第12話 「そうね」 二人で笑い合った。
次の日。
俺は、午前中がバイトなので、
今日は朝から少しずつ雪が降っていて、予報通りだった。
道路は真っ白だ。
幸いなことに、まだ積もってはいない。
明日の朝には積もってしまうのだろうか。
「う~……寒い寒い」
麗からもらったマフラーをしてバイト先に向かう。
「おはようございます」
「おはよう」
店長に挨拶をして男子更衣室という名の廊下に向かう。
「あ、
「
「お先に行くよ」
そう言うと九条は休憩室に入って行った。
俺が着替えている途中に出てきて、さっそく厨房の方に向かった。
俺は少し遅れてタイムカードを切る。
厨房に行くと、店長から九条の仕事を見ながらしてほしいと言われた。
今日は夕方までの長いシフトらしい。
午後からは琴羽が見ることになるそうだ。
「それじゃあまずは――」
※※※
「お待たせいたしました」
お昼時の忙しい時間。
九条はしっかり仕事を覚えていて、特に教えることもない。
前の時も思ったけど、すごい早いスピードだと思う。
「神城くん、こっちお願い」
「はい!」
俺も自分の仕事を着々とこなしていく。
今日はいつもよりも忙しい気がしたが、特に何事もなく終わった。
「
「おう琴羽。麗はどうだ?」
「元気だよ~」
俺は琴羽と交代で帰りだ。
今度は俺が麗と家デートだ。
「九条くんもおつかれ~」
「
さて、それじゃあ挨拶して俺は帰ることにしよう。
「お先に失礼します」
「おつかれさま」
休憩室に行ってタイムカードを切る。
休憩している人にも挨拶をして、着替えてから俺は店を出た。
どこか寄ってなんか買った方がいいかな……?
とりあえず、ご飯を作っている
すぐに既読が付いて、野菜類を頼まれた。
俺は、『了解』と返信をして、近くの八百屋に向かった。
「キャベツと人参お願いします」
「白菜と大根お願いします。あ、あと……」
「あれ?」
近くから聞き覚えのある声が聞こえた。
「あれ?
「神城くん? こんなところで奇遇ですね」
「そうですね」
まさか八百屋で鳩ケ谷先輩と会うとは思わなかった。
前に会ったのはたしか
見た感じ、いかにもここに買い物をしにだけ来ましたみたいなバッグを持ってるし、この辺に住んでたりするのかもしれない。
「お買い物ですか?」
「ええ。ここの野菜はとてもおいしいので、よく買わせていただいてるんです」
「そうなんですね」
「神城くんもですか?」
「はい」
よく来てたのか。
いつもたまたま会わなかったのかもしれないな。
「神城くんはこの辺に住んでるんですか?」
「あ、はい。すぐそこです」
「そうなんですか。近くていいですね」
「先輩は違うんですか?」
「私の最寄り駅は踊姫駅なんです」
「あ、でもやっぱりこの辺に住んでたんですね」
「ええ。まぁ、踊姫駅までは自転車で行くくらい距離があってなかなか大変なんですけど……」
へぇ……。
あんまり想像できないな……。
「あいよ。兄ちゃん、キャベツと人参ね」
「あ、ありがとうございます」
「姉ちゃんは白菜と大根だったよな」
「ありがとうございます」
俺たちが話している間に用意してくれていたみたいだ。
順番にお金を払う。
「鳩ケ谷先輩はこれから帰りですか?」
「ええ。もう帰りです」
「それじゃあ途中まで一緒ですね」
「この辺に住んでるんじゃなかったんですか?」
「ああ、今は麗の……
「お泊りですか。学生としてきちんとしないとダメですよ?」
「そ、それはもちろん!」
そこはしっかり弁えているから大丈夫だ。
不純なことは何もしないし、できない。
「それでは行きましょうか」
「あれ? 先輩まだ何か買おうとしてませんでしたっけ?」
「あ、そうでした」
先輩は追加で長ねぎを買ってきた。
前もそうだったけど、鳩ケ谷先輩って実はいろいろ抜けているところがあるんじゃないだろうか。
学園祭実行委員の時はただただ真面目そうな大人っぽい人だなと思っていたけど、やはり人は話したりしてみないとわからないものだな。
「今日、明日とお泊りですか?」
「いえ、実は少し前からずっとしていて……」
「何かあったんですか?」
「実は麗が足を挫いちゃって……」
「なるほど。それは大変ですね……」
電車を待ちながら鳩ケ谷先輩と話す。
鳩ケ谷先輩はなんだか話しやすい。
あんな一面を見たということもあるだろうけど。
「病院には行きましたか?」
「いや、行ってないですね」
「一応行った方がいいかもしれませんよ? 万が一折れていたりでもしたら大変です」
「なるほど、そうですね。ありがとうございます」
「いえいえ、お大事にしてください」
そんなこと考えもしなかったな。
保健室で見てもらいはしたけど、念のためということもある。
たしかに折れている可能性も無くはない。
調べてもしやってるようなら行った方がいいな。
やがて電車がやってきたので、先輩と一緒に電車に乗る。
なんだかんだ隣の席に座ってしまった。
「藍那さんに怒られたりしないんですか?」
「え? 何がですか?」
「私の隣になんていて」
「あぁ……」
そうは言っても俺は先輩からある程度距離を空けて座っている。
こういうことは麗との話し合いでもあり、どこまで信じているかなんじゃないかと思う。
俺と麗はそんな話はしたことがないので、俺は自分が麗の立場になって考えて、嫌だと思わない範囲のことをしている。
あとは麗が俺のことをどれだけ信じているか、俺がどれだけ信じてもらえるようにできているかだと思う。
「ごめんなさい。私の踏み込んでいい領域ではなかったですね」
「いえ、先輩の話はためになります」
「そうだとしても今のはよくありませんでした。ごめんなさい」
先輩はそう言いながら頭を下げた。
どこまでも真面目な人だ……。
「や、やめてくださいよ。それより、今日はお鍋でも食べるんですか?」
「よくわかりましたね。神城くん、料理でもするんですか?」
「ええまぁ、ちょっと……」
「素晴らしい心がけですね」
先輩は感心したように頷く。
なんだか照れてしまう。
「先輩も料理するんですか?」
「まぁそうですね。最近妹と一緒に練習しています」
「妹さんがいるんですね」
「はい」
きっと真面目な子なんだろうなぁ。
「神城くんは、藍那さんのどういうところが好きになったんですか?」
「えっ!?」
急な質問に思わず大きな声が出てしまう。
少しだけ周りの視線が集まってしまった。
恥ずかしい……。
「えっと……」
「嫌でしたら言わなくても大丈夫ですよ?」
「いえ……。麗は、自分のことより相手のことを考えて、自分が傷ついても、相手のことを優先してしまうような、そんな優しい人だったんです。一番は、そういうところですかね」
「素敵ですね。是非藍那さんにも神城さんのどこが好きかお聞きしたいですね」
「や、やめてくださいよ……」
先輩はそんな俺を、羨ましそうに見ていた。
あれ? こんな表情前にもどこかで……。
「もう踊姫駅ですよ」
「わっと」
慌てて先輩に付いて行く。
危うく乗り過ごしてしまうところだった。
「それでは私はこれで」
「はい。また」
先輩はそう言うと、自転車置き場の方に歩いていった。
麗の家に誰もいないかもしれないし、俺も早く帰ろう。
※※※
「ただいま」
前回許可をもらったので、今日は堂々と言う。
リビングからは少し話し声が聞こえていた。
扉を開けると、この前遊びに来ていた
「おかえりなさい、
「お邪魔してます」
「あ、こんにちは」
事情を知ると、なんだか微笑ましく見える。
どうやら麗はここにいないようだ。
買ってきたものをキッチンに持っていき、片づける。
とりあえず、シャワーを借りようかな。
この前と同様にシャワーを借りて、すべてを終えてから麗の部屋に向かう。
ノックをすると、中から返事があった。
「おかえり、康太」
「ただいま」
ベッドに寝転がって本を読んでいる麗が出迎えてくれた。
「帰りに八百屋に行ったんだけど、鳩ケ谷先輩に会ったよ」
「あ、学園祭実行委員長?」
「そうそう」
麗の方はあんまり会ってないだろうけど、さすがに憶えていたらしい。
「実は前にもデパートで会っててさ。麗へのプレゼントでちょっと相談もしたんだ」
「へ~そうだったの。今日はどんな話したの?」
「そうそう。麗の怪我さ、一応病院で診たほうがいいかもって」
「そんな、大丈夫よ」
「一応だよ一応。それで折れてたら洒落にならないからさ」
「そこまで言うならわかった」
電話でやっているか確認して、予約を入れてから二人で準備をする。
麗がここで着替えるだろうから、俺は部屋から出ようとしたのだが……。
「ほかにどんなこと話したの?」
「え?」
そう呼び止められてしまった。
「あ、ごめん。康太を信用してないとかじゃないの。ただほら、怪我のせいで外で遊べないから……」
「あ、いや、大丈夫。実は、麗のどんなとこを好きになったかとか聞かれて……」
「えっ……?」
麗がぽかーんと固まってしまう。
そりゃそんな反応にもなるよな……。
「な、なんて答えたの?」
「麗の、自分を犠牲にしてまで相手のために行動するところが一番好きですって答えたんだけどさ、そうしたら麗にも話聞きたい~とか言い出しちゃって」
「そ、そう……」
麗の顔がちょっと赤くなっている。
俺も言ってから気づいた。
少し照れる……。
「ま、まぁとにかく、後はお互いに野菜を買ったからご飯なんか作るのかとかそんな話!」
「そ、そうなんだ……」
「じゃ、じゃあ俺着替えるから」
「うん……」
俺は部屋から出て深呼吸をした。
麗の部屋でこんな空気はとても耐えられない。
ドキドキと高鳴る鼓動が止まらず、今にも張り裂けそうだ。
「落ち着け、落ち着け……」
自分にそう言い聞かせながら荷物を取りに行く。
部屋着から着替えて、しばらく待ってから麗の部屋に戻った。
ノックをすると、さっきよりも小さな声が返ってくる。
「そ、それじゃあ行こうか」
「そ、そうね」
こういう時、どうしたらいいのかはやっぱりまだわからない。
いつも通り、自然に戻っていくのを待つしかないか……。
「っ……」
でも麗に肩を貸さなきゃいけないから、必然的に麗とくっつくことになる。
再び心臓がバクバクと鳴り始めた。
麗にまで聞こえているのではないか、麗にまで伝わっているんじゃないかとそんなことを考えてしまう。
しかし、そんな麗も顔を少し赤くしていて……。
そして目が合った。
「同じだな」
「そうね」
そうして二人で笑い合った。
俺も麗も同じことを考えていたと思うと、だんだんと心が落ち着いてくる。
「よし、行くぞ」
「うん!」
俺たちは、ゆっくり階段を下りた。
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