第3節【夢のなかで、わたしは悪魔に嫉妬する】

 ――光をくれ。


 毎晩、わたしは夢をみる。


 悪魔の記憶が、夢となってわたしをとらえるんだ。

 悪魔が彼に向かって、歌をうたっている。彼は悪魔の歌声に聞き入っていて、わたしは何故まぜだか彼に想いをせている。



 ――あなたは、誰なの?



 夜毎よごとにみる夢に、わたしは見入っている。


 いつの間にか、わたしは彼に魅入みいっている。

 幾度いくどとなく夢に出てくる彼に、次第に想いが積み重なっていく。それがいつしか、わたしのなかで疑問を生み出している。



 ――あたなは、誰なの?


 悪魔の歌声に魅了されている彼を見ていると、どうしてだか胸が苦しくなってくるんだよ。



 ――ねぇ。あなたは、誰なの?



 どうしてこんなにも、わたしの心を苦しめるの?


 わたしは、恋をしている。

 恋をしているんだ。


 だって。



 ――だってさ。



 好きになったんだもん。

 仕方ないじゃない。

 わたしだって、恋をするんだよ。


 聖女は、恋をしちゃ駄目なの?



 悪魔が恋をしているのに、わたしは恋をしちゃ駄目なの?



 夢のなかで、悪魔と彼が見詰め合っている。笑い合っている。互いに交わす視線が、悪魔の鼓動がわたしと重なる。悪魔はわたしの心が生み出したものだから――だから悪魔は、わたしの一部なのだ。


 悪魔の記憶は、わたしの記憶なのだ。悪魔が感じたものは、わたしの感情なのだ。

 悪魔は、もうひとりのわたしなんだ。


 だけど、心はそれじゃ納得してくれないんだよ。



 悪魔が彼に優しくするたびに、わたしの心は哀しくなるんだ。


 彼が悪魔に笑いかけるほどに、わたしの心は苦しくなるんだ。



 いつだって――それこそ、いつだって。



 わたしは、彼に想い馳せている。


 夢のなかで、わたしは悪魔に嫉妬する。




   ●




「眠れないの?」



 彼が悪魔――ラサに、問いかける。


 その声は、とても優しかった。



「見てください。星が、綺麗ですよ」



 ラサが空を見上げながら、笑っている。


 彼がラサの隣りに座って、同じように星空を見上げる。二人の距離感に、わたしは気が狂いそうになるぐらいの怒りを感じていた。その感情に、自分でも嫌になる。どうしてこんなにも、苦しいんだろう。どうしてわたしじゃなくて、ラサなんだろう。


 わたしも彼に、見つめられたかった。

 わたしも彼に、触れたかった。


 だけど彼は、わたしのことを知らない。



「うん。綺麗だ……」


 ラサの横顔を見つめる彼が、そうつぶやいていた。



「光をくれ。命のともしび。その光をくれ」



 どちらともなく二人は突然、それを歌い出した。

 絡み合う二人のこえが、優しくまじり合って、優しい光にかわっていく。折りかさなり合うように、穏やかに、ゆるやかに、音楽が星空へと吸いこまれていく。



「光をくれ。炎のゆらめき。その光をくれ」


 互いに見つめあって、楽しそうにふたりは歌っている。



「光をくれ。生命のきらめき。その光をくれ」



 どうしようもなく、胸が苦しくなる。


 どうしようもなく、哀しくなるんだよ。


 早く夢から、めればいいのに。

 眠りたくない。

 夢なんか、見たくない。



「光をくれ。新たなる鼓動。その光をくれ」



 目を閉じてしまいたかった。


 耳をふさぎたかった。



「光をくれ。心からの奇跡。その光をくれ」



 だけど、音楽は止まらない。


 わたしには、奇跡なんて起きやしなかった。


 どうしようもなくラサが、うらやましかったんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る