第13話 クリエイターの本懐
「ちょっと。どこ連れていくんだよ」
「さっき言ったろ。俺の仕事はダンジョン制作なんだから、俺の仕事を見せるには連れていくしかねえだろ」
「そうじゃないって。どこまで連れていくつもりだよ!」
「別に新幹線でたった一時間半くらいだよ」
「遠すぎ!? これって誘拐でしょ」
「なかなかいい態度になってきたじゃねえか」
タメ口をききはじめて、言葉も荒くなっている。それでいい。丁寧にやるだけが信頼を勝ち取る方法じゃない。いける相手だと思ったら素直に態度に出していいんだ。
スツーカはいろいろと文句を言っているが、強引に逃げ出そうという様子はない。新幹線の切符を買っている間にどこかに消えたと思ったら、コンビニで飲み物を買ってきていた。
「長時間乗るなら飲み物は必要でしょ?」
「そうだな、助かる」
なんだよ、結構乗り気じゃねえか。新幹線に乗ってからも、スツーカは俺の仕事についてやたらと聞いてきた。
なんでゲーム制作の仕事を始めたのか。
どうして自分に仕事を頼もうと思ったのか。
どうしてわざわざイベントにまで来たのか。
そんなことをひとつひとつ答えていると、すぐに新幹線は予定の駅に着いた。ここからさらにローカル線を乗り継いでいく。ようやく事務所に到着したときにはもう昼も過ぎていた。
「駅弁も買ってくればよかった」
「お前、意外とずぶといな。夜食用のカップ麺ならストックがあるが」
「食べるよ。リアルダンジョンがこんな田舎にあると思わないじゃない」
誰もいない事務所の鍵を開けて、中に入る。今日は日曜日だから誰もいない。俺は結構休日出勤するけど、昌兄は公務員らしく休日には用事がない限り出てこない。急ぎの仕事もないのに事務所に出ようとする俺が間違ってるんだが。
昼食のカップ麺を食べて、ダンジョンのシステムを起動してゴーグルと剣型コントローラを取り出す。スツーカはゲームの裏側が珍しいのか、そわそわとして事務所の中をキョロキョロと見回している。
「ほらよ、やり方わかるか?」
「ボクが住んでるのはこんな田舎じゃないし。何度もやったことあるよ」
「そりゃよかった。モニターが足りてないからついでに感想もくれ」
「うっわ。人使い荒い」
文句を言いながら、スツーカはダンジョンに入っていった。何度もやったことがあると言っていただけのことはある。特に攻略に詰まることもなく進めていき、八フロアを二時間ほどかけてクリアした。勝間に麻耶とクリアできないやつが続いていたからちょっと自分のバランス調整に自信がなくなってきていたところだった。
「結構簡単だった。ボスがかわいらしくてそこはよかったと思う。でもBGMは全然合ってない」
スツーカは事務所に戻って、ゴーグルを外すなり歯に衣着せぬ物言いで感想を言った。
「だろ。だからそこをお前に作ってもらおう、って言ってるんだ」
「古見さんは本当の仕事、って言ってたけど、このダンジョン造りかけじゃない?」
「そうだよ。俺は企画やプログラムはちょっとできるけど、グラフィックや音楽はさっぱりだからな。これからまた少しずつ修正をかけていくんだ」
「それが、本当の仕事なの?」
「俺の理想の最高のダンジョンを造るためには、俺一人の力じゃできない。だから必要なのはすべてを実現する技術じゃない。他の仲間と同じ目標を共有できるように行動することだ」
俺には岩山やスツーカみたいな才能はない。ただ、造りたいものを造りたいと大声を出すことはできる。その俺の理想を才能のあるやつらに見せつけて、その気にさせてやることはできる。
俺の理想が一緒に仕事をするクリエイター全員の理想になれば、最高のダンジョンは間違いなく完成するんだ。自分だけじゃない。自分と仲間で作り上げるのがクリエイターなんだ。
「例えば、それってどうするの?」
「こうやって、BGM担当を連れてきて、ゲームをおもしろくするアイデアを考えさせる、とかな」
「ボクの作曲で、このゲームを、か」
スツーカはブツブツと小声で何かを呟きながら、プレイしたゲームの内容を
「集中してるとこ悪いんだが、そろそろ事務所閉めるぞ」
「え、今何時?」
「定時前の午後四時過ぎだが」
一瞬、スツーカの手が止まる。すぐにスマホをすごい勢いで操作して、何かを調べ始めた。
「今から新幹線乗っても帰るの夜じゃん」
「ここの最寄り駅一時間に一本だから次出るの三十分以上先だぞ」
「この辺にホテルとか、あるわけないか」
駅からこの事務所までは徒歩五分もかからないが、その距離を歩くだけで諦めがつくほどには俺の地元はド田舎だ。ホテルも民泊もあるわけがない。それどころか駅前なのにコンビニの一つもないんだから。
「じゃあ、うち泊まってくか?」
「え、いいの?」
半分冗談だったんだが、スツーカはすぐに食いついた。おいおい、ただでさえ女子小学生と二人暮らしなのに、女子中学生を連れ込んだら本格的に警察が家宅捜索に来るぞ。
とはいえ、一度言ってしまった以上は後には
「ただいまー」
「おにーたん、おかえりー」
いつも通り玄関まで迎えに来た凪沙の足が止まる。知らない人がいる、と警戒心を強めたのか、スツーカの顔をじっと見ている。
「だーれ?」
「お兄ちゃんのお仕事のお友達。今日はお泊りしていくんだ」
止まってしまった凪沙を抱きかかえると、俺のシャツの胸元をぎゅっと握った。いきなり知らない人を泊めるのはさすがに怖がってしまうか。
「子どもいたんだ」
「親戚の子だよ。人見知りするからあんまり気にしないでいい」
俺の肩越しに凪沙はスツーカの顔をまたじっと見つめる。犬が信頼できる人間かを品定めしているようだった。
「ほら凪沙、一緒にご飯作ろうな。スツーカは奥の部屋が空いてるから使ってくれ」
「あのさ、一緒に仕事するならその呼び方やめてよ。契約書には本名書いたでしょ」
「
「おにーたん、このひとがいこくのひとじゃないの?」
「ほら、誤解されてたじゃん。大丈夫だよ、ボクは日本語わかるよ」
それを聞いて凪沙は俺の胸から飛び出すと、司の足元に歩いていって丁寧に頭を下げた。
「なぎさです。よろしくおねがいします」
「ありがとう。司だよ。よろしくね」
司が頭を撫でると、凪沙はくしゃりと顔をほころばせた。二人とも初めて会ったときはどこか影のある雰囲気があった。もしかすると波長が合うのかもしれない。
夕食を終えると、凪沙が珍しくトランプを持ってきた。二人でも遊べるルールもあるからときどきやっていたんだが、最近は飽きたのかやっていなかったのに。
「きょうはつかしゃがいるからやろー」
「そうだな。いつもはやらないババ抜きとかできるな」
「うわぁ、アナログ。でもたまにはいいかな」
三人で小さなちゃぶ台を囲んでカードを配る。司は見事なポーカーフェイスでどれかババかわからないし、凪沙はすぐに顔に出るから、気付かない振りをするのが難しい。それでも楽しく繰り返していると、凪沙が少しうとうととし始めた。
「凪沙、お風呂入ってもう寝ような」
いつもなら九時前には布団に入るのに、もう十時近くになっている。こんな時間まで起きてるなんて、司が来て楽しかったんだろうな。俺も昔、家族で一緒だった日を思い出した気分だった。
「きょうは、つかしゃとはいるー」
「えぇ、ボク?」
ご指名を受けた司が驚いて自分を指差す。凪沙は眠そうな目で何度もうなずいた。
「じゃあ、今日は司に譲るか。背中と頭は洗ってやってくれよ」
俺からもバトンを渡された司はまだ戸惑っていて、俺と凪沙の顔を交互に見ていたが、凪沙に服の裾を引っ張られてようやく観念した。小学生とはいえ、凪沙も俺より女の子と入る方がいいだろう。
先に凪沙を脱衣所に向かわせ、司にタオルを持ってきて渡してやる。
「そういえば連れてきておいてなんだけど、明日は学校大丈夫か?」
「別に。どうせ行ってないし」
「そうか。なら別にいいか」
「そういうところは説教しないの? ちゃんと学校行け、って」
「俺もたまにサボってたからなぁ。行った方がいい経験になる、とは思う」
高校のとき、ちょうどバイクの免許を取った直後だったと思う。理由は忘れたけどおもしろくないことがあって、一晩中海岸線を走って朝に家に帰ったことがあった。お袋に叱られた回数は数えきれないが、大泣きされながら頬をはたかれたのは、あれ一度きりだった。
だから学校に行かせてもらえるんなら、真面目に勉強しようと思ったのだ。
「そっか。まぁ、気が向いたら行ってみようかな。あいつらとは考えが合わないって思ってたけど古見さんの話聞いてたら、合わないことに立ち向かうのもアリかな、って」
司は少し照れくさそうに俺から顔を背けると、タオルを持って脱衣所に向かった。
「でたよー」
しばらくして、凪沙が俺を呼んだ。体を拭いて髪を乾かしてやる時間だ。脱衣所に迎えに行って、体をバスタオルで丁寧に拭いてやる。凪沙に任せると濡れたまま廊下に出てしまうから、俺がちゃんと拭いてから、というのがルールだった。
「ほら、ばんざーい」
「ばんじゃーい」
両腕を挙げさせて脇を拭いていると、急に浴室のドアが開いた。
「そうだ。着替え貸してよ。下着はコンビニで買っておいたんだけど着るものなくて」
司が脱衣所に出てくる。いくらなんでもその歳で無防備すぎるだろ。思わず真正面から一糸まとわぬ司の体を見てしまった。
ふくらみのない胸、腰骨の張ったウエスト、角ばった膝。そして、股間にある俺と同じ
「お前、男だったのかよっ!」
「え、知らなかったの?」
「どう見たって女にしか見えねえよ」
「じゃあボクのこと女だと思って家に連れ込んだんだ! この変態!」
声変わりしていない司の声に罵倒される。凪沙の耳をタオルで塞ぎながら俺は少し
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