魂の砂漠 ~聖女も悪魔も恋してる。ラバダブみたいな、熱い恋しちゃってる!~

81monster

【プロローグ】


 コザの街を、二つの影が歩いていた。


 一つは大きな体躯たいくに、襤褸ぼろを巻き付けている。その背には、大きな剣をっている。


 もう一つの影は、柔らかな輪郭がフードの上からも解ることから女である事が解った。小さな彼女は、まだ少女であった。


 コザの街は、哀しみに包まれている。日々、誰かの涙が流れていた。そして、涙の数以上の血が、絶え間なく流れ続けている。人が人を裏切り、傷付けていく。略奪や暴力が、当たり前のように横行している。そんな街の至るところで、音楽が流れていた。人々は嘆きながらも、音楽に希望を乗せて歌うのだ。


 コザの街には常に、音楽――〝ラガ〟が流れている。


「どうしたの?」


 少女が父に問う。


 視線の先には、血に塗れた青年が倒れていた。ひどい傷を追っている。まだ息はあるが、虚空を見つめる眼は、うろと化している。生きる意志が欠落してしまっている。


 少女は確かに、血にまみれた頬を流れる涙を見た。その涙に、青年の奥底にる『生きたい』という意思を、たしかにた。


「助けないの?」


 少女の問い掛けに、リデルは低い声で答える。


「もう、助からん」


 青年の腹は裂けて、臓物が弾けている。


「つまり、『奇跡』が必要ってことね?」


 悪戯っぽく笑うと、少女は青年のそばに身を置いた。


 少女にならば、奇跡が起こすことができた。


 少女の瞳に宿る三日月には、不思議な力があった。月瞳ムーン・アイズを持つ少女は、人々に聖女と呼ばれていた。無邪気に笑うその瞳の奥には、慈愛にも似た優しさが揺らめいている。青年のうろまなこを見詰めながら、少女は静かに問いかける。


「生きたいですか?」


 答えは、返らない。


「どんなに絶望が貴方あなたを埋めようとも、生きて下さい」


 青年は、こたえない。


 かすかな吐息には、たしかな言葉が紡がれていた。


 ――ひかり……光をくれ。


 その言葉は、歌だった。


「光をくれ。命のともしび。その光をくれ」


 青年の歌に、少女のラガが絡みつく。


 ――光をくれ。炎のゆらめき。その光をくれ。


 澄んだ歌声であった。


 ――深。と、震わす空気の中に、温かな光が生まれていた。


「光をくれ。生命のきらめき。その光をくれ」


 コザの住人ならば、誰もが知っている45《フォーティー・ファイブ》のラガをやる少女は美しかった。光に包まれるその姿は、神聖そのものであった。


「光をくれ。新たなる鼓動。その光をくれ」


 身を揺らしながら、立ち上がると音楽リディムは激しくなっていった。


 軽やかな、二小節。


 鮮やかな、二小節。


 華やかな、四小節。


 その頃には、多くの人が集まっていた。


 多くの光が、少女のもとにあつまっていた。


 ――光をくれ。心からの奇跡。その光をくれ。


 皆が、歌っていた。


 皆が、魅せられていた。


 聖女の歌う奇跡ラガが、青年の死にゆく身体を再生している。その有様を、多くの者たちが目撃している。ある者は涙を流し、ある者は感嘆していた。暗く淀んだ雲の切れ間から差し込む光が、絢爛けんらんに少女をたたえていた。


 これは、聖女の物語だ。


 そして、聖女の中に息衝いきづく悪魔の話でもる。

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