第6節【旅の始まり】

 朝が来る前に、わたしは教会に戻った。


 何事もなかったかのように、礼拝堂で祈りを捧げる振りをしていると司祭がきた。



「リラ様。巡礼の支度したくが、整いました」



 何処どこ他人事ひとごとのような司祭の言葉に、吐き気がするほどの怒りを感じた。

 自分たちは何もしないのだから、当たり前だ。命を捧げる役目は、わたしなのだ。


 他人事なのが、当たり前なのだ。



 だからこそ、腹が立つんだ。


 聖女としての使命なんて、はっきりいってどうでもいい。世界が滅びようが、関係なかった。

 どのみち死ぬんなら、皆が道連れでも構わない。なんでこんな連中を、救わなければいけないのかが解らない。


 わたしのことを、救ってくれる人間なんてこの世には存在しないのだから、せめて普通の女の子として死にたかった。

 聖女としての生き方は、わたしには向いていない。だから巡礼の旅なんて、本当はしたくない。


 司祭の――ほとんどの人間の――視線が、気に入らない。


 わたしは、聖女なんかじゃない。だけどそれを、誰もゆるしてはくれない。

 入り口の方で、騎士団の一行がわたしを待っている。



「それでは、行って参ります」



 ――何処へ行くというんだ。


 死ぬための旅だなんて、本当に馬鹿げている。




   ●




 灼熱の砂漠。


 照りつける太陽の熱が、わたしの頭を朦朧とさせる。


 吹き出る汗。

 喉が異常に、乾いている。


 ――もう、帰りたい。もう、歩きたくない。


 風に吹かれて、砂が視界を遮っている。砂埃が目に入って、かゆみを与えてくる。身体が異様に、べたついて気持ちが悪い。



 ――もう、嫌だ。どうせ死ぬなら、こんなことしたくない。


 どうして、わたしなんだ。

 どうして、わたしだけなんだ。


 ふざけるな。はらのそこから湧き上がる怒りが、歩くという意志さえも奪ってしまいそうになる。



「リラ様、大丈夫ですか?」

「大丈夫じゃない……」



 自然と出た言葉に、返事は返ってこなかった。

 代わりに水の入った袋を渡された。


 水をあおるように飲んでいると、騎士たちがなんだかざわめいている。



「どうしたの?」


 やっぱり、返事は返ってこない。

 代わりに、一人の青年の叫ぶ声が聞こえた。



「悪魔が、攻めて来たぞッ!」



 見ると遥か前方から、黒っぽい印象の一団が迫っていた。

 どうしてわたしが、こんな目にわなければいけないんだ。


 心の中で嘆息すると、魔力を開放させた。


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