哀しくも美しい、鬼と恐怖の物語

幼馴染・舘座鬼知景の訃報を受けて、故郷の紀日村に帰省した前野亜瑚。ナレーターを目指す傍ら、動画投稿サイトで怪談朗読をしていた彼女の日常は、葬儀の席で旧友の成美が叩きつけた、「あんたのせいで、知景は死んだ」という罵声を皮切りにして、急速に崩れ去っていくーー。

非業の死を遂げた親友、鬼の祟りを恐れる村人たちの激昂、家族の密談から漏れ聞こえた「きひ」という謎の言葉。この村で何が起こっているのか、正常な思考の暇さえ与えないまま、度重なる不幸の連鎖は加速していき、亜瑚の周囲を夥しい数の「死」が取り巻いていきます。

お話の見どころは、容赦も慈悲もない圧倒的な怖さと、情感の美しさにあると思います。恐怖に立ち向かう亜瑚や、知景と生前に交流があった男・安(いずく)の目を通して謎を追いかけていくうちに、知景と関わってきた人物たちの心の内側が、万華鏡のように向きや形を変えて見えてきます。
苛烈な感情を炸裂させる登場人物ひとりひとりの魂の叫びが、既に故人となってしまった彼女の姿を形作っていて、凄絶な美しさが胸を打ちます。
「きひ」という言葉の意味を知り、謎の核心に迫る時。きっと深い悲しみと、途方もない恐れ、そして優しい感動に包まれるはず。おすすめです。

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