第10話 アルファ版と高級メロン
高級メロンちゃん、もとい
「す、すいませーん」
「いや、そんなに緊張しなくてもいいよ。ゲームなんだから気楽にやって」
「あ、はい」
これは、本気で期待できない。クリアなんてもんじゃない。二フロアでゲームオーバーかもしれないな。
「で、では。いってきましゅ」
麻耶を送り出して、俺と昌兄は事務所に戻ってプレイ画面が映っているモニターに目を移した。麻耶のつけたゴーグル越しの映像が見える。
「これは、ダメそうだな」
「マジか。一フロアも持たないとかあるのか?」
剣の振りはあまりにも遅い。反応速度もさっぱり。まっすぐ突進しかしてこないモンスターたちにおもしろいくらいに翻弄されている。敵の処理が追いつかないから囲まれる。さらに焦って攻撃は空振る。見事な悪循環だ。
「ありゃりゃ。ゲームオーバー」
フロアの目標を半分もクリアできないうちに麻耶のライフはなくなっていた。意見どころかまともにプレイできないとはな。
「おつかれさま」
麻耶はゲームオーバーにも気づかずもう倒せなくなった敵に剣を振っていた。事務所からゲームフロアに向かっていき、まだ奮闘している麻耶に声をかけてゴーグルを外してやる。視界から敵が消えてようやく現実に帰って来たらしく、何度もまばたきをしている。ARゲームに慣れていないならこの反応も当然だろう。
「私、死んじゃったんですか?」
「うん。ちょっと難しかったかな?」
「はい。あの、お願いがあるんですけど……もう一回やってもいいですか!?」
意外なお願いに俺は一瞬戸惑ってしまった。つまらない、と帰ってしまうものだと思っていた。
「あ、あぁ。それは構わないよ」
「ありがとうございます! せっかくリアルダンジョンゲームができるんだから。いっぱいやってみたいんです」
そう言って麻耶は俺からもう一度ゴーグルを受け取って装着した。ゲームをリセットしてあげると、また慣れない様子で剣を振っている。俺は必死に剣を振る麻耶の横に立って奮闘する姿を眺める。
うん、すごい揺れだ。震度五強ってとこか。
そうじゃなくて。ゲーム嫌いを集めたものだと思っていたから、この反応は予想外だった。ゲームが好きでゲームが下手。ある意味今まで潜在的な顧客として見ていなかった層だ。この子の意見をうまく取り入れられたら、いい影響になりそうだ。
「問題はこの子が意見を出せるほどプレイできるかってことだな」
俺が言っている間にも麻耶はまた一フロア目でライフが尽きかけている。これは意見をもらうのは難しそうだ。
その後も何度か挑戦していたが、結局一フロアをクリアすることなく、五時が来てしまった。凪沙が待ってるからもう事務所を閉めないといけない。奮闘する麻耶に声をかけて営業終了を伝える。
「麻耶、もう事務所閉めるんだけど」
麻耶は振り返ってゴーグル越しに俺の顔を見つめた。動き回ったせいか上気した顔は赤く、汗が流れている。どこかぼんやりとして聞こえてきた俺の声を何度も吟味しているようだった。
「え? あ、ごめんなさい。お兄ちゃんとお父さん以外の男の人に名前で呼ばれることなんてないので」
そう言われてヤバい、と思った。凪沙とずっと一緒に過ごしているせいか子どもの扱い方がよくわからなくなってきている。小学生ならともかく高校生は嫌がるに決まっている。
「ごめん、親戚の女の子と同じ感じで話しちゃって」
「いえ。その、なんだかちょっと嬉しかったです。古見さんって、ちょっとお兄ちゃんに似ているところがあるので。それよりもう時間ですか。結局全然クリアできませんでした」
「いや、これだけ熱中してくれたら造ってる身としては嬉しいよ」
「私、ゲーム好きなんですけどプレイするのは下手で。いつもお兄ちゃんがやってるのを後ろで見てるだけなんです。でも今回テストプレイに呼んでもらえて。たくさんテストすればうまくなれると思ったんですけど」
麻耶は肩を落としてゴーグルと剣を返してくれる。俺ももっとゲームが上手いプレイヤーを見て、自分はゲームなんてできないと思った時期があった。自分なりにゴールを設定してプレイしていれば楽しめるんだが、一フロアすらクリアできないとなるとそれすら簡単じゃない。
「ご期待に沿えずすみません」
麻耶はそう言って会ったときと同じように深々と頭を下げる。このまま帰してしまうのはあまりにも惜しい気がした。この子の意見が俺の最高のダンジョンをさらに良くしてくれる起爆剤になるかもしれない。
「もしよかったらなんだけど、これからもたまに遊びに来ない?」
「え、いいんですか?」
「あぁ、まだ開店まで時間があるから。学校が早く終わった日なんかに好きに来てくれればいい」
「は、はい。よろしくお願いします」
ぺこぺこと何度も頭を下げる。ちょっとかわいそうになって言ってはみたが、あんまり期待できないかもなぁ。
夕方五時には閉まることを伝えて、麻耶を送り出した。急いで帰らないと凪沙が寂しがってしまう。
「やったな、祐雅。ついにこのむさい事務所に巨乳現役女子高生が」
「生々しい言い方すんな。本人が好きに遊びにくるだけだぞ」
「お前は五時に帰るけどさ。俺はあの子のためなら残業するぞ」
「通報するぞ」
「まだ何もやってないだろ! 俺は無実だ!」
まだってなんだよ、まだって。極力早めの時間に来てもらうしかないな。俺は誰が来ようが凪沙一筋だからな。定時上がりの約束は守らなきゃならない。その約束も厳密には今日は守れていないんだが、代わりにスイーツでも買って帰ろうか。
翌日は、モニターにもらったアンケートの精査から入った。すでにいくつか確認していたからわかっていたとはいえ、毒にも薬にもならない短い言葉が並んでいる。
「麻耶ちゃんのご意見はー?」
「昌兄、マジでロリコンとかじゃないよな?」
「違うわ! ってかそれ言ったら凪沙ちゃん大好きなお前の方がヤバいことになるだろ」
「俺は保護者として凪沙を大切にしてるだけだから」
そんな無駄話をしないといけないくらいにはアンケートの内容は悲惨だった。最後の希望、麻耶の回答は。とメールを開こうとしたところで誰かが急に事務所に入ってきた。
「不用心ですねぇ。警備や受付を雇う費用がないならぁ、せめて鍵くらいかけてはぁ?」
「あ、ハシビロコウ」
「何か言いましたかぁ?」
おっとマズい。何も言ってない、と言うかわりに手を振って否定した。いつもののんびりした様子でこっちの話はよく聞いてなかったらしい。
「何しに来たんだよ?」
昌兄がつっかかる。こういうときの威嚇の仕方は堂に入っている。小さいチームとはいえ、だてに暴走族のトップやってたわけじゃない。
「まぁまぁ、そんなに警戒しなくてもぉ。せっかくですからぁ、私もモニターやってみたいと思いましてぇ」
その昌兄の威嚇もへらへらと受け流して勝間は何かを寄こせ、というように手を差し出してきた。
「なんだよ?」
「ゴーグルとコントローラをくださいぃ。ないとプレイできないじゃないですかぁ」
「お前、結構厚かましいな」
このくらいの強引さがないと、のんびりした性格で役所で生き残れないのかもしれないな。まぁいいか。会議での話を聞く感じだとこいつのゲームへの興味はかなり高い。今は一つでも多く情報が欲しいところだ。
「ほら、好きにやっていいけど、ちゃんとアンケートには答えろよ」
「もちろんです。たっぷりと楽しませてもらいますよ。今日は有給をとってきたんですから」
ゴーグルをつけると、勝間は人が変わったように不敵な笑みを浮かべ、ダンジョンの中へと入っていった。
そして、十五分後。
「無理です。もう無理ぃ。腕が上がりませんよぉ」
「ウレタンの剣を数十回振っただけでなんでそこまで疲れられるんだ」
「やっぱりリアルダンジョンゲームなんて邪道ですよぉ。マウスとキーボードならこんなゲーム片手でもクリアできるのにぃ」
事務所のソファに座り込んで、肩で大きく息をしている。なんだか不憫になってお茶を出してやると、勝間は無言で受け取って一気に飲み干した。マラソン大会にでも出てきたのかってくらいの雰囲気だ。
「ゲーム好きだとは思ってたが、テレビゲームの方だったのか」
「そうですよ。ゲームといえば筐体やハードを使ってレバーやボタン、マウスとキーボードでやるものです。リアルで体を動かそうなんて邪道ですよ」
「昔はそれが普通だったみたいだけどな。今は体感系が主流だからな」
俺は子どもの頃にテレビゲームを買ってもらえなかったから、ゲームと言えば大学でハマったリアルダンジョンだった。勝間くらいの歳ならゲームと言えばテレビゲームなんだろう。体力がないのは趣味とは関係ないと思うけど。
「それなら、デバック用のやつやるか?」
「なんですかぁ、それはぁ?」
「デバックをいちいち実際にプレイしてたらお前じゃなくても体力が持たなくなるからな。一人称視点のテレビゲームに落とし込んでデバックするんだよ」
「それがあるなら早く言ってくださいよ。マウスとキーボードならこんなゲーム簡単にクリアしてみせますよ!」
おー、元気になった。役所のやつらは俺たちを目の敵にしてるように思っていたが、ここまでゲーム好きだとこいつは憎めない。勝間は俺からノートパソコンを受け取るとにやけた笑いを浮かべた後、急に真剣な顔をした。
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