第6話 「わかる、わかるよ~」 満足そうに頷いた。
一月十二日の朝。
いつも通りには起きたが、のんびり準備はせずに、少しスピーディーに準備をしていく。
昨日のうちに泊まりの準備はしておいたので、それを持って
麗にはあらかじめ話をしてあるので大丈夫だ。
今日は朝からいい天気で、地面も凍っていない。
これで少し安心できる。
電車に揺られ、しばらくすると踊姫駅に辿り着く。
少し急がないと、遅刻してしまうかもしれない。
ちょっと早足で進み、麗の家に辿り着く。
朝早くに来るのは初めてだけど、父親はいたりするのだろうか……。
いや、そんなことを考えている場合ではない。
俺は一度深呼吸をしてからチャイムを鳴らした。
「は~い」
元気な返事が家の中から返ってくる。
この声はたぶん、
「
「あ、康太さん! おはようございます!」
「おはよう、七海ちゃん」
玄関から顔を出したのはやっぱり七海ちゃんだった。
元気いっぱいの笑顔は、今日も輝いている。
「麗はどう?」
「怪我はまだまだ痛いみたいですけど、元気ですよ!」
「それはよかった」
「上がってってください!」
「お邪魔します」
七海ちゃんに促されて家に入る。
「あ、康太おはよ」
「康太お兄さま、おはようございます」
「麗、
「わざわざありがとうね」
「気にすんなってば」
リビングでは、麗が足を庇いながら座って楓ちゃんの様子を見ていた。
楓ちゃんはランドセルに教科書などを入れている。
麗はちゃんと制服に着替えていた。
「これ、どこ置けばいい?」
「とりあえず、その辺に置いといてくれる?」
「おっけー」
泊まり用の道具をリビングの隅に置かせてもらう。
「麗、準備は大丈夫か?」
「大丈夫よ。みんなで出るから少し待ってくれる?」
「わかった」
あとは楓ちゃんだけだったようで、ランドセルに教科書などを入れ終わると、楓ちゃんはお待たせしましたと言った。
麗の手伝いをしながらみんなで家を出る。
お父さんはすでにいなかったようだ。
みんな外に出ると、麗がカギを掛けた。
「ありがと」
「これでいいか?」
「うん」
鍵がちゃんと掛かってるか一応確認した後、俺たちは歩き出した。
七海ちゃんは途中まで一緒で、楓ちゃんは集団登校の集合場所に向かった。
麗が痛くないように気をつけながら電車に乗る。
ゆっくりと麗を座らせた後、隣に腰を下ろした。
「ありがとね」
「おう」
もういいってとまた言いそうになったが、俺も何度も言ってたんだ。
それに、受け入れてもらえた方が嬉しいことはもうわかった。
麗はなんだかニコニコとしながら俺を見ている。
「な、なんだ?」
「え、なに?」
「なんかニコニコしてるからさ」
「あ、いや、その……」
「?」
麗が少しもじもじし始める。
なんだ?
「迎えに来てもらうのって……いいなぁ……って」
「あぁ……」
か、かわいい……。
めちゃくちゃドキッとした……。
麗のことが心配であんまり意識できてなかったけど、たしかに麗と最初から一緒に登校するなんて初めてだ。
そう考えると、泊まっている間はずっと朝から一緒……というか、夜も一緒……。
楽しみだし嬉しいけど、それ以上にドキドキする。
七海ちゃんや楓ちゃん、心優も一緒だということも考えても、やっぱりドキドキしてしまう……。
そんなことを考えているうちに咲奈駅に着いたようだ。
しかし、
別の車両に入ったのだろうか。
「ことちゃん別の車両かしら」
「ぽいな」
今日の電車に遅れはない。
まさかゆっくり来すぎて乗り遅れたなんてことはないだろうな。
「あ、いたいたおはよ~」
「あ、ことちゃんおはよ」
「おはよう琴羽」
どうやら心配は杞憂だったようだ。
琴羽ならありえないこともなかったからな……。
「怪我の具合はどう?」
「まだまだ全然痛いわね。康太が来てくれなかったら大変だったわ」
「そっか……。でも、なんか元気になったね」
「そ、それは……」
「わかる、わかるよ~」
「もう……ことちゃん……」
いつもより麗に勢いがない。
麗は顔を真っ赤にしながら俯いてしまっている。
琴羽は満足そうに頷いていた。
「ららちゃんはかわいいな~」
「うん、うん」
琴羽の言葉に俺は激しく同意した。
「も、もうっ」
そんな俺たちを見て、恥ずかしそうにそっぽを向く麗は、どう足掻いてもかわいかった。
※※※
教室に着き、自分の席に座ると、麗は「ふぅ~」っと一息ついた。
「麗、大丈夫か?」
「あ、ごめん……。康太も疲れたわよね……」
「俺は問題ないよ。それより麗の方だよ。大丈夫か?」
「うん、大丈夫。ありがと」
「なんかあったらいつでも言ってくれよ?」
「言われなくても、そうさせてもらうわ」
麗は少し申し訳なさそうに笑った。
俺が麗に肩を貸しているとはいえ、さすがに疲れは溜まるだろう。
たぶん、俺の負担を減らすためになんかしてる気がするし……。
「全力で頼ってくれていいんだけど……」
「そうしてるつもりよ?」
「そうか?」
「うん。昨日の帰りに送ってもらった辺りから全力で頼りにしてる。康太がいなかったら、あたしたぶん今日学校来れてないし……」
そこに嘘はないようだった。
それならいいんだけど……。
あまり頼られないと、ちょっと寂しくなってしまう。
もしかして、心優の件の時、麗と琴羽はこんな気持ちだったのかな……。
「俺が肩貸してる時、なんか不満とかないか?」
「何もないけど……。もしかして、あまり頼られてないと思ってる?」
「え?」
図星だったので驚いた。
麗のことだから、俺の負担を減らしながら歩いてると思っていた。
「さっきも言ったけど、本当に全力で頼ってるのよ? 最初は申し訳ないし、心配掛けないように黙ってようと思ったけど……。まぁ、こんなんじゃ無理だったでしょうけど」
麗は苦笑しながら続ける。
「でも、昨日康太に助けてもらって、話を聞いて、康太に話さないことの方が申し訳ないかなって思ったの」
「話さないことの方が?」
「うん。だってそうじゃん? 心優ちゃんの件について、康太が一人で抱え込んでる時、あたしなんてビンタしちゃってさ……。康太があたしを頼ってくれないことがショックだったのもあるの」
たしかに俺は、麗にも琴羽にさえも頼ることなく、一人で抱え込んでしまっていた。
その結果はとにかくひどいものだった。
途中で強引にでも、二人が俺を引っ張り出してくれなかったら、あのままどうなっていたことか。
あの時の二人は、やっぱり今の俺と同じ気持ちだったのかもしれない。
「だからあたしは、康太を全力で頼るわ。これからずっとね」
「麗……」
「だから、康太も何か困ったことがあったら、全力であたしを頼ってよね。じゃないとまたビンタしちゃうから」
にこっと笑いながらそう言われる。
俺も思わず笑顔になってしまう、そんなかわいらしい笑顔だ。
「そうだな。ビンタはもう嫌だな」
「ふふふ」
「あはは」
ここまで言われてしまえば、俺から言うことは何もない。
俺は俺にできることを全力でやるのみだ。
今は、麗のサポートを全力で。
ただそれだけできればいい。
「そういえば、ことちゃんは?」
「あれ?」
麗の席に着いてから、琴羽がこちらに来ていない。
辺りを見回してみると、琴羽は自分の席でボーっと座っていた。
いつもなら、さりげなく近くで話を聞いていて、ちょっかいを出したりしてくるくせに。
「…………」
「麗、どうかしたか?」
「いや……。ことちゃんから何か相談されたりしてない?」
「え? いや……。ああ、なんか覚悟を決めたら話すことがあるみたいなことは言ってたぞ」
「なるほどね……」
麗はなぜか納得したように頷いていた。
俺には何が言いたいのかさっぱりわからない。
「あたしの予想が合ってれば……。まぁいいわ。康太、もしことちゃんに何か相談されたら全力で力になってあげなさいよ?」
「それはもちろんそのつもりだけど……」
何かとんでもないことを相談されるのだろうか……。
「ま、康太なら大丈夫よ。あたしも手伝うし」
「え、そうなの?」
「ことちゃんがいいって言えばね」
「なぁ、琴羽は何を相談しようとしてるんだ?」
「内緒よ。本人から聞くまではね」
「そんなこと言わないで教えてくれよ。なんか怖いんだけど」
「大丈夫よ。康太なら慣れてるわ」
「猶更気になるんだけど!?」
俺が慣れていることで琴羽が相談したいことってなんだ?
だいたい、琴羽がそんなに助けを必要としていることについて、俺がどうにかできるものなのか?
「先にあたしに相談してくるかもだけどね」
「なぁ麗。本当に何の話なんだ?」
「内緒だってば。ほら、チャイム鳴るわよ?」
俺はしぶしぶ自分の席に着く。
しばらくしてチャイムが鳴り、先生が教室に入ってくる。
先生の声が聞こえるまで、琴羽はずっとボーっとしていた。
※※※
昼休みになって、今日もまた麗の席を囲む。
俺は麗に弁当箱を渡して席に着いた。
「ありがと」
「どういたしまして」
渡した弁当箱の包みをほどき、弁当箱を開けた麗は、嬉しそうに微笑んだ。
それを見ていた琴羽はニヤニヤしている。
「すっごく仲良くなったよね、二人とも」
「そう?」「そうか?」
「そうだよ~」
まぁ少なくとも、最初の頃よりは仲が良くなってるとは思う。
いや、付き合い始めた頃も超えているな。
言われてみてやっと自覚する。
俺も麗も自然にこうなっただけだからなぁ。
「お似合いだよね~、ホント。キャンプファイヤーの話も信憑性が増す増す」
そう言って琴羽はうんうんと頷く。
校長の始まりの合図から、終わりの合図まで、何のトラブルもなく踊り切ることができたら、その男女は結ばれるという噂。
踊りきれなかった人たちは、転んだりなんだりと、何かしらの理由で手が離れてしまったり踊るのが止まってしまったりしたらしい。
ひどい時はキャンプファイヤーの火が原因不明で消え、キャンプファイヤー自体が無くなったこともあったそう。
ただの噂話だと思っていたが、俺も信じる必要がありそうだ。
チラッと麗を見ると、ちょうど麗もこちらを見たようで、目が合った。
見る見るうちに麗の頬が赤くなっていく。
なんだか俺も照れくさくなって、二人で顔を逸らした。
「うん……うん」
琴羽は、なにやら満足そうに大きく頷いていた。
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