第19話 「気の向くままに散歩気分でもいいんじゃない?」 天気もいいし、それがいい。

「う~ん……。う~ん……」

「いい加減落ち着きなさいよ」

「だってさぁ……」


 そんなこと言ったって落ち着かないもんは落ち着かない。

 例えば、うららが家に遊びに来ているかつ家に二人きりというところとか。


 心優みゆはというと、七海ななみちゃんと遊ぶために藍那あいな家に行っている。

 みんなうちに来ればこんなにドキドキすることもなかっただろうに……。

 変な気を利かせやがって……。


 さすがに麗も意識しないわけないよな?

 でももし安心しきっているとしたら……。

 ここで俺が襲い掛かろうものなら絶望への道まっしぐらだ……。


 ……というか、麗はさっきからテーブルの上で何してるんだ?


「麗、何してるんだ?」

「へっ!? な、なにも?」

「そうか?」


 まぁいいか。


 時計を見てみれば現在午前の九時三十分頃。

 時間ってこんなに進むの遅かったっけ?


「ここでそわそわしてても仕方ないし、あたしたちもどこか行く?」

「足は大丈夫なのか?」

「それは大丈夫よ」

「ならいいけど……。どこがいい?」

「気の向くままに散歩気分もいいんじゃない?」

「それもありだな」


 あんまりデートをしたことがない俺たちだけど、本格的なデートはまた今度する予定があるから今日は散歩気分もありかもしれない。

 家でまったりしたりしてることの外バージョンみたいなもんだしな。


「それじゃ気の向くままにぶらりと歩いて、気の向くままにどっかでご飯食べてくるか」

「乗ったわ」

「でも、無理するは禁止だからな?」

「わかってる」


 麗は立ちあがって少し動いてこちらを見た。

 大丈夫というアピールのようだ。


「じゃあ準備する」

「あたしも」



※※※



 外は昨日の天気のままに気持ちのいい快晴。

 散歩気分なのはちょっともったいなかったかな?


「どうする? このまま姫奈ひめな駅まで行く?」

松舞まつまいまで行くのもありだな~」

「どちらにしても、時間いっぱいあるもんね」


 こんなにもいい天気だと、どこに行くにしても迷ってしまう。

 プランがないからこのまま悩んでかなりの時間が潰れちゃいそうだな。


「でも松舞駅まで行くと、ことちゃんたちと会いそうじゃない?」

「たしかにそれはあるな」


 琴羽のことだから一緒に行こうとか言いだすに決まってる。

 あとこれはなんとなくだけど、九条も同じようなことを言いだしそうだ。


「それにしても、琴羽が髪をばっさり切ってくるなんてな」

「急に髪切りたいから付いてきてなんて言われてあたしもびっくりしちゃった」

「だからいなかったんだもんな」

「何も言わなくてごめんね」

「それはもう気にしなくていいって。まぁ、琴羽も不安だったんだろうな」

「そうだと思う」


 そういえば昔、何かの行事の前に「気合入れるから髪切ってくる!」とかなんとか言ってたこともあったな。

 あそこまで切ったのは初めてかもしれないけど。


 今回は特別ってことなのかな?

 やっぱり。


「まさか麗も髪を切ったり……?」

「まぁ長いと大変だし、切ろうと思ったことは何度かあるわよ?」

「でもそうしなかったんだな」

「短くしてみようか?」

「もし麗がそうしたいなら俺は止めないぞ?」

「ちなみに長い髪と短い髪、どっちが好き?」

「俺は麗が好き」

「も、もう……! そういうのはいいってば……!」

「どっちも好きってことだよ」


 短い髪の麗も見てみたいが、長い髪の麗がしばらく見れなくなるのはなかなかに……。

 うおぉぉぉぉぉ……。


「こういうこと言ってるカップルって、すぐ別れるらしいわよ」

「誰調べ?」

「さぁ? でも、そういう話よく聞くでしょ?」

「まぁそうだけど……。こんなこと話すカップルは、すぐ別れたりしないと思う」

「……それもそうね」


 変にイチャつくカップルはすぐ別れるみたいな話は度々聞く。

 その意見には俺も同意だけど、仕方ないじゃん。

 イチャイチャしたくなるんだもの。だって、麗かわいいし。


 さっきみたいな反応なんて特に。

 ねぇ?


 って、俺は誰に弁明してるんだ……?


「じゃなくて、松舞駅まで行く? って話よ」

「そうだった」


 まぁこれだけ時間もあるからなぁ。

 姫奈駅で済ませるのはもったいない気もしちゃうんだよなぁ……。


 だとすると松舞駅まで行くことになるけど、やっぱり琴羽と九条と会う可能性があると考えると……。

 あ~……。やっぱりどうしても二人とも「一緒に行こう!」とか言い出しそうな気がして仕方ない。

 邪魔はしたくないんだが……。


「どうする?」

「麗はどうしたい?」

「う~ん……。どっちかと言うと、松舞駅まで行きたいかな~。でも、ことちゃんたちに会ったら、一緒に行こうって言い始めそう」

「だよな」


 俺も麗もそう思ってるなら、たぶん言うね。

 琴羽なら絶対言うね。


「そういえば、反対方面は?」

「反対方面? 水奈都みなと駅の方?」

「そうそう! そっちって何かあるの?」

「水奈都駅くらいは知ってるけど、その先はよくわからないな」


 どこの駅に止まるのかすらわからない。


「そっかぁ……。じゃあ松舞駅か姫奈駅行く?」

「ま、せっかくだし松舞駅行くか。琴羽たちに遭遇しないように警戒しながら……」

「なんだかスパイみたいでわくわくするわね」

「そういうの好きなんだな」


 もしかして、学園祭の時に上野うえのただしを追ってた時も、少し楽しんでたのか……?

 いや、さすがにないか。


 すでに咲奈さきな駅に着いていた俺たちは、電車の時間を確認してみる。

 乗り換えでいい感じに松舞駅まで行けそうだ。


 電車の時間まであと約十分。

 いい天気だし、電車の遅延もないだろう。


「あ、もう電車来たわね」

「乗るか」



※※※



「なんだかすっごい久々ね」

「だな~」

「そう言えば、あの時って電車の中で水族館のパンフレット読んでて、康太乗り物酔いしてたわよね」

「あったなぁ……そんなこと」


 麗がくすくすと笑っている。

 あの時は麗に介抱してもらって……。


 って!


「その後麗もバスで酔ってなかった?」

「……ソウダッタカシラ?」

「麗さ~ん?」

「ま、ほら、それより行きましょ? 時間は有限よ?」

「逃げたな……」


 俺たちは、駅の中から外へ出る。

 今日は快晴のおかげで暖かいので、人も多いんじゃないだろうか。

 知らないけどね。


 とにもかくにも、今日の俺たちは目的地がない。

 ふらふらとしているとはぐれてしまいそうだ。


「とりあえず、どっかご飯食べれそうなところを……って、あれ?」


 麗がいない。

 はぐれるの早ぇ……。


 キョロキョロと辺りを見回すが、それらしい姿は見えない。

 金髪だから簡単に見つかられるはずなんだけどな……。

 人が行き来しない隅に移動して、スマホからメッセージを送ってみる。


 既読が付くかどうか見ながら辺りを見回す。

 さすがにこれだけ人がいると、どうにも見つからないもんだな……。


「ん?」


 今、人だかりの中を背の低い銀髪の子が通ったような……。

 ちょっと追いかけてみよう。


 俺はさっきの子が通った辺りまで出てみる。

 しかし、もう見つけることはできなかった。


 あの姿はどう見ても……。


千垣ちがき……だよな?」


 ギターケースを背負ってて、あの身長で銀髪。横顔も千垣っぽかったし……。

 ただ、キャリーケースをコロコロと転がしていたけど……。

 人違いだったのかな。


「あ、康太いた!」

「お、麗」

「はぐれちゃってどうしようかと思った……。よかったぁ……」

「メッセージくれてたか? ごめん」

「……その手があったわね」

「…………」


 返信してくれてないんかい!


「それより、何かあった?」

「いや、千垣っぽいやつ見かけてさ」

「そうなの? 会えた?」

「いや、見失った。ギターケース持ってたけど、キャリケースも引いてたし、人違いかも」

「そうなんだ」


 どうやら麗は見かけていないようだ。

 もしかしたら、銀髪に見えたのとかも気のせいかもしれない。


「とりあえず、昼食べれそうなとこ探すか?」

「うん。そうね」

「……手、繋ぐか?」

「……繋ぐ」


 これは別にイチャイチャしてるわけじゃない。

 はぐれないようにしてるだけだから。


 麗が手を差し出してくるので、俺はその手を握る。

 白くてすべすべで、とても気持ちがいい。

 恋人繋ぎではないので、イチャイチャはしていない。


「パン屋でもいいわよね」

「もう少し見て、よさそうなところがなかったらそうするか?」

「いいわね」


 二人で手を繋ぎながら、駅の近くをぶらりと歩く。

 いろいろなお店があって、ここ行ってみたいとか、そんな話をしながら見て歩く。

 やっぱりカフェなどが多く、涼む目的もあるのか人でいっぱいだ。


 調べてみると、もう少し駅から離れれば、デパートや映画館やゲームセンターなどもあるようだ。

 この映画館に琴羽たちは行ったのだろうが、もう昼時だし、九条が言っていたカフェで感想を言い合いながら昼食を取っているところだろう。

 俺たちはカフェに入るのは難しそうだと判断し、パン屋に行った。


 水族館にデートに行く前に食べたあのパン屋だ。

 ここも混んではいるが、持ち帰りができるので、その辺に座って食べることもできる。


 俺はカレーパンとピザパンを選び、麗はサンドイッチを選んだ。

 駅の外に出て、適当にベンチを選んだそこに座ってパンを食べる。


「やっぱりうまいな~」

「ね。一口食べる?」

「お、ありがとう。こっちのもほら」

「ありがと」


 なんだか自然にイチャついた気がする。

 こんなの見せつけられたら耐えられないな。


 ま、俺には関係ないけど。

 サンドイッチうま。


「よし、さっきの店とか行こうか」

「いいわね。行きましょ」


 ブティックや本屋、雑貨店なんかを巡り巡って数時間。

 少しずつ俺たちの手元にはものが増え、だんだんと疲れも増えてきた。


「服買っちゃたなぁ……」

「いや~次のデートが楽しみだよ」

「あんたも買ってたし、もちろん着てくるのよね?」

「あれ、気づいてたのか」


 こっそり一着だけ買って、別のところでの買い物袋に紛れ込ませてたのに。


「というか、こんなに本買ったの俺初めてだよ」

「おすすめする本をほとんど買うからそうなるのよ」

「本が一番重たい」

「当たり前でしょ」


 ただただ二人でショッピングする感じになって、デートとしても大満足だ。

 本も雑貨もいろいろ買ったし……。

 すごく充実した一日だった……。


 まだ十六時くらいだけど。


「手荷物も増えたし、今日は帰る?」

「だな。これ以上回ると暗くなりそうだし」


 駅の場所が駅の場所だし、帰る頃にはすっかり暗くなるだろうしな。

 向こうに着くころには十七時半とかだろうか。

 電車の時間もちょうどいいし、今しかないな。


 俺たちは分担して荷物を持って、電車に乗った。

 来た時同様に乗り換えをして、踊姫おどりひめ駅で一旦降りる。


「ありがとね」

「これくらいかっこつけさせてもらうぞ」


 電車待つのも大変なんだから送らなくてもいいと麗には言われるが、それは断固として拒否させてもらった。

 男という生き物は、かっこをつけて生きていきたいものなのだ。


 どれだけ荷物が重かろうとも、最後まで余裕の表情を貫き通すのもそれが理由なのだから!!


「はぁ~。それにしても楽しかった~」

「俺もすっごく楽しかった。プランなしで出かけるのもありなんだな」

「ホントにね~」


 デートと言えば、プランを考えて女の子をリードしなければいけないものだと思っていたけど、それは間違いなのかもしれないな。

 二人で楽しむことこそが一番大切なことなのかもしれない。


「またノープランデートしましょうね?」

「そうだな。でも、次はプランを考えるからな」

「それは楽しみね」

「任せとけ」


 男たるもの、一度は一日リードしてみたいものなのではないだろうか。

 俺はそう思っている。


 だって、最初の水族館デートって、麗が連れてってくれたやつだし……。

 一度任せたのだからというのももちろんある。

 でも、やっぱり男らしくリードしてみたいじゃん?


 麗もなんか妄想してるみたいだし……。

 楽しんでもらえるプランを考えたい……。


「あ、送ってくれてありがと」

「おう」

「それじゃ、また明日学校でね」

「ああ。また」


 名残惜しいが、どうせ夜にはチャットで話したりするんだから。

 明日も会うし……。


 俺は一人電車に乗って咲奈駅に向かう。

 日が短いので、辺りはすっかり暗くなっている。

 冬ってこれが嫌だよなぁ。


 電車を降りると、チラチラと雪が降り始めていた。


「あんなにいい天気だったのになぁ」

「あれ、こうちゃん?」

「あ、本当だ」

「ん?」


 後ろから声が聞こえたので、振り向くと、そこには琴羽と九条がいた。

 なんだか前よりも二人の距離が近くなっているような気がする。


「二人とも帰りか?」

「うん。そうだよ。神城くんがいるなら僕はもういいかな?」

「ダメだぞ九条。俺は寄り道して行くからな」

「そうなのかい。それならやっぱり送っていくよ」


 まぁそういうことだろうな。

 九条はこの先の踊咲高校前おどりさきこうこうまえ駅のさらに次の水奈都駅に行くわけだから、琴羽を送るのにはちょうどよくもある。

 邪魔をするつもりはない。


 俺は今少し歩いた道……家とは逆の方向に歩き出す。

 一度自分の家方面に向けた足なので、琴羽と九条とすれ違う。


「ありがと、康ちゃん」


 すれ違いざまに、琴羽が小さく言った。

 後ろからはすぐに話し声が聞こえてくる。

 どうやらかなり仲良くなったようだ。


 思わず笑みが零れた。

 さて、どう寄り道してから帰ろうかな。

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