彼女が欲しかった俺が、再びキューピッドになるまで。
小倉桜
第1話 「あけおめ」 新年初の麗の笑顔だ。
※注意
こちらの作品は、『彼女が欲しかった俺が、不幸に打ち克つまで。』という作品の続編になります。
まだ読んでないよという方は、そちらからご覧くださるようお願いします。
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「う~……寒い寒い……」
手袋をしていない両手を、擦り合わせたり息を吐いたりして温める。
クリスマスの頃に降り始めた雪はほどよく積もり、歩く度にサクサクと音がする。
そんな中、俺はただ一人、壁に背を預けながらぽつんと立っていた。
「ふぅ~……」
実は、手袋はちゃんと持ってきている。
クリスマスのプレゼント交換の時に麗からもらった物だ。
持ってきているのに何で使わないのかと聞きたいのはわかる。
しかし、聞けば誰もが納得する理由が俺にはあるのだ。
「
「おはよう麗」
「違うでしょ」
麗は少しニヤリとしながら、自分の着ている物を見せびらかすようにする。
綺麗なピンク色に、いろいろな花が描かれている着物だ。
帯や小物などにもこだわりがあるのだろうが、細かいことは俺には残念ながらわからない。
ただわかることは、麗がとっても綺麗で、かわいいということだ。
「あけましておめでとう、だったな」
「そうよ」
「あけおめ、麗」
「あけおめ、康太」
麗がふわりと優しく微笑む。
新年初の麗の笑顔だ。
昨日もみんなでテレビ通話とかして年越ししたけど、着物の麗はかわいさ百倍増しだな。
「靴どうしたのよ」
「買おうと思ってたんだけど、麗と一緒に行こうと思ってさ」
「もう年明けたわよ?」
「まぁほら、いろいろあったし……」
心優が記憶を失くしたりとか……。
「それもそうだけど……。お店開いたら行くわよ」
「お誘いいたしますよお姫様」
「よきにはからいなさい」
麗はドヤ顔と共に胸を張る。
そういえば、胸が小さい人の方が着物が似合うと言うが、実際のところはどうなのだろうか。
……別に麗を見て思い出したわけではない。
麗はとてもよく似合っている。他意はない。
「……どこ見てんのよ」
「いや、あの……ごめんなさい」
「そんなに魅力的だったかしら?」
「はい……」
そりゃ魅力的に決まっている。
もともと綺麗な人なんだ。そんな子の性格まで好きになってしまったんだから俺にはもうどうすることもできない。
そして俺は、小さな胸の女性が好きだ。
申し訳ないが、俺も男なのである。
男ついでに、着物といえば男なら誰でも気になるであろうことがある。
「なぁ麗、一つ聞いてもいいか?」
「なに?」
着物というと、下着は着ないということを耳にする。
これが実際どうなのか、男なら気にはなるところなのではないだろうか。
俺は麗の耳元に近づく。
麗は不思議そうにしながらもこちらに耳を貸してくれた。
「下着って着てるのか……?」
「ばっ……!」
そう聞いた瞬間、麗は顔を真っ赤にして離れた。
「着てるに決まってるでしょ! バカじゃないの!?」
「いや、ほら! 男なら気になるっていうか俺たちじゃ知れないしというかなんというか……」
「もう知らないっ!」
「あ! 本当にごめんなさい! ごめんってば麗ぁ!」
怒ってしまった麗は俺を置いて先に歩いていってしまう。
慌てて追いかけ、手を捕まえた。
「本当にごめん。俺が悪かった」
「……本当にそう思ってる?」
「本当です。ごめんなさい」
俺は誠意を持って謝る。
いくら彼女だからと言っても、限度があった。
「なら、今日はあたしの言うこと聞きなさい。いいわね?」
「仰せのままに」
俺の返事に満足そうに頷くと、麗はすぐに何かを考え始めた。
「まずはそうね……。左手、腰に当てなさい」
「はい……?」
俺はよくわからないが、約束なので指示に従う。
左に腰を当て、左側だけ前へ倣えの一番先頭にいる人のような状態になった。
それを見た麗は、俺の左に並んで立つ。
そして、
「っ!!」
俺の左腕に絡みついてきた。
着物だからよくわからないけど、たぶん当たっている。
「さて、行きましょう」
「お、おう……」
麗は嬉しそうにニコニコしながら、腕を離そうとしない。
俺はバクバクと鳴りやまない心臓の音を聞きながら、冷静になろうと必死になっていた。
いつもなら麗の方も自爆気味になって顔を真っ赤にしているのに、今日に限ってそんなことはない。
一体なんだっていうんだ……。
俺はされるがままに麗と一緒に階段を上る。
「なにドキドキしてんの?」
「そ、そりゃするだろ……」
「ふ~ん」
麗はご満悦のようだ。
階段を上り切ると、境内に入る。
麗の腕がそっと離れ、少し残念な気持ちになるが、そうも言ってられない。
鳥居の前で一礼をしてから手水舎に向かう。
麗と隣で並び、心を落ち着かせて一礼してから右手に柄杓を持って水を汲んだ。
「麗、ちゃんとできるか?」
「当たり前でしょ?」
汲んだ水を左手にかけて清め、今度は柄杓を左手に持ち変えて右手を清める。
もう一度柄杓を右手に持ち変え、左手に水を注いで口をすすぐ。
それが終わったら、最後は両手で立てるように柄杓を持ち、持ち手の部分を清めて柄杓を元に戻す。
一礼をして、その場を離れておしまいだ。
「ちゃんと覚えててえらいわね」
「そういう麗こそな」
お互いに顔を合わせてニヤリと笑い合う。
しかし麗は続けて俺を小バカにするように言葉を紡いだ。
「あら? そんなこと言っていいのかしら?」
「ご、ごめんなさい……」
そうだった。
自分が悪いとはいえ、今日は麗の言いなりなんだった。
女王様の機嫌を損ねるわけにはいかない。
「ふふふ。それじゃ、並びましょうか」
「そうだな」
そう言いながら麗は自然とそばを歩く。
さすがに腕は組まないようだ。
「それにしても、すごい列ね」
「初詣って結構人いるんだな~」
正直な話、今年初めて初詣にきた。
日ごろからの忙しさがあって、とても初詣に行く気にはならなかったからだ。
しかし今年は訳が違う。
なぜなら今の俺には彼女がいるんだからな!
理由が不純だって?
別にいいじゃないですか……。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
しばらく並んでいると、ようやく俺たちの番がやってくる。
お賽銭をし、鈴を振って鳴らす。
そうしたら深いお辞儀をまず二回。
二回拍手をして、お願い事をする。
平和な一年を過ごせますように……。
最後にもう一度一礼をしておしまいだ。
「麗は何を願ったんだ?」
「秘密よ。康太は?」
「平和な一年が過ごせるように祈ったよ」
「去年は大変だったものね」
去年はいろいろあったなぁ。
主に夏休み明けから。
麗のキューピッドをして、
姫川さんに料理を教えたりしたし、心優の事故と記憶喪失も……。
でも嬉しいこともあって、麗に告白して付き合えたり……。
「こうして今があるのもみんなのおかげだな」
「康太も頑張ったからよ」
そう言われると照れてしまう。
「そういえば聞いてなかったことがあった」
「なに?」
「麗はさ、去年はどんな年だった?」
年越しで通話をしている時、みんなに聞こうと思ってたけどすっかり忘れていた。
「大変だったけど、楽しかったし嬉しいこともいっぱいあったわ」
「ほうほう」
「もし、あの時康太が教室に忘れ物を取りに来なかったら……。あたしもあの人も、もっとつらい思いをしてたと思う」
先輩は二股のような感じになってたわけだしな。
彼女の人も、麗も……特に麗は、つらい思いをすることになったと思う。
「だから、ありがとう康太」
麗は真っ直ぐな微笑みを俺に向けてくる。
もしあの時、俺が忘れ物を取りに教室に戻らなかったら、麗と話すこともなかっただろう。
そうなれば、俺の彼女になっているわけがないし、こうして一緒にいるわけもない。
この笑顔も見ることはできなかったわけだ。
「俺もあの時忘れ物してよかったよ」
「ふふっ。康太はどうだったの?」
「俺は、そうだなぁ……」
高校に入学してから
麗と話すようになって、学園祭の実行委員もやって友達も増えた。
つらいこともあったけど、やっぱり楽しいこともあって。
「楽しいことの方が多かったかな」
「それはよかったわ」
あれもこれも、みんながいたから。
みんなといたからこそだな。
「おみくじ、引いてみないか?」
「いいわね」
「初詣に来たらやってみたかったんだ」
せっかく来たのなら、やっぱりやっておきたいよな。
見ればこっちもそこそこの列が出来上がっている。
俺と麗は雑談しながら自分たちの番がやってくるのを待った。
「おみくじください」
列から外れ、先に買い終わっていた麗の下へ向かう。
「あっちの方で開けない?」
「そうだな」
少し人ごみから外れ、落ち着けるスペースを見つけた。
ベンチなどはないので立ちっぱなしだが、まぁいいだろう。
「麗、足とか大丈夫か?」
「大丈夫よ」
二人でおみくじがすぐに開けられるように構える。
顔を見合わせ、タイミングを合わせて二人一緒に開いた。
「お、大吉だ!」
「あたしも!」
笑顔の麗と目が合う。
くすりとお互いに笑いが零れた。
「ま、去年は大変だったしな」
「今年くらいゆっくりしても罰は当たらないわよ」
「そうだそうだ」
俺は大満足である。
引いたおみくじは大事に財布にしまっておこう。
「初詣って後何すればいいんだ?」
「そうね……」
初詣と言ったらお願い事とおみくじということしか考えていなかったので、ほかに何をしたらいいのかわからないのだが……。
「お守り買ったりとかじゃない?」
「あ~なるほど。どんなのがあるのかな?」
「交通安全とか、縁結びとか?」
「縁結びはもう必要ないけど、交通安全は買った方がいいかもな……」
俺たちの一家は交通に関して不幸が多いからな……。
「あんまり暗いこと考えるもんじゃないわよ」
「すまん」
縁結びに関して言えば、俺にはもったいないくらいのかわいくて優しい彼女がいるし……。
ほかにどんなのがあるのかとかわからないしな。
やっぱり実際に見てみるのがいいかもしれない。
「一回見に行かないか?」
「いいわよ」
二人でお守りを売っているところに移動する。
ここはまだあまり人がいないようだ。
「合格祈願に開運祈願……」
「キャラクターのお守りなんてものもあるのね」
「ホントだ」
意外といろんなものがあるんだな。
「ん? これは?」
ちょっとかわいらしいデザインのお守りが目に入った。
が、よく見てみると……。
「あ、安産祈願よ……」
「あっ……」
麗が少し頬を染めながらぼそっと言う。
俺は手に取る前に出した手を引っ込めた。
これはまだ……。
「い、行こうか……」
「う、うん……」
少し気まずくなりながらも、再び人ごみから離れたスペースに立つ。
隣に立つ麗がそわそわと落ち着かない。
俺までなんか緊張するからじっとしていて欲しい……。
「あ、お兄ちゃん」
「
声の方を見ると、心優と琴羽、
みんな俺と麗に気を使って、遅れて来てくれたんだ。
助かったぁ……。
「あれ? ちょっと早かった?」
「いいや琴羽、そんなことはないよ」
「ありがとうね、ことちゃん、みんな」
四人とも嬉しそうであり、満足げでもある。
きっとどんなことを話したりしてたのか、どんなことをしたのか後で聞くつもりなのだろう。
「みんなはお願い事、もうしたのか?」
「もっちろんしましたよ!」
「楓たちはこれからおみくじをしようと思ってました」
「お、そうなのか。俺たちはもうやったからここで待ってるよ」
それならさっそく行こうと七海ちゃんと楓ちゃんと心優が元気に歩き出す。
それにあんまりはしゃぐと転ぶわよと麗が言う。
「それじゃあ康ちゃん、ららちゃん待っててね~」
「はいよ~」
琴羽も、「転ばないようにね~」と言いながら三人に続いた。
俺と麗は顔を見合わせてからなんとなく頷き合う。
「平和だな」
「そうね」
俺たちは手を繋いでみんなを待った。
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あとがき
完結まで毎日、投稿していきたいと思います。
時間はバラバラになるかと思いますが、よろしくお願い致します。
また、場合によっては投稿をできない日があるかもしれません。
その場合は、ご了承ください。
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