【ラスタの書】第1章
第1節《光の記憶》
――光。光をくれ。
脳裏を何度もリピートするリディムが、光の記憶を蘇らせていた。
六年前の出来事――それは奇跡と呼ばれるものだった――が、俺の心をいまも突き動かしている。当時、二十歳の俺は果てしもなく
兄弟のように共に育った仲間に裏切られて、腹が裂けて致命傷を負っていた。もう、どうでも良い。どうせ死ぬなら、とっとと
少女の言葉は、とても優しさに満ち溢れていた。そう――俺がそれまで、触れた事もないぐらいに――慈愛に
心が揺れた。
死を受け入れた俺の心は、生きたいという意識に揺さぶられていたのだ。
その瞬間、俺の意識の底からラガが浮き上がってきた。
――光をくれ。
誰もが知るそのラガを、少女は歌った。その時、
俺はすっかり、その少女に魅せられていた。
たとえ少女が聖女で
。
少女の為であったら、何だってできた。
少女とその父親――リデルに
リデルから少女の瞳に宿った呪いについて、聞かされた。
三日月の浮かぶ少女の瞳は、
伝承によると、
人々は少女を聖女と
――ふざけんな!
腹の底から、そう思った。心の奥底から、こう想った。
少女を呪われた定めから、救いたい。それが俺にできる唯一の恩返しなのだ。何があろうとも、必ず少女を助ける。
けれども俺は余りにも無力で、ちっぽけな存在だった。
どうしようもない程の衝動が、今もくすぶり続けていたんだ。
明日、少女は二十歳の誕生日を迎えてしまう。けれども少女の行方は、五年前から解らなくなっていた。
●
「光をくれ。炎のゆらめき。その光をくれ」
ハンの澄んだ歌声が、思考の渦から俺を現実に引き戻していた。男達のにぎわう声が、陽気に
大きな火を
皆、気の良いやつらばかりだった。
なかでも副団長のハンは、俺と同じコザの街の生まれであった。
この砂漠に覆われた世界のなかで、コザの住人に
ハンは小柄な男であったが、とても筋肉質であった。身のこなしも軽快で、常に頭にターバンを巻いている。ラガと酒をなによりも愛していて、ほんの少しだけ女にだらしがないのが玉に
「へい、ラスタ!」
ハンがリディムを絶やさずに、呼び掛けてくる。
「しけた
独特なテンポとリディムを
「ぶっ
皆が静かに、ハンに視線を注いでいる。
金管楽器と打楽器の二重奏だけが、ハンの歌声に絡みついている。
早口に――だけど心地の良いリディム。
「だけど、俺は慈悲を与えねぇぜ。やるのはキレてるフローと、キルだけ」
軽快な一小節の後、一拍のあとスローダウンさせるハン。
「スローに放つフロー。俺の奏でるこの音が、ラスタの腹を
沸き起こる歓声。
吹き上がる感性。
自然と心が、舞い上がる。
挑発するように、ハンがこちらを手招きしている。
――舐めてくれるな。
全く。上げてくれるな。
クラッシュを仕掛けてくるハンに、俺は応える為に立ち上がっていた。
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