第2話 「へ~そうですか~」 子どもみたいな言い合いをした。
ピピピピっという目覚ましの音で目が覚める。
すぐに目覚ましを止めて、俺はゆっくりと起き上がった。
「う~ん……。は~……」
大きく伸びをしてからベッドを出る。
時刻は五時半。
すっかり寒くなってしまったので、かなりつらい。
が、そうも言ってはいられない。
部屋を出て洗面所に向かうと、
「お兄ちゃんおはよぉ」
「おはよう心優」
「本当に習慣になっちゃったんだねぇ」
「そうなんだよ。でもまぁ、早起きは三文の徳って言うじゃん?」
「いいことあるといいねぇ」
今日は俺が当番ではなく、心優が当番だ。
しかし、心優の記憶が失い間、みゆと過ごしている時は毎日俺がやっていた。
みゆの負担を減らすためにやっていたことだったのだが、なんだか早起きが習慣になってしまったのだ。
毎日起きる時間を変えるのもどうかと思うけど、朝早いのはつらい。
特に冬は寒いから。
「わたしも起きるようにしようかなぁ」
「無理はしないようにな?」
「はぁい」
朝落ち着くことのできる時間が長くなるのって結構いいもんだと思うけどな。
実際体感してみてかなりいいと思えた。
「俺、ゴミ捨て行くよ」
「ありがとぉ」
外はもっと寒いので、しっかりと防寒をしてから外に出る。
心優は朝食作りを始めた。
外に出れば雪景色が広がっている。
年明けからもうすでに約一週間が経ち、今日は一月七日金曜日。
雪はほどほどに降り、年明けの時よりも少し積もったかもしれない。
「よっと……」
一応玄関前の雪はどけてあるが、滑りやすくなっているので注意が必要だ。
なぜならまだ靴を買えていないからだ。
明日
「あ、
「おう
ゆっくりと玄関を抜けると向かいの家から琴羽が出てきた。
赤縁の眼鏡が曇ってしまっている。
「眼鏡外してくればよかったのに。そんなに目、悪くないだろ?」
「いや~もう体の一部みたいなもんだからさ~」
「転ぶなよ?」
「大丈夫だよっ!」
ちょっぴり心配だ。
「そういう康ちゃんはまだ靴冬用じゃないじゃん!」
「明日麗と買いに行くからいいんです~」
「買う前に転ばないようにね~」
「俺は大丈夫です~」
「へ~そうですか~」
子供みたいな言い合いをしながら二人で歩みを進める。
のだが……。
「うおっ!」「わっ!」
二人で盛大に滑って転んでしまった。
下がふかふかの雪でよかった……。
隣を見れば、琴羽も気まずそうにこちらを見つめている。
「気をつけような、琴羽」
「そういう康ちゃんもね」
「あはは」
「うふふ」
二人で気をつけながらゴミ捨てをして、家に戻る。
「じゃ、また後でな」
「ほ~い」
ちょっと尻が痛いが仕方ない……。
必要なダメージだったさ……。
「おかえりお兄ちゃん。お尻どうかしたのぉ?」
「ちょっとな……」
「転んだんでしょぉ」
「はい……」
「気をつけないとダメだよぉ」
「気をつけます……」
それを琴羽にも言っといてほしい。
※※※
「へぇ……朝そんなことがあったのね」
「琴羽も転んでただろうが!」
「それ言わないでって言ったじゃん!」
「仲いいわねぇ……」
「あれ? ららちゃん嫉妬?」
「ことちゃん?」
「ご、ごめんなさい!」
「仲いいなぁ……」
電車の中、麗と合流した俺と琴羽だったが、琴羽が今朝の転んだ話を俺だけということにして話し始めた。
「お互いに転んだことは内緒にしようね。約束」
とか言ってきたのはこのためだったのかと思った。
お互いにとのことだったし、先に約束を破ったのは琴羽だから俺は何も悪くない。
そんな雑談をしながら電車に揺られること数十分。
下駄箱で靴を履き替え、教室に向かった。
「なんか騒がしくないか?」
「そうねぇ」
教室に入ると、なんだか雰囲気がいつもと違う。
妙に騒がしい。
よく見てみれば、教室の真ん中に人だかりができているようだった。
「おめでとう!」
「ひゅーひゅー!」
何かめでたいことがあったらしい。
「何かあったの?」
琴羽が近くにいたクラスメイト、
「それがねそれがね!
「え、そうなの?」
「ようやくって感じだよね!」
あれ?
そういえば学園祭の準備をしている頃に、麗が二人は両思いだと思うだとかなんとか言ってた気がするな。
たしか、勝也は女子をさん付けで呼ぶけど、前川さんだけは「前川」って呼び捨てにして呼んでたって話だったような。
前川さんの方は女の勘だとか適当なこと言ってたけど。
じゃあ麗の予想と勘は当たってたってことになるのか。
麗の方がよっぽどキューピッドに向いてるんじゃないか……?
そんな麗を見ればこちらにドヤ顔を向けている。
とりあえず自分の席に荷物を置く。
すぐに麗はこちらにやってきて、
「ほら! あたしの言うとおりだったでしょ?」
と言った。
俺は大きく頷く。
「そうだな。すごいすごい」
「本当に思ってるわけ?」
「だって今の今までそんな話忘れてたんだもん。微妙な心持ちだよ俺は」
「あんたはあんなに祝ってもらったのに……。薄情ねぇ」
「あれはもともとみんながわかっててやったことじゃねぇか」
いきなりこんなことになっても、二人がどうとか話してたのは数カ月前の話。
あまり実感が湧かない。
「ま、おめでたいな」
「そうね」
話題の中心である二人に目を向ける。
琴羽が前川さんの手を取って一緒に喜んでいる。
しかしそんな琴羽だったけど、心の奥底から喜んでいるようには見えなかった。
どこか寂しげで悲しげで。
あれはそうだな……。
羨ましい物を見ているような……。
「あ、チャイムが鳴ったわ」
「おっといけね」
チャイムが鳴ったことにより、みんな席に着いていく。
俺はまだ準備していなかった教科書を鞄から取り出し、ホームルームが始まるのを待った。
ホームルームで出席を取った後、俺たちは体育館に移動する。
今日は始業式なのだ。
なのでこの後授業をいくつかして午前で帰りだ。
今は嬉しいけど、来週からはいつも通り授業なので少し心苦しい。
「そんで
「最高だったよ。お前はどうなんだよ」
「めちゃくちゃよかった」
そうして俺たちは二人揃って満足げに頷く。
どうやら
彼女がいるってなんだかいいなぁ……。
麗も最高だったって言ってくれるかな?
「今日からまたバイトか?」
「そうそう」
「またそのうち行くからそん時は頼むな〜」
「おっけー」
今日は琴羽が休みなので、祐介も来ないとなると少しつまらないな。
「じゃあそれも明日買うんだ?」
「そうするつもり」
琴羽と麗も雑談をしながら体育館に向かっている。
それにしても、やっぱり廊下は寒い。
早く暖かい教室に戻りたい……。
体育館に入ってみれば微妙に暖かい。
しかし、こんなものじゃこの寒さは消えない。
廊下よりはましだけど、寒いことには変わりがなかった。
「さすがに寒いな」
「だなぁ……」
祐介が少し震えながら言った言葉に、俺は激しく同意した。
たぶん先生も寒いだろうに、もうちょっとどうにかできないものなのだろうか。
そんな体育館で始業式は行われ、校長先生の話やらなにやらを聞いて終わった。
この後はロングホームルームがあって、その後授業が少しあって午前で帰りだ。
「う~ん……」
教室に戻る途中、麗が隣で伸びをした。
チラッと麗の表情を見るが、俺はすぐに視線を前に戻した。
なんだか見ちゃいけないものを見た気分になる。
「ただただ座ってるのもなかなか大変なものよね?」
「そ、そうだな」
「どうかした?」
「……なんでもない」
「?」
そんな無防備なのはよくない。
俺の精神的にもよくない……。
麗はかわいいのだから、もう少し気をつけてもらいたいものだ……。
俺と麗の間に無言の時間が流れる。
あれ?
いつもなら琴羽がニヤニヤしながら、「イチャイチャですかな?」とか言ってくるのに。
そんな琴羽を探してみると、こちらをボーっと眺めていた。
「琴羽?」
「おっ! ありゃ? 二人して新学期早々イチャイチャですかぁ~。妬けますな~」
「琴羽、どうかしたのか?」
「えっ? いやどうもしてないよ?」
気のせい……なのか?
「ところでららちゃんや〜」
少し疑問に思ったものの、琴羽は普段と変わらない様子で麗と話している。
気にしすぎだったかもしれない。
やがて教室に着き、しばらくすると先生がやってくる。
そしてロングホームルームを経て、授業を少し受け、今日は下校となった。
※※※
「ありがとうございました〜」
麗と琴羽と一緒に帰った後。
俺は一人でバイトに勤しんでいた。
今日のバイトは知っての通り琴羽はおらず、大学生のバイトの人と店長がいる。
大学生のバイトの人とも話したりはするが、祐介も来ないようだし、やはりどこか寂しさはあった。
お客さんを見送った後、俺は食器を片付けたりテーブルを拭いたりと仕事をこなしていく。
しかし……。
「おつかれ神城くん。こんな時間に客がいるのって久々だね?」
「そうですよね」
バックに行くと、先輩がそう声を掛けてくる。
たま〜にあるのだ。
いつも祐介が来るような時間、結構遅い時間なのだが、このお店はその頃になると客がゼロになる。
しかし今日は二組まだいる。
かなり久々の出来事だ。
「あ、レジ入るね」
「はい」
先輩がレジに入っていく。
それなら俺はテーブルを片づける準備をしようかな。
そう思ったのだが、お客さんが一人入ってきた。
「あ……」
あいつは
一組の生徒だと聞いているけど、学校では一度も姿を見たことがない。
一組の教室を見に行っても一度もその姿を見ることができなかった。
あれからお店にも来てないし、久々に会うことができた。
琴羽の様子を見る限り、九条徹のことを知っているみたいだから、俺もいろいろ聞きたかった。
本人に聞くのが一番いい。
しばらくすると、注文するために呼ばれる。
先輩は別のことをしているし、丁度いい。
「ご注文はどうしますか?」
「あ、神城くんじゃないか」
「九条、少し聞きたいことがあるんだけど」
「なんだい?」
どうも九条と話していると調子が狂う。
自分の声がいつもより不機嫌そうになっているということが自分でもよくわかった。
「琴羽と知り合いなのか?」
「そうだよ。
「そうなのか」
二か月くらい前と言うと、十一月の最初辺り……。
麗の誕生日くらいだろうか。
「何度か聞こうと思って一組の教室を覗いたけど、一度も九条のこと見なかったぞ」
「あぁ……僕は基本的に図書室にいるからね。それで会えなかったのかもしれない」
図書室にか。
うちの学校の図書室はあんまり人が来ないとかで、生徒の間では話題に上がらない。
学校のお便りとかでは図書室に来るような工夫だとかそんなのがよく書かれていた気がする。
「様々な本がせっかく無料で読めると言うのに、どうしてあんなにも人が来ないのかと思ってね……。まぁ、静かで居心地がいいんだけどね」
「ほかが賑やかだからかもな」
「そうかもね。ナポリタン、いいかい?」
「かしこまりました。悪いな、長々と話して」
「全然気にしてないよ。僕も神城くんとは少し話してみたかったんだ」
俺は注文を伝えるために厨房に戻る。
それにしても、俺と少し話してみたかった……か。
俺の方はどんどん調子が狂うっていうのに。
途中だったテーブルの片づけをしながら少し考えてみる。
琴羽と話すようになったのが十一月くらいになる……。
琴羽のあの反応……。
ダメだ、わからん。
琴羽に聞いてもいつもはぐらかされるしなぁ……。
九条と話すのは苦手だけど、こうなったら仕方ない。
普段は図書室にいるって情報も得たわけだし、何かあったら九条に直接聞けばいい。
そんな九条は、この前と同じようにナポリタンを食べ、普通に帰って行った。
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