第10話 「羨ましいよこのこの~」 ぺしぺしと叩かれる。
「ただいまぁ……」
小さい声でボソッと言ってみる。
ここは
「お邪魔します」
一応そう言いながら家に入る。
なにやらリビングの方からは話し声が聞こえた。
麗でも
そう思いながらもリビングの扉を開ける。
まずは椅子に座って本を読んでいる麗がいた。
「おかえり」
「た、ただいま」
不意の笑顔にドキッとしてしまう。
しかも、おかえりって言われてしまった。
もしかして、ただいまと言ったのが聞こえてしまっていたのだろうか。
「もしかして、聞こえてた?」
「何が?」
「玄関でただいまって言っちゃったの……」
「なに? こっそり言ってたの? 堂々と言えばいいのに」
麗はくすくすと笑いながら言う。
本人の許可を得たので、次からは堂々と言わせてもらうことにしよう。
なんだかちょっぴり嬉しい。
「
「こんにちは」
「えっと……ただいま。こんにちは」
楓ちゃんが男の子とゲームをしながらペコリと頭を下げた。
その男の子もペコリと頭を下げる。
楓ちゃんの友達だろうか。
「麗、シャワー借りていい?」
「もちろん。事あるごとに聞かなくていいのよ?」
「それはなんかなぁ……」
やっぱり聞いちゃうよね。
「それじゃあ借りるわ」
「うん」
荷物を部屋の隅に置かせてもらって、着替えを持ってお風呂に向かう。
シャワーを浴び終えてリビングに戻ってくると、バイトから帰ってきた時と変わらない景色だった。
麗の隣の椅子を引いて腰を下ろす。
麗はなんだかおしゃれなタイトルの本を読んでいた。
軽いサスペンス物だろうか。
「
「おうわかった」
あの男の子は陽翔くんというのか。
楓ちゃんが呼び捨てしているのは初めて見たな。
しかも苗字じゃなくて名前呼びなのか。
「な、なぁ……か、楓」
「どうしましたか?」
「あ、いや……なんでもない」
「?」
はは~ん。
「康太、ニヤニヤしてる」
「なんか微笑ましいなと思ってな」
ついこの前までは彼女が欲しいと思っていた俺がこんなことを思う日が来るとはな。
と言っても麗と付き合い始めてから二か月は経ってるけど。
「あたしたちも部屋に行きましょうか」
「へ?」
麗は本に栞を挟んでパタンと閉じる。
そこにはいつもと変わらない麗がいるだけだ。
特に深い意味はないはずだ。
「連れてけばいいのか?」
「お願い。楓、あたしたち部屋にいるから何かあったら呼んでね」
「わかりました」
「ほら、行こ」
「お、おう」
「あ、飲み物とか持ってっていいわよ」
「わかった」
麗に肩を貸してリビングを出る。
麗の分のペットボトルも持って階段を上った。
そして麗の部屋。
扉を開ければ今朝と何も変わらない麗の部屋。
しかし、俺の心臓はバクバクと激しく動く。
何もないし、何もするつもりはなくてもドキドキしてしまうものなのだ。
麗はベッドに座っていた方が楽だからと言ったのでベッドに座らせた。
俺はテーブルの傍に腰を下ろす。
「好きに寛いで大丈夫よ。寝転がってもいいし」
「大丈夫、ありがとう」
正直なところそれどころではない。
そんな落ち着くことなんてできない。
慣れるまで適当に過ごさせてもらおう。
「麗がさっき読んでた本ってなんだ?」
「喫茶店のオーナーが、訪れたお客さんの悩みを解決していく話よ」
「へぇ……」
「康太はあんまり本読まないわよね」
「まぁテレビの方が多いな」
「たまには読んでみたら?」
「そうだな。なんか読みたいのが見つかったらそうするよ」
また図書室を利用することがあったら、二ノ
そうなる前に興味のある本を見つけておこう。
麗はベッドに寝転んで本を読み始めた。
俺も寛がせてもらうか……。
「よっと」
クッションを枕代わりにしていいとのことなので、お言葉に甘えてごろんと寝転ぶ。
「あれ? おでこどうしたの?」
「あぁ……これね……」
言いたくねぇ……。
「朝出た後、電柱にぶつかりまして……」
「ふ……。どうして……?」
「いってらっしゃいにドキドキしました」
「ふふ……」
くそ……だからやだったんだよ……。
麗はしばらく笑っていた。
屈辱的に思いながらも、だんだんと気持ちがリラックスしていく。
自分の部屋で寛ぐときとは違う香りがするけど、慣れてきた。
なんといっても、いい香りだ。
流れで部屋を見始めてしまう。
本棚の中には本がびっしりと詰まっていた。
パッと見た感じはサスペンス物や謎解き物が多いようだ。
「ふわぁ……」
思わず欠伸が漏れる。
バイトの疲れでちょっと眠気が……。
※※※
目が覚めると、麗の寝顔がそこにあった。
「すぅ……」
規則的に呼吸をする麗は、どこからどう見ても眠っている。
俺の隣にもう一つクッションを置いて眠っていたようだ。
「…………」
しかし、こんな無防備な姿……。
唇がぷるっとしていて、肌もすべすべのもちもちだろうな……。
ちょっとほっぺを突いてみる。
ふにっとしていてとても気持ちがいい。
「んぅ……」
ほっぺを少しつまむと、麗がゆっくりと目を開いた。
「おはよう麗」
「おぁよ……」
か、かわいい。
思わず頭をぽんぽんと撫でてしまう。
「何時になったんだ?」
「ん~……」
麗はまだ頭が働いていないようだ。
ベッドのところに小さな時計があったので、それで時間を確認する。
あれから一時間くらい経ったようで、外はすっかり暗くなっていた。
「あれ? 今何時?」
「五時半になるよ」
「おぉ……」
どうやら麗もちゃんと起きたようだ。
「下行くか?」
「うん」
麗に肩を貸して二人でリビングに向かう。
リビングでは楓ちゃんが宿題をしていた。
「あ、お姉ちゃん、康太さん」
キッチンの方には
「今日は肉じゃがを作りますよ!」
「いいわね」
「それは楽しみだな」
七海ちゃんと心優が作った肉じゃがならかなりおいしいだろう。
期待して待っていよう。
「麗、水でも飲む?」
「ありがと、お願い」
寝起きなので少し喉が渇いた。
キッチンに行って二人分の水を用意する。
「ありがと」
冬の水道水は冷たくておいしい。
「康太お兄さま、答え合わせしてください」
「いいよ」
楓ちゃんの隣に座って、教材を受け取る。
今日も楓ちゃんは成績優秀。全問正解だった。
「ばっちりだったよ」
「ありがとうございます」
楓ちゃんのノリでグッと親指を立てると、楓ちゃんも返してくれた。
楓ちゃんに教材を返すと、片づけるためにリビングを出て行った。
夕飯ができるまではまだ掛かるだろうし、また何かゲームでもするのだろうか。
麗は部屋から持ってきていた本を読んでいる。
半分くらいまで読み進んだようだ。
……俺も何か貸してもらおうかな。
「麗、なんかおすすめの本貸してくれないか?」
「いいわよ。これの一巻とかどう?」
「それ何巻なんだ?」
「これは二巻。ちょっと前に発売したの」
「それじゃあそれの一巻お願いしようかな」
「わかったわ。本棚があったのわかるでしょ?」
「あったな」
「あそこの一番上の一番右にあるわ」
「わかった」
許可を得たので、麗の部屋に向かう。
途中、戻ってきた楓ちゃんと会ったが、何かを持っていた。
なんだろうか。
それはともかく、麗の部屋に着いた。
扉を開けて、本棚のところまで進む。
「あった」
お目当ての本を手に取った。
「しかし、いい匂いだな」
どうして女の子はいい匂いがするのか。
永遠の謎だ。
本を持って部屋を出て、リビングに戻る。
楓ちゃんはなにやら市販のマジックセットを使ったマジックを練習しているようだ。
気づかなかったことにしておこう。
麗の隣に座って本を読み始める。
とある喫茶店が舞台のようで、主人公はそこの喫茶店に入ってきたお客さんのようだ。
その主人公は、不思議な場所に立っていたこの喫茶店が気になって入ったらしい。
店内は普通の喫茶店と特に違いはなく、メニューも同様だ。
しかし、店員さんと話しているうちに、なぜだか主人公は悩みを話し始めてしまう。
店員さんと言ったが、一人しかいないのでたぶん店長なのだろう。
きっとこの店長の話の聴き方が上手いのだ。
悩みを聴いた店長は、何やら悩みがあることは知っていたようで、紐を解くように主人公の悩みを解決に導いていく。
何日か経った後、悩みを解決したことを報告しようと再度喫茶店に向かった主人公だったが、その喫茶店が見つかることはなかったという話だった。
次の章は主人公が変わっているようだ。
なるほど、これは面白い。
気づけば一章を読み終えていて、体がガチガチになっていた。
伸びをすると、麗も一旦本を閉じた。
「どう?」
「めっちゃ面白いな」
「ふふ。いいでしょ」
「ハマりそう。というかハマったかも」
「おすすめした甲斐があるわね」
今後本屋に行ったりとか、色んな事ができそうだ。
麗と一緒に漫画喫茶とかもありだな。
「ご飯できたよぉ」
「あ、手伝うよ」
麗が読んでいた物も含めて、本を適当なところに置いて料理を運ぶのを手伝う。
肉じゃがは期待以上に美味しかった。
※※※
次の日の朝。
今日は金曜日なので普通に学校がある。
冬斗さんはもう会社に行ってしまった。
俺たちも準備を終えて家を出る。
心優は少し早めに出て、一旦
七海ちゃんと楓ちゃんと別れ、麗と一緒に
家から一緒に通学なんて、同棲しているようでドキドキする。
麗はいつもこの時間にこの道を歩いて登校しているんだなぁ。
「今日は曇ってるなぁ」
「明日は雪らしいわよ」
「まじかぁ」
電車に乗り込みながら話が進む。
明日から雪でも、麗と出かけるわけにはいかないし、天気はなんでもいいか。
咲奈駅に着くと、
「ららちゃん康ちゃんおはよ~!」
「ことちゃんおはよ」
「おはよう」
「今日と明日泊まり行っていい?」
「全然大丈夫よ」
「急だな」
「だって絶対楽しかったでしょ!?」
もちろんすごく楽しかった。
「いいなぁ!」
「羨ましいだろ~」
「羨ましいよこのこの~」
ふとももをぺしぺしと叩かれる。
なんかやけにテンションが高いな。
「それで、何してたの?」
「特にみんなで何かしたりとかはしなかったな」
「そう言われてみればそうね。みんな自由に過ごしてたわね」
「楓ちゃんと遊びはしたけど、昨日はなんか一生懸命だったし」
「あ~あれね」
内緒のマジック練習だ。
俺たちは何も見ていない。
「康太なんて本に興味持っちゃって」
「麗が読んでたから気になったんだよ」
好きな人の趣味に影響されるのはよくあることのような気がする。
「ホントに楽しそう……。早く放課後にならないかな~!」
「まだ学校にすら着いてないのに気が早いな……」
やたら元気な琴羽は、自然と体が動いている。
おもちゃを買ってもらう子どもみたいだ。
麗の足は、歩く時に痛むらしいので、まだ肩を貸して歩く。
これでも最初の頃よりは全然マシなようだ。
「ららちゃん大丈夫?」
「大丈夫よ。三日も経ったのにまだ痛いなんて最悪よ……」
「まだ、三日なんだぞ」
一、二週間くらい経てばだいぶ変わるだろうけど、三日じゃ特に進展はないさ。
「これじゃ出かけられないし、あたしはデートがしたいのよ」
「家でしてるじゃん?」
「そ、そうね」
あれって家デートみたいなもんだよね?
「私もららちゃんとデートしたいなぁ」
「麗は俺とデートするからダメだ」
「え~! 私まだ一回しかしてないのに!」
「ダメだ」
「え~! じゃあ
「本人の意思はどこへ……?」
教室に着いたので、麗を席に連れて行ってから自分の席に着く。
やはり歩くのが遅くなっているので時間ギリギリになってしまう。
すぐにチャイムが鳴って、ホームルームが始まった。
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