聞いたんだけどさ、九条徹って知ってるか?」

「俺はなんも知らないぞ。見たこともない」

「九条徹さん……? 何組の人なの?」

「一組」

「う~ん……。ごめん、わからないなぁ」

「わからないか……」

「ごめんね」

「いや、ありがとう。邪魔してごめん」


 姫川さんも知らなかったか。

 もしかしたら中学が同じとかそんなこともあるかなと思ったけど……。


 席に戻ってきて、先に弁当を食べている麗にダメだったとアイコンタクトをしてみる。

 首を傾げてるからたぶんわかってない。


「康ちゃん何してたの?」

「ちょっと聞きたいことがあって聞いてたんだよ。琴羽、俺にもハンバーグくれない?」

「交換だぞ~」

心優みゆ特製のピーマンの肉詰めでどうでしょう」

「うむ。よかろう」


 麗がもらってるのを見て羨ましくなった。

 ちなみにピーマンの肉詰めは昨日の残り物だったりする。


「みっちゃんさ、最近腕上げてない?」

「なんかレパートリーが増えた気はするな」

「もしかして、みっちゃんに好きな人が……?」

「なんだと? どんなやつか見せろこのやろう」

「ここまで露骨なシスコンは初めて見たわね」


 麗に呆れられてしまった。

 そんな冗談はさておきよ。


「麗、姫川さん知らないってさ」

「そっかぁ……」

「何の話?」

「ちょっと化粧水でね?」

「あ~この前言ってたやつ?」

「そうそう」


 上手く誤魔化して二人の会話は続いた。


 どこかで化粧水の話でもしていたのだろうか。

 こんな会話をされると俺は何も言えない。

 寂しい。


 ていうか、なんで麗じゃなくて俺が聞きに行ったのかとか考えないのだろうか。

 麗の雑すぎる嘘に若干心配をしつつも、琴羽の様子的に大丈夫そうかと安心した。

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