第9話 テストプレイヤーはゲーム下手

「うるさいですね。せっかく私が素晴らしい出会いを楽しんでいるというのに。あまり野太い声で叫ばないでもらえますか。一度しかないこの素晴らしい出会いが汚されてしまう」


 その声に会議室にいた全員がピタリと止まった。今、こいつなんて言った?


「はぁ、まったく素晴らしいです。これは本当にARなんですか? まるで目の前に天使が舞い降りたようだ。こんな景色を生きている間に見られるとは思いませんでしたよ。相当な技術を持ったグラフィッカーさんとお見受けしますが、そんな人に頼めるほどのパイプがあったんですか?」


 こいつゲームのことになるとすげえ早口になるよな。


「本当に映ってるのか? 嘘じゃないだろうな」


「今モニターに出します」


 プレゼン用にスライドが映っているモニターを俺のパソコンの画面に切り替える。勝間がゴーグル越しに見ている映像だ。何の変哲もない長机とパイプ椅子が並んだ殺風景な会議室の中央に黒髪の美少女が微笑んで立っている。


 注文通りの半袖ロングスカートの白いワンピース。栗色の瞳が微笑むたびに優しく細くなる姿が愛おしい。くるりとその場で一回転すると、スカートが遠心力でふわりとなびくところも完璧に再現されている。長い黒髪はどれだけ繊細に分割したんだというほど細くリアルに揺れていた。


「これは、本当にキャラクターなのか?」


 落合は呆然としてモニターの中の凪沙と誰もいない現実の会議室を見比べている。どうりであんなにファイルが重いはずだ。岩山のやつ、どんだけ細かいモデリングをしたんだ。


「と、とにかくできているならそれでいい。次の定例は一ヶ月後。その頃にはほとんどできていると思っていいんだな」


 落合は驚いていた顔をさっと直すとそれだけ言って会議室を出ようとした。


「あ、待ってください」


「なんだ?」


「実は協力していただきたいことがありまして、モニターを探してほしいんですよ」


 モニター、と言っても今凪沙が映っているモニターじゃない。オープン前の試作段階をプレイして感想を言ってくれるベータ版のプレイヤーだ。東京ならちょっと声をかければすぐに集まるが、田舎じゃそうはいかない。


 それに今回は米作りの学習がコンセプトだから対象年齢も普通のダンジョンよりも低くなる。そのためには市役所の力を使って、学校経由で中高生を集めるのが一番効率がいい。ベータ版というよりまだアルファ版だが、早いうちから外部の意見をもらっておいて損はない。


「二、三十人くらいいてくれると助かるんですけど」


「ふん。付近の中学高校巡りか。骨が折れるな。いいだろう」


 そう言い残して、落合は会議室を出ていった。少しだけ口元が笑っていたのが気になるが、昌兄にはまだスタッフ探しをしてもらわなきゃならないからな。


「いいのか? ちゃんと集めてくるんだろうな?」


「大丈夫。私がときどき進捗を聞くことにするよ」


「それなら安心っすね」


 おじさんが見ていてくれるなら少なくとも約束を反故ほごにはできないはずだ。少しでも完成度を上げて、いい意見がもらえるようにしておかないとな。


「岩山、やりやがったな」


『当然だ。今回は、完璧に仕上げた』


 落合たちを見送って、俺はすぐに岩山に電話をかけた。心なしか声に張りがあるように思える。仕事をやり切った職人の声だった。


『次の仕事に、とりかかる。ボスくらいは、描いてやっても、いい。残りは仕様書書くから、グラフィッカーを、用意してくれ』


 岩山は言いたいことを言うと向こうから電話を切った。もう少しお礼を言いたかったが、それを気にするやつじゃない。次も満足いくような仕事を任せてやれば喜ぶ生粋のクリエイターなのだ。


 キャラクターでド肝を抜いたし、次の準備も押しつけた。今日の会議も快勝だった、と俺たちは拳を突き上げて勝利を祝って会議室を後にした。




 落合からモニターの準備ができた、と連絡が入ったのは一週間後のことだった。なんて仕事が早い。早い分には助かるんだが、今までの態度を考えるとそれが逆に怪しかった。しかもあの落合が俺たちの事務所にまでやってきたんだから余計に怪しい。


「名前と通っている学校のリストだ。個人情報だから厳密に管理しろ」


「わざわざありがとうございます。ここまで丁寧にしていただけてありがとうございます」


 テンプレの返事を返してリストを受け取った。ぴったり三十人。近くの中学高校だけじゃなくターミナル駅で乗り換える必要がある高校まである。わざわざこんな広い範囲から探さなくてもゲームがタダでできると言えばすぐに見つかるだろうに。


「次の土日の朝十時から午後四時までに来るように手配している。学生証を持っていくように言っているから対応してくれ」


 言うだけ言ってさっさと帰ってしまった。打ち合わせもしていないのに、きちんと調整まで終わっている。ハゲてても役所の人間だな。調整関係はお手の物ってわけだ。


「それじゃアンケート用紙を用意しておかないとな」


「昌兄はどう思う?」


「あの態度か? 少なくとも改心したって感じはしないな」


「だよなぁ」


 まぁ元々俺たちの邪魔しかしてきていないんだ。また何か企んでいたとしても気にしていられない。目の前にある作業をこなさない限り、二ヶ月後には出ていかなくちゃならないことには変わりがない。


 アルファテストの日は仕事に追われているとあっという間にやってきた。朝から一気に集まってくるかと思っていたが、実際は全然やってこなかった。昼過ぎにようやく一人目が来たかと思ったら、一フロアで簡単にゲームオーバーになってアンケート送信フォームURLが書かれたチラシを持って帰っていた。それからも一時間に二、三人ほどやってきては一、二フロアで終わって帰っていく。


 結局土曜日一日で十八人が来たが、クリア者どころか最高五フロアまでしか到達しなかった。


「どういうことだ?」


「どいつもこいつもすぐやられてるけど、難しすぎたんじゃねえか?」


「そんなわけねえ。俺だって素人じゃねえんだ。細かいバランスならまだしも難易度設定でミスるなんて」


 個人差はあるにしてもだいたいの年齢層で難易度は大まかに決まってくる。中高生どころか今回は小学生の高学年までプレイヤーとして見ているんだ。普通の高校生ならクリアなんて楽勝のはずだ。


「アンケートの方もひどい結果だ」


「難しかったって? なんだこれ、おもしろかった、とかイマイチだった、とか一言だけの回答ばっかりだな」


「なるほどな。どうりで落合のハゲがはりきって準備するはずだ」


 俺は落合が持ってきたモニター対象者リストを机に置いた。名前と学校名。それだけじゃ俺たちが欲しい情報は手に入らない。


「このリストはゲームが嫌いな中高生を集めたもんだったんだ。ゲームだってそれなりにやってなきゃクリアはできない。特にリアルダンジョンは体も使うし反応速度も求められる。やったことがなきゃ適当に剣を振り回しても当たらないさ」


 感想がやけに淡白なのもこれで説明できる。そもそもゲームに興味がないんじゃろくな感想なんて出てこない。落合のコネを使って嫌がる生徒を集めてきたんだ。


「どうすんだ? モニターが実質いないってことじゃねえか」


「まだ半分くらいは残ってる。それにゲームが下手なプレイヤーの意見は得意なプレイヤーより参考になる場合がある。単純に悪いってわけじゃない」


「明日次第ってことか。ベータ版のときはこっちでモニターを探せるようにしないとな」


 とはいえ、その下手なプレイヤーも意見を出してくれないことには役に立たない。おもしろかったなんてそんなもんはモニターとしての意見にはならないんだ。


「お袋がいたら、田舎のネットワークで探してもらうんだけどな」


「俺も独り身だからなぁ。一応知り合いに当たってみるか」


 こっちは制作作業がまだ残ってるっていうのに。落合のやつ。本当に俺たちを潰したいらしいな。


 翌日も、大きな変化はなかった。カラクリがわかるとプレイを見ていても動きのぎこちなさが目立って見える。一、二フロアでやられるというより、飽きたという印象でゲームを投げているやつもいる。


 三人、いやせめて二人分でも意見があれば問題点を探すきっかけになるかもしれないんだが。


 そうして日曜日は過ぎていき、終了予定時間の四時が近づいてきた。


「あと一人か。女の子だけどやりたくなかったんだろうな」


「しかたないさ。今ある中で少しでもヒントを見つけるだけさ」


 少し早いが入り口を閉めてしまおうか。そう思って外に出ると、自転車がこっちに向かってすごい勢いで走ってきた。


「わわわーっ!」


 高いブレーキ音が響く。なんとか前かごを手で押さえて直撃だけは防いだ。


「す、すみません。急いでて。あ、もしかしてゲームのモニターって終わっちゃいましたか?」


「いや、まだやってるが」


 背の低い女の子だった。凪沙ほどってことはないが、小学生にも見える。確か残っていた一人は高校生だったはずだが。代わりに妹が来たんだろうか。


 顔を上げる。勉強が好きそうな大きな丸メガネ。肩にかかるセミロングの黒髪。図書館で静かに本を読んでいるのが似合いそうな文学少女って感じだ。やはりとてもゲーム好きには見えない。そしてなにより。


「でか」


 思わず声に出してしまった。幸い聞こえていなかったみたいで不思議そうに女の子は首をかしげている。小学生のはずがない。中学生でもない。ゆったりとしたデザインの厚手のブラウスの上からサマーカーディガンを羽織っていてもわかる高級メロンが二つ。こいつはヘヴィだぜ。


「とにかく、まだやってるから入って」


「あ、ありがとうございます」


 あの胸で剣なんて振れるんだろうか。腕を振るたびに揺れる姿を想像してしまって、俺は妄想を振り払うように頭を振った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る