鬼妃秘記(キヒヒキ)
鉈手璃彩子
第一章 鬼神
【怪談朗読】鬼の声【睡眠導入】
これは私が、故郷の村で実際に体験した話です。
中学を出るまでのあいだ、私は、ある山沿いの小さな村に住んでいました。詳細は伏せますが、その地域一帯が霊場・
同じ歳の子どもは私をふくめて三人だけ。私は特にそのうちのひとり、Tちゃんという女の子と仲が良く、毎日一緒に遊んでいました。
実は私のひいおばあさんとTちゃんのひいおばあさんは姉妹で、遠い親戚でもありました。そのせいか私とTちゃんのあいだには、ものごころついたときから姉妹のような絆があったのです。
あれは小学一年生の夏のことでした。
きっかけがなんだったか忘れましたが、私はTちゃんのおうちにはじめてお泊まりに行くことになったんです。
実はそれまで、Tちゃんが私の家に泊まりに来たことはあっても、私がTちゃんのおうちに遊びに行ったことは、数えるほどしかありませんでした。行ってもお庭で遊ぶとか、縁側や居間で一緒にアイスを食べるとか。それぐらいしか立ち入っていません。
だから私は、Tちゃんのおうちにずっといられるその日を、とっても楽しみにしていました。
そのTちゃんのおうちというのはすごくむかしから続く民宿で、老朽化のたびに何度も建て替えはしているそうなのですが、それでもたしか今の建物は築百年ちょっとだったと思います。
民宿といっても、小さなもので、知る人ぞ知る隠れ宿という風合いです。
一階はとても広くて、家族の居住スペースと別に小さな客間がよっつ、大広間がひとつありました。
少し変わっているのが二階でした。一階と比べると非常に狭くて、長い廊下の先に部屋がひとつあるだけなのです。そして、その一室というのが、Tちゃんの部屋でした。
そんな二階の構造について、私は一瞬不思議だなぁと思ったぐらいで、さほど深く考えませんでした。まるで旅館の一室のように小綺麗なTちゃんの部屋を目にして、ただただ無邪気にワクワクしていました。
Tちゃんと家族とは親戚同然のつきあいでしたので、気軽に一緒に夕食をかこみました。広いお風呂に入って、部屋に帰ると、Tちゃんのお母さんが部屋にふたり分のお布団を敷いてくれていました。
それからは、おやつを食べながらゲームをしたりテレビを見たりして過ごし、いつもより夜ふかしをして、お泊まり気分を満喫しました。
ようやく部屋の明かりを消して、一緒にお布団に入って、しばらく経ったころでした。
いつのまにか眠っていたようです。ただ私は枕元にだれかいるような気配を感じて、ふと目を覚ましました。
ず……ず……
と畳の上をゆっくりと、素足で擦って歩く音が聞こえます。
お布団は枕を壁側に敷いてありましたので、頭の上には壁があるだけのはずなのに。
少し怖くて、私は目を閉じて、そのままじっとしていました。
もしかしたら、Tちゃんが起きたのかもしれない。きっとそうだろう。
どうにかそうやって自分を納得させようとしていました。
あたりは水を打ったような静寂に包まれています。時間がどれぐらい流れたかわかりません。
再び眠りにつくことはなかなか難しく、むしろ意識はどんどんはっきりしてきます。
そのときでした。
ぉ……ぉぉ……ぉ……
どこからか、かすかに、だけどたしかに、低い低い声が聞こえました。それは男とも女ともつかない声。どちらにしたってずいぶん低く、地鳴りのようにも思えました。
気のせいだと思い込もうとして、私は首元のタオルケットを引き伸ばしてきて顔を隠し、ぎゅっと目をつぶりました。
けれども、
ぉ……ぉお……お……ぉおおぉ……
声はだんだん大きくなっているように聞こえました。
それにくわえて、唐突に頭の痛みを感じました。
それもまるで、脳みそが上に引っ張られているかのような、いままでに経験したこともないような激痛なんです。
私は叫び声を上げそうになるのをぐっとこらえて、必死に奥歯を噛みしめました。
ここはTちゃんのおうちだし、寝ているTちゃんを起こしてはいけないから……と、なぜか気を遣っていたのです。
ところが不意に、
「この子は違う……」
となりでささやく声がしました。
それはまぎれもなく、Tちゃんのものでした。
私に向かって言っているのではないかんじでした。だけど寝言というわけでもなさそうでした。
どうやら、Tちゃんは私の枕元にいるなにかに向かって、話しかけているようなのです。
Tちゃん、どうしたの? なにを言っているの?
聞きたいのですが、恐怖でまったく声が出ません。
そのときでした。私は急にがちっ、と両肩を掴まれました。
――何者かの手に。
猛烈な悪寒が、全身を駆け巡りました。
するとまた、
「この子は違う」
とTちゃんが同じことを言いました。さっきよりも鋭く、切羽詰まったような口調です。
それがいつもの彼女の声とは違うようにも思えて、Tちゃんに話しかけてはいけないような気がして。
私はがくがくと震えながら、固く目をつぶり、必死に寝たふりをしていました。
そうしたら今度は、
ことん。
と足下のほうで、なにかが畳の上に落ちた音がしました。
私は耐えきれなくて短い悲鳴を上げてしまいました。
すると、その瞬間。
気配がふっと消えたんです。
肩を掴む手も。頭痛も。きれいさっぱりなくなっていました。
ずっと息を止めていたような気がします。安心して、深いため息をついたとたん、急に頭がぼんやりしました。そのあとすぐに、気を失ったように眠ってしまったのでしょう。それからのことは記憶にありません。
翌朝目を覚ますと、なにごともなかったかのようにとなりでTちゃんがすやすやと寝息を立てていました。
起き上がって部屋を見回すと、座卓の上に置いてあった水の入ったガラスのコップが、畳の上に転がっているのが目に入りました。
昨晩の、ことん、という音の正体はこれでしょう。
しばらくするとTちゃんも目を覚ましました。
「あれ……なんだったの?」
私はおそるおそる昨晩のことを聞いてみました。すると、
「んー? なんのこと?」
とTちゃんは寝ぼけ眼をこすりながら、そんなふうに答えました。
「えっ……、なにって、夜中。なんか言ってたじゃん」
思い出すのも嫌でしたが、それ以上に、はっきりと口にするのがなんとなくはばかられて、私はごまかしながら探りを入れました。けれどもTちゃんは、やっぱり「おぼえてない」と首を振るのです。
私はすっかり困惑してしまい、それきりその話はおしまいになってしまいました。
夢……だったのでしょうか。
けれどたしかに、転がったコップの中の水は残らずこぼれて、畳に染みを作っていました。
それとたまたまかもしれませんが、その日から二日ほど、なぜかTちゃんが熱を出して寝込んでしまいました。
私はこっそり、自分も熱が出るんじゃないかと数日おびえていました。でもそういったことは起こらず、しだいにこのできごとは、頭の片隅に追いやられていきました。
そんなことがあってからも、Tちゃんと私は変わらず仲良しでした。
でも、私がTちゃんの家にお泊まりすることは、二度とありませんでした。
何年か経ち、私ももう少し賢くなったあとで、よくよく考えてみたんです。
あの家の二階、外からだと、Tちゃんの部屋とは別の方角にも窓があるのが見えるんですよね。つまりほんとうは、Tちゃんの部屋以外にも、部屋があるみたいなのです。
入れない部屋が。壁の向こうに。
村には、こんな古い言い伝えがあります。
むかーしむかし。
ここは平和な隠れ里でした。
ある日恐ろしい鬼が現れて、村の女を次から次へと食べてしまいました。
困り果てた村人は、お坊様に、鬼を退治するように頼みました。
お坊さまは念仏を唱えて鬼を退治しましたが、その魂が悪霊となって、村に洪水や土砂崩れなどの災害を起こすようになりました。
そこでお坊さまは、特別な血を引く一族に、この土地を護らせることにしました。
一族は鬼を『神』として祀り、鬼の霊はそれから悪さをしなくなりました。
実はその『鬼』を封じた一族というのが、Tちゃんのご先祖さまだと言われているのです。
そのことが関係しているのでしょうか。
ぉ……ぉお……お……ぉおおぉ……
どこか地の底から響くようなあのうなり声は、『鬼の声』のように、私には聞こえました。
「この子は違う」
あれはTちゃんの寝言だったのでしょうか。
それとも壁の向こうのなにかに向けて放った言葉だったのでしょうか。
私は都市部の高校への進学を機に村を出てしまい、いまではTちゃんとほとんど会わなくなってしまいました。
なので、あのできごとがなんだったのかは、いまでもわからずじまいです。
***
4/27 21:00
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高評価21 低評価5
コメント:10件
1ヶ月前
【面白かったです! 結局なんだったのかわからないのが怖い】
1ヶ月前
【寝る前に聴いてます。A子さんの怪談は癒し。でも怖い。でも寝落ちしちゃう(笑)】
1ヶ月前
【A子ちゃんのことずっと前から見てます!!
今回特に面白かったです!!!
もっともっと、A子ちゃんの怖いお話が聞きたいっ(≧∇≦)!!!】
1ヶ月前
【今日の話怖かったです。A子さんの怪談は聴きやすいし、不思議な世界に引き込まれるような気持ちになります】
1ヶ月前
【貴重な体験談ありがとうございます
またあったらやってください】
1ヶ月前
【こういうのあるんですかほんとに。不思議な話。Tちゃんはその後は普通なんですか?】
1ヶ月前
【Tちゃんはなにか知ってそうですね。真相知りたい。てかA子ちゃん、こんな体験談持ってるなんてずるいっ笑】
1ヶ月前
【これ場所が小さな集落の必要ある? 創作とかでよくある話だよね】
1ヶ月前
【A子さんの声とても癒されるので好きです】
1日前
【Tちゃん死んじゃったよ。A子のせいで】
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