パリで生きる人々の営みと心が、オブジェたちの呟きを通して見えてくる
- ★★★ Excellent!!!
人間が「人生」という歴史をそれぞれ持つように、パリの蚤の市に並んだアンティークや小道具たちも、個々が数奇な歴史を秘めています。
本作では、五つのオブジェたちの歴史が、硬質で美しい筆致で繙かれています。
寡黙な芸術家である持ち主の元を離れて、蚤の市に流れ着くまでの変遷。安価な値段で買われた先で、経年を感じる色合いで変化していった恋心。現代のアイテムと思想を知る日々の中で、次第に燃え盛っていく信念の情熱。そして、激動の時代を生きる人々が見せた顔の裏表を、静かに見つめ続ける、エナメルの瞳――。そこには、血が通った人間と何ら変わらない、他者と共生してきたからこそ生まれる苦楽がありました。
思いやりの心を持った人もいれば、こっそりと悪事を働くような人もいる世界で、物言わぬオブジェたちは、己が漂着した場所に存在し続けることしかできません。しかし、実はそう見せかけているだけで、パリで生きる人々に、声なき言葉で語りかけているのかもしれません。画家が所持していたイーゼルや、年代物のコーヒーミルが、人生の先輩(?)として、人々の懊悩を受け止めて、アドバイスをしたり、喝を入れたりしている姿を想像すると、クスリと笑ってしまうと同時に、己の行いは全て見られているのだという意識から、すっと背筋が伸びました。他者の目が届かないところにも、静物の目は届くのだということを、本作の主人公を務めたオブジェたちから教わりました。
これからさらに時が流れても、変わっていくものと変わらないものの両方を記憶して、次の時代へと運んでくれる存在が、身の回りにたくさんあることに、温かい慈しみを覚えました。懐中時計の構造のように美しく、時を正確に刻み続ける姿のように整った、職人さながらの技を感じる物語でした。