第16話 「手詰まりね」 何か案はないものか。

 今日のアルバイトも順調に進んでいた。

 九条くじょうはすっかり仕事を覚え、普通にこなしている。


 もう教えることもない。

 店長も上機嫌だ。


 客がいなくなった頃、まだ話題が思い浮かんでいない俺は適当に業務をこなしていた。

 そんな時だった。


神城かみしろくん」


 九条が声を掛けてきたのは。


「どうした?」

「仕事が終わったら、ちょっと話したいことがあるんだけど、時間はあるかい?」

「時間はあるけど……」

「それならよかった。それじゃあ終わったら少し待ってて」

「わかった……」


 本の話かもしれないと思ったりはしたが、なんとなくそうじゃない気がした。

 九条の声が少し震えていたし、九条の表情がいつもより真剣だったように見えたからだ。


 これはあくまで俺の勘とかになってしまうので、たしかではない。

 でもやっぱり、なんだか不安で仕方がなかった。


「いらっしゃいませ」


 誰かが来店したようだ。

 見てみれば、そこには祐介ゆうすけがいた。


 祐介は九条に案内してもらい、注文もそのまましたようだ。

 九条が注文を伝えに厨房にやってくる。


「オムライスお願いします」

「あいよ~」


 いつも通りオムライスか。


「あ、九条。俺が水持ってくよ」

「そうかい?」


 この不安な気持ちをどうにかしたくて、祐介と話している方が落ち着くと思った。

 祐介はこちらに気づくことなく、スマホを見ている。


「はい」

「お、康太こうたか。どうだ、その後」

「何がだ?」

「……なんかあったか?」

「…………」


 顔に出たってやつだろうか。

 九条のことを聞いていることがわかったので、その動揺が表に出てしまっていたのか。


 どちらかはわからないが、祐介は何かおかしいと思ったようだ。


「話してみろよ」

「……九条に、話があるから帰りに少し残ってくれって言われたんだ」

「へぇ……。心当たりは?」

「最近麗の影響で読書にハマっててさ。九条も本が好きなんだが、それでちょくちょく本のことで話したり、本を薦められたりしてたんだ」

「それならそのことなんじゃね?」

「それが、なんだか違う気がしてな。それに、そんなことなら今話しても構わないはずだ」

「たしかに」


 そうだ。

 よく考えればそうなんだよ。

 わざわざ帰りに残って話すほどのことはないはずだ。


 となるとやっぱり別の要件が……。


「まぁわからないこと考えても仕方ないだろ」

「それでもなんか嫌な予感がしてな……」

「お前の言う嫌な予感って当たりそうだから怖いよな」

「不安にさせることを言うな」

「わりぃわりぃ」


 祐介はけろっと笑って見せる。

 その姿に俺も少し笑みが零れた。


「ありがとな」

「なんのことだか」

「素直じゃねぇの」

「はっ。どういたしまして~」


 こういうところが無ければ完璧だったんだがな。


 厨房に戻ってしばらく別の仕事をする。

 やがて出来上がったオムライスを持って、再び祐介のところまでやってきた。


 祐介はスマホをいじっていた。

 どうせ姫川ひめかわさんだろうな。


「お待たせしました」

「おっ、さんきゅー」

「姫川さんか?」

「また顔に出てたか?」

「もう諦めるんだな」

「これじゃあ康太見たいじゃねぇか……」

「おい」


 俺がいっつも麗と話してる時ニヤニヤしてるみたいな言い方はやめろ。

 ……そんなにいつもじゃないはずだ。


「いいだろ? 事実じゃんか」

「じゃあ聞くけど、彼女と連絡取っててニヤつかないやついるのか?」

「なかなかいないかもな」

「だろ? 何も俺だけじゃないだろうに」

「そいつは失敬失敬」

「まったく……。それじゃ」

「お~う。……うまっ」


 祐介はおいしそうにオムライスを食べ始めた。

 姫川さんが作ったオムライスを食べる時も、あんな感じなのだろうか。いや、あれ以上か。


 俺はテーブルを拭く仕事に戻ることにした。


 作業をしながら、九条が何をしているのかチラッと覗いてみるが、特に何も変わることなく普通に業務をこなしている。

 店長に声を掛けられても、返答がいつもと同じ感じで特に何かを気にしている様子はない。


 そのまま仕事をしているうちに祐介も帰って、今日のアルバイトの終わりがやってきた。

 休憩室でタイムカードを切って、男子更衣室という名の廊下で着替えを済ませる。

 九条も一緒だったが、九条は特に何も言わなかった。


 荷物を持って裏口の方から店を出る。


「…………」

「…………」


 無言の時間が流れていく。

 九条は水奈都みなと駅が最寄りと前に言っていたら、駅まで向かうのだろう。

 途中までは一緒に歩くのだが、俺から聞いた方がいいのか悪いのか。

 正直九条の言う話というのが気になって仕方ない。


「神城くん」

「どうした?」

「話……というか、相談なんだけど、いいかな?」

「ああ。いいぞ」


 九条がすごく緊張しているのがわかる。

 きっと心臓が痛いくらいにバクバクと脈を打っているに違いない。


「藤島さんと、映画に行くって話をしていたの、憶えてるかい?」

「ああ。今週末に行く……でいいんだよな?」

「うん。日曜日になったんだけど……」


 なんか新しいのが公開されたから見に行きたいって言ってたから、俺が二人で行くように提案したやつだ。

 日曜日になったのか。


「僕のことを、コーディネートしてもらえないかな……?」

「コーディネート……?」


 それって服装とかを一緒に考えてほしいとかそういう話だろうか。


「女の子と出かけるなんて、したことないもんだからさ……。どんな服装で行けばいいのか、わからないんだ……」

「なるほどな……」

「土曜日に、服を選ぶのを手伝ってほしいんだ」


 服を買うにしろ、選ぶにしろ、手伝ってほしいと……。


 俺も正直そういうのはよくわからない。

 俺の場合は心優みゆがいるから、心優から話を聞いてやっとという感じだ。


 俺だけではちょっと無理だな……。


「どうかな……?」

「まぁそれは構わないんだけど、俺もあんまり得意じゃないからさ。祐介……あ~さっき店に来てたやつなんだけど、そいつにも手伝ってもらってもいいか?」

「もちろん。むしろ助かるよ」

「それならよかった」


 九条は安心したように微笑んだ……ように見えた。

 なぜように見えたなのかというと、それは前髪が顔に掛かってて、よく表情が見えないからだ。


 今まで気にしてなかったけど、これってあんまりよくないんじゃないだろうか。


「その前に一ついいか?」

「なんだい?」

「髪、切らないか?」

「……たしかにそう……か」

「嫌なら無理にとは言わないが」

「いや……僕なんかが……大丈夫かな」

「僕なんかがとかは考えない方がいいぞ。一緒に出掛けてくれる時点で嫌われてはないんだから。清潔感は大事だ。できることなら切っておいた方がいい」


 俺は琴羽の事情を知っているからなんとも言えないが、事実だろうとは思う。

 嫌いなやつとわざわざ二人きりで出かけるなんてまずしないだろう。


 それに、清潔感は印象を良くするし、表情が見えるようになった方がいいに決まってる。


「そうだね、わかった」

「おう」

「そうだ、連絡先を教えてくれないかな?」

「そうだな。祐介にも事情を話してグループ作っとくよ」

「ありがとう」


 俺は九条と連絡先を交換した。


「それじゃあまた後でな」

「うん。ありがとう神城くん」

「それは土曜日に、うまくできたら言ってくれ」

「わかった、そうするよ」


 九条の声はとても嬉しそうだった。


 ここまでいろいろ考えていたり、自分を変えようとしているやつが、あの時のあいつのようにひどいことをするようなやつだとは思えない。

 正直、これだけで判断材料になっているとは思わないが、俺はかなり安心した。


 俺はすぐに祐介に連絡を入れる。

 どうせ姫川さんと連絡取ってるだろうから、返信はすぐに来るだろう。


「あ」


 やっぱりすぐに返ってきた。

 すごく混乱しているようなので、俺は事情をゆっくりとメッセージで話していった。



※※※



「たしかにそれはそうね」

「だろ? あ、ごめん。ちょっと待って」

「さっきから何してるの?」


 その日の夜は、うららと通話をしながら、九条のことを祐介に相談したこともあって、三人のグループでチャットをしていた。

 麗には、今九条が上野うえのただしと同じことをするようには思えないという話をし終えたところだ。

 九条たちの方は日程の話を少しずつ進めているところだった。


 これがなかなか難しく、どっちかに集中することができない。

 でも、どっちもやらないといけなくて……。


「あんまりよくないかもだけど、琴羽のこともあるし麗には言っとくか……」

「なに?」


 俺は、集中するためにも九条のことを麗に話すことにした。

 琴羽のキューピッドを二人でやっている関係上、九条のことを共有しておかないと大変なことになりそうだったというのもある。


「なるほどね。それじゃあさっきからメッセージ返してたのね?」

「ごめん」

「いいわよ。そういうことなら」


 キューピッドを頑張らなきゃいけないとばかり考えていて、すごく最悪なことをしていたことに気づいた。

 麗は許してくれているようだけど、俺は二度としないように心に刻んでおこうと思う。


「それじゃあそっちは当日に康太と佐古さこくんに任せるとして、こっちは継続的なお願いなのよね」

「まぁ正直、九条もなぁ……?」

「まぁ、そう思うわよね」


 二人での映画なんて、言ってしまえばデートだ。

 そんなデートを断らず、むしろ誘うような形にすらなり、その上で身だしなみを整えて欲しいと頼んでくる。


 これを好意と捉えずになんと捉えるのか。


「仮にそうだとすると、映画に一緒に行く時点でなかなか進んでると思うし、そこでさらに発展するような気もするけど?」

「でも、そのあとの約束がお互いに取れないなんてことも無くはないだろ?」

「当日緊張しちゃってなんてことがあるかもしれないわね」

「そういうこと」


 琴羽は緊張するとすごいテンパるからな……。

 九条がどうかまではまだわからないし……。


「なんにしても、当日どうなるか次第かしらね」

「だな」


 結局は始まってみないとわからない。


「琴羽の方はなんかあったりするのか?」

「特に何も言われてないわよ」


 俺に言いにくくて、もしかしたらとか思ったりしたけど、そうでもなかったか。

 それとも今はまだというだけなのか。


 なんにしてもわからない。

 それに、九条のこともちゃんとわかっていないんだよな……。

 千垣がいないと何もわからない……。


「ダメだなぁ……」

「手詰まりね」


 何か案はないものか。


「このままあたしたちだけで話してても何も出てこなそうね」

「まぁそうだなぁ……」

「心優ちゃんを仲間に引き入れられないかしら」

「そういう話なら、琴羽が自分で言うんじゃないか?」

「でもことちゃん緊張してるみたいだし、そこまで頭が回ってないかもしれないわよ?」

「それなら本人に聞いてみるか」

「それもそうね」


 俺たちも俺たちで少し焦っているのかもしれない。

 少し落ち着くことを意識した方がいいか。


 それはともかく、俺は琴羽にメッセージを送ってみた。


「送った?」

「おう」


 そんなに夜遅いというわけでもないから、琴羽も起きてるんじゃないかと思うけど……。

 それから十分ほど経ったが、返信どころか、既読すら付かなかった。


「映画でも見てるんかな……」

「部屋、見えないの?」

「あ、そうか」


 俺の家の向かいは琴羽の家だ。

 そして琴羽の部屋はこちら側に面しているので、こちらから確認できる。

 カーテンを開けて琴羽の部屋を見てみると、カーテンが閉まっていた。

 当然だな。


 しかし、部屋の電気はついてないようで真っ暗だった。


「真っ暗だな」

「寝てるのかしらね?」

「かもな」


 規則正しく健康的な生活をしていそうな琴羽だけど、普通に夜更かしとかはするやつだ。

 たまにはいつもよりも早く寝たりしていてもまったく不思議ではない。


「また明日だな」

「それしかないみたいね。とりあえず解散する?」

「そうするか~」

「わかったわ」


 これ以上話せるようなこともないし、話題も特にない。


「それじゃあ康太、おやすみ」

「おやすみ~」


 麗との通話を終了する。

 急に静かになった部屋に、少し寂しさを感じるのは我儘だろうか。


「麗も同じこと思ってたりするのかなぁ……」


 そんなことを考えながらも、もう少し琴羽と九条のことを考えてみた。


 琴羽には九条と仲良くなる方法を教えてほしいと言われ、九条からは琴羽と一緒に出掛ける日のためにコーディネートをしてほしいと頼まれている。

 琴羽の相談相手は俺と麗。すでに琴羽と九条は映画に行くことが決まっているので、今のところできることはないのではないかと手詰まりになっている。

 九条の相談相手は俺と祐介。コーディネートをしてほしいと頼まれているので、土曜日に服を買いに行ったりなんやかんやしようとしている。


 どっちが進んでいるかというと、やるべきことが決まっている九条の方なのだろうか。


「う~ん……」


 麗の恋のキューピッドをしている時は、どうしていただろうか。

 まずは連絡先を交換させてたはずだ。


 今、琴羽と九条はすでに連絡先を交換していて、映画の日程などを話し合っていた。

 これはクリアしている。


 この後したことは、二人の時間を増やす……だっただろうか。

 たしか、登下校を一緒にするようにしたんだよな。


 九条は水奈都駅から来てるから……無理だな。

 めっちゃ逆方向。

 それならやはりデートしかなくて、つまりは日曜の映画デートが始まってみないと何もわからなくて……。

 結局振り出しに戻ってしまった。


 ……そういえば、九条はお昼は一人で適当に済ませてるみたいなこと言ってたな。


「……決まりか」


 俺は、明日の朝に話してみようと思い、ベッドに入った。

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