第9話 「康ちゃんおはよう!」 あまりの驚きに固まった。
一月十三日。成人の日によって祝日。
昨日、俺はリビングに布団を敷いて寝た。
昨日初めて知ったのだが、
思えば心優も小学校高学年くらいには一人で寝ると言っていたかもしれない。
俺はリビングに敷かれた布団を片づけ、部屋の隅に置いておいた。
料理を作ろうかとも思ったが、勝手にするのはどうかと思ってちょっと待つことにした。
しかし、心優と七海ちゃんの二人は、
起きてくるか怪しいところだ。
そもそも今は結構早い時間。
みんなが起きているかも怪しい。
とりあえず、洗面所で顔を洗って歯を磨く。
そしてリビングに戻って、昨日買っておいたペットボトルのコーヒーを飲みながら、テレビをつけて適当なチャンネルを見る。
しばらくすると、足音が聞こえてきた。
誰かが起きたようだ。
「
「楓ちゃん、おはよう。早いね」
起きてきたのは楓ちゃんだった。
髪は少しボサっとしていて、下ろしている。
「お休みだからたくさん遊ぶんです」
「なるほど」
早起きして早く遊びたいらしい。
ドヤ顔をした楓ちゃんは、洗面所に向かって行った。
しばらくして戻ってくると、髪が少し綺麗に整えられていた。
まだ下ろしたままだけど。
「あ、そうだ楓ちゃん」
「どうしましたか?」
「
「お供します」
楓ちゃんと一緒に二階に上がって麗の部屋に向かう。
二階はとても静かで、ほかのみんなはまだ寝ているようだ。
ちなみに、
麗の部屋の前に辿り着いて、小さくノックをする。
中から返事はない。
「聞こえなかったのかな?」
「わかりません」
もう一度ノックをしてみる。
「は~い」
今度は返事があった。
「康太だけど、入っても大丈夫か?」
「楓もいます」
「いいわよ~」
許可が下りたので扉を開ける。
部屋では、ベッドに腰を掛けたパジャマ姿の麗がいた。
寝起きは何度か見たことはあったが、麗の部屋だからだろうか。
かなりドキッとしてしまった。ベッドが近くにあるのも原因の一つかもしれない。
そのことを隠しながらも麗に声を掛ける。
「おはよう麗」
「おはようございます、麗お姉さま」
「おはよう康太、楓」
「朝ごはん作ろうと思うんだけど、キッチン借りていいか?」
「いいわよ。あたしも行く」
麗に肩を貸して、三人で一階に降りる。
麗の着ているパジャマの肌触りがもふもふで気持ちがいい。
適当な服をパジャマ代わりにしている俺は、これがパジャマというものかと思った。
「洗面所にお願いしていい?」
「はいよ」
さすがに少しは整えたいようで、麗は洗面所を所望した。
終わったら呼んでもらうことにして、俺は朝食を作るための準備を始める。
楓ちゃんも手伝ってくれるようなので、心強い。
しばらくすると麗に呼ばれたので、麗を洗面所からリビングまで連れて行く。
コーヒーを入れて渡して、しばらく待ってもらうことにした。
「ありがと」
「おう」
麗はコーヒーを飲みながら、こちらを眺めることにしたようだ。
少し恥ずかしいが、まぁ仕方ない。
それはともかく、楓ちゃんがどこまでできるのかがわからない。
「楓ちゃん、レタス切ってもらってもいい?」
「お任せください」
身長が足りない楓ちゃんは、台を用意して包丁を握る。
その手つきはとても慣れているようなので、任せても問題なさそうだ。
チラッと麗を見てみても、特に何も言ってくることはなく、優しく見守ってくれている。
俺はフレンチトーストを作るために卵を溶く。
フライパンなども楓ちゃんに聞きながら用意していく。
「フレンチトーストですね」
「そうそう。フレンチトーストは好き?」
「はい。好きです」
期待に満ちた目で見つめられると、その期待に応えられるか不安になってしまう。
まぁ、失敗しない限りは大丈夫だろう……。
溶いた卵に牛乳と砂糖を追加し、パンを溶いた卵に浸しながらフライパンを温めておく。
熱したフライパンに有塩バターを溶かし、浸したパンをフライパンに入れてじっくりと焼いていく。
「いい匂いです」
ベーコンを切っている楓ちゃんがくんくんと鼻を動かす。
パンをひっくり返して蓋をする。
しばらく待ってから蓋を開けるともう完成だ。
「綺麗なフレンチトーストです」
「ありがとう」
楓ちゃんのグッドをもらった。
みんなの分ができる頃には心優と七海ちゃんと冬斗さんも起きていて、運ぶのを手伝ってもらったりした。
全員が揃ったのでみんなで朝食をいただく。
「康太、今日バイトあるんだっけ?」
「そうそう。三時くらいまで」
十時から午後の三時までのシフトだ。
店長が気を使ってくれて早めに帰れるように組んでくれた。
ありがたい限りだ。
「七海と楓は何か予定はある?」
「アタシは心優っちとお出かけとかしたいな~」
「楓はお家にいます」
心優と七海ちゃんは出かけるのか。
「麗さん、お出かけしても大丈夫ですか……?」
「大丈夫よ。あたしのことは気にしないで遊んできて」
「ありがとうございます!」
「ありがと、お姉ちゃん!」
まぁ心配しすぎもあれだしな。
それに、家の中ならそれなりに動けるか。
ご飯を食べ終えたら、心優と七海ちゃんが片づけてくれるとのことなので、俺はバイトの準備を始めた。
いつもより距離があるのが違和感だな。
というか……。
玄関に立って思う。
わざわざ麗が見送りに来てくれているのもそうだが、違和感が半端ない。
なんか緊張する。
「麗、わざわざ見送りに来なくても……」
「これくらいなら壁伝って来れるから大丈夫よ」
「そう……」
片足だけで移動ってそれでも辛いと思うけど……。
「無理はしないようにな? それじゃあ行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
「っ……。行ってきます……」
すごくドキッとしてしまった。
麗の笑顔が綺麗でかわいくて、このシチュエーションはとても……。
結婚したら、こんな……。
「うごっ!」
想像しながら歩いていたら電柱にぶつかってしまった。
幸い近くには誰もおらず、見ていた人はいないようだ。
「あぁ……額から血が出てる……」
これは確実に後で麗たちにも気づかれるだろうなぁ……。
言い訳を考えつつ、近くの公園で傷を軽く洗う。
絆創膏を付けてから
踊姫駅から
やっぱりいつもより遠いのが違和感だった。
引っ越しでもしたような気分だ。
ファミレスの裏口から入って準備を進める。
タイムカードを切ってから厨房に顔を出すと、店長がいた。
「おはようございます」
「おはよう」
今はそんなに忙しくないようだ。
「あ、
「おう
「おはようございます」
あまりの驚きに固まってしまった。
だってそこには、ここのバイトが着る制服姿の……。
「
「今日からここでバイトすることにしたんだ。よろしくね、
「は、はぁ……。よろしく」
一体どういうことなのだろうか。
どうしてここに九条が制服姿でいるのだろうか。
今日からここでバイト……?
俺の理解が追い付かない。
「あ、九条くん、あれ運んでもらっていい?」
「わかった」
琴羽がそう言うと、九条は荷物を運び始めた。
「パスタが好きだって言ってたから、私がここを教えたの。バイトしてるとまでは言ってなかったんだけど」
「この前来た時に知ったわけか」
「そうそう。そしたら、ちょうどバイト探してたらしくて、ここを受けたみたい。私もびっくりしちゃった」
俺だってびっくりだ。
知り合ったばかりのやつがいきなりバイト仲間になるなんて。
しかもよりにもよって少し苦手な相手か……。
「今日は康ちゃんの帰りと同じ時間までいるって」
「わかった」
「康ちゃん、どうかした?」
「え?」
「なんか疲れてるみたいだけど……」
「そうか……?」
自分ではわからないけど……。
ひょっとしたら苦手だなと思ったことが顔に出たのかもしれない。
それを疲れてると琴羽が勘違いしただけかも……?
「覚えておくよ」
「うん!」
それでも、もしかしたら知らない間に疲れているのかもしれない。
琴羽に言われたことだ。頭に入れておこう。
「
「ありがとー!」
ちょうど話が終わったところで九条が戻ってきた。
なんだかタイミングを見計らったようにも感じた。
「それじゃあ次はこっちきて!」
「わかった」
このまま今日は琴羽が面倒を見そうだな。
俺は俺の仕事をしよう。
この後は昼で忙しくなるし、余計なことを考えていると失敗しそうだ。
「ありがとうございました~!」
昼時の忙しい時間を終え、店内は落ち着いてくる。
九条はもうしっかりと仕事をこなしていた。
琴羽の教え方がいいのか、それとも九条の覚えがいいのか。
「よいしょっと」
少し大きめの荷物を持って、倉庫の方に運んでいく。
思っていたよりも重くてなかなか大変だ。
「あ、神城くん、手伝うよ」
「あ、ああ。悪い」
正直しんどかったから助かった。
九条が反対側を持ってくれたので、二人で倉庫まで運んでいく。
「あれ? 神城くんおでこどうかしたのかい?」
「ああこれか。ちょっと考え事してたら電柱にぶつかってな」
「意外とドジなんだね」
九条は少し笑いながら言ってきた。
「そういう九条はすごく仕事ができそうだな」
「そんなことはないよ。藤島さんの教え方が上手いのさ」
たしかに琴羽は教えるのが上手い。
だけど、やっぱりそれだけじゃない気もする。
「神城くんもそろそろ上がりだよね?」
「ああ」
「家はどの辺なんだい?」
「このファミレスから近いよ」
「そうなのか」
やがて倉庫に辿り着く。
息を合わせて荷物を置くと、一気に疲れが出てきた。
「いやぁなかなか重かったね」
「そうだな。ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして」
九条は爽やかな笑顔を浮かべた。
しかし、九条が一瞬驚いたような顔をしたのは見逃さなかった。
「どうかしたか?」
「いや、正直神城くんは僕のことが嫌いなんじゃないかと思ってたよ」
「……顔に出てたか?」
「雰囲気で、なんとなく」
「それは悪い……。なんかちょっと苦手でな……」
「いや、いいんだ。よく言われるよ」
なんだよ。結構いいやつだし話しやすいじゃないか。
「話してみると変わるもんだよな。ホント、ごめん」
「…………」
「どうした?」
九条はとても驚いたようで、なぜか固まっていた。
「これはあの
「はい?」
「僕も少し誤解していたよ。ごめん、神城くん」
「よくわからないけど気にするな」
俺たちは倉庫を出て、店長たちに挨拶をしてから休憩室にやってきた。
俺と九条はそれぞれタイムカードを切る。
そして男子更衣室という名の廊下で着替えを済ませた。
「改めてこれからよろしくね、神城くん」
「こちらこそよろしく」
なんとなく握手をしてから店を出る。
「九条はどこら辺に住んでるんだ?」
「僕は
「そうなのか」
水奈都駅は踊咲高校前駅の向こう側の駅だ。
咲奈駅側じゃない方というとわかりやすいだろうか。
もともとは水奈都駅周辺が栄える予定だったけど、
「それじゃあ駅までは一緒だな」
「あれ? この辺に住んでるんじゃなかったのかい?」
「ああ。今は麗の家にいるんだ。麗が足を怪我したからな」
「それは大変だね……。お大事にね」
駅に着くと、踊姫駅側に向かう電車がやってきた。
そこで九条と別れ、俺は麗の家に戻った。
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