第11話 見つかった問題点
「古見さんはゲームを作るのが辛くないんですか?」
「いや、全然。なんでそう思うんだ?」
「こうして必死に作ってもプレイヤーは無責任に勝手なことを言います。だったらいっそ自分も無責任に批判する側に行きたいと思いはしませんか?」
俺にとってはゲームを作ることが楽しむための前提条件だった。友達も少なく、遊び道具もたくさんあったわけじゃない。だから自分で作った。
何もないところからありもののおもちゃにキャラ付けをして、ルールを決めて、自分でも結末がわからないようにバランスをとる。そうすることでようやく遊びのステップに入れるのだ。
「俺にとっては作るのも含めてゲームだから」
「そうですか。楽しいというのなら私は何も言いませんが」
「何を言うもなにも、お前に何と言われようとも諦める気なんてないがな。って、お前が話しだしたんだから聞いてろよ!」
いつの間にか勝間はゲームを始めている。俺の話なんてまったく聞いてない。ただ、その手の動きに迷いはなかった。さっき一フロアで脱落した人間と同一人物には思えないほどだった。マウスとキーボードを巧みに操ってモンスターを蹴散らしていく。ここまでテレビゲームが得意なら子ども向けに作った内容なら退屈なレベルかもしれないな。
もう話しかけても何も言わなくなった勝間を置いて仕事に戻っていると、二時間ほどして、勝間がヘッドホンを外してふぅ、と息を吐いた。
「思っていたよりは手ごたえがありましたね。最終フロアは敵の数が多い代わりにダメージが低い感じですか。体力勝負になりますね」
「子どもは元気だからな」
ここまで来る頃には剣を振るのにも慣れてきて、元気が有り余っているだろうからな。しかし勝間もよく見ている。最初の会議のときといいゲーマーらしく目のつけどころがいい。
「シナリオはこれからのようですが、コンセプトを考えればそれほど重要ではないでしょう。しかし、やはり気になるのは」
「気になるのは?」
「BGMですね。米作りというテーマにしては少しファンタジックすぎるのでは」
「あぁ、確かにそうかもな」
BGMは元々使っていた著作権買い切りの準フリー音源を使っている。前のダンジョンで使われていたものがあったのでそいつを利用させてもらった。
「麻耶ちゃんのアンケートにも同じこと書いてあったぞ」
「ほう、その子はモニターの?」
「あぁ。ゲーム苦手みたいだけど、兄貴のプレイをよく見てるって言ってたしやっぱり気になるってことだよな」
BGMか。グラフィックやストーリーと並んでゲームを構成する重要な要素だ。他のことに気をとられて見逃していた。そうだな、聞きなおしてみると、ボス戦やエンドロールあたりはそれほど違和感がないが、プロローグや一フロアはもっと田舎っぽさや和風テイストの曲の方が似合いそうだ。
「昌兄、作曲家の知り合いは」
「いるわけねえだろ」
「だよなぁ。前の会社でもサウンド関係はあんまり顔が広くなくてな」
「せっかく優秀なモニターがいるんですから聞いてみてはいかがですか? 若い人の感性は歳をとるとどうしても理解が難しくなりますからね」
勝間はいつの間にかメンバーの一員みたいな顔をして意見を出している。言っていることはもっともなんだけど、なんかムカつくな。
「麻耶にメールでも送ってみようか。あと凪沙にも聞いてみる」
なんだか勝間の相手をしていて、妙に疲れた気がする。冷蔵庫からペットボトル入りの麦茶を出してくると、勝間は無言で自分の手元にあったコップを俺の前に突き出した。しかたなく注いでやると一気に飲み干した。
「ではぁ、おつかれさまでしたぁ」
満足したらしい勝間はいつもののんびりとした調子に戻ると、まだ疲れの残っているらしい脚でふらつきながら帰っていった。
「ホントに厚かましいやつだったな」
「ハゲみたいに目の敵にされるよりは何倍もマシさ」
昌兄も勝間の相手をしていて疲れたらしく、答える声も重い。完成に向けてあとは突っ走るだけだと思っていたのに、見えていなかった問題でつまづいてしまった。
でも見えた以上は、見ない振りはできない。俺はここを俺の考える最高のダンジョンにすると決めているんだから。
土日も出勤していたこともあって、今日は早くに上がってしまおう、と事務所を閉めた。いつもより一時間早ければ、凪沙と話す時間もとれるし、ちょっと手の込んだ料理だってできる。
東京にいた頃は、働くことしか考えていなかったのに、今は思いつくことの中心はほとんど凪沙になっていた。
夏が近づいて日の長くなった夕暮れの中を俺の自転車が一直線に横切っていく。
「ただいま」
「おにーたん、きょうはかえってくるのはやーい」
サプライズな帰宅に機嫌をよくした凪沙が、いつもより大きな音を立てて廊下を走ってきた。
「早く帰ってきたから、今日は唐揚げ作るぞ!」
「わーい」
材料はばっちり買ってきた。総菜嫌いな凪沙にもたまには子どもが好きな料理を食べさせてあげたい。そうすれば学校の友達とも共通の話題になるだろう。
材料を切りながら、俺は今日のBGMのことを聞いてみることにした。
「凪沙、好きな歌手とか歌とかあるか?」
「んー。げっだんっていううたでしょ。あとはぎじゃぎじゃはーととざっくばらんのと」
ずいぶんと渋いラインナップが並ぶ。ただその曲に俺はすぐに思い当たるところがあった。全部お袋が好きでよく聞いていた曲ばかりだ。俺がここを離れた後も変わらず料理や洗濯のときに音楽を流していたんだろう。俺は凪沙との共通点が見つかって少し嬉しくなる。ただ今知りたかった情報とは違うんだよな。
「凪沙の趣味は渋いな」
「しぶい? おいしくない?」
「そういう渋いじゃないよ」
残念だけど、凪沙の方は期待できないな。おとなしく麻耶の回答を待つしかないか。
唐揚げを作るのは久しぶりだったが、しっかりとおいしくできた。一晩漬けた方が味が染み込んでいいんだが、薄味の方が凪沙の好みに合う。子どもの頃は特に味付けの薄いものを食べた方が味覚が鋭敏になる、ってお袋も言っていたしな。
夕飯を終えて、一緒にテレビを見て、お風呂から出たら髪にドライヤーをかけて乾
かしてやる。宿題のわからないところを教えてあげると、もう凪沙は寝る時間だ。
「おやすみ」
「おやすみなさーい」
暑くなってきて布団から出てしまわないように大きなタオルケットをお腹に巻いてやる。
俺の父親仕事もずいぶん板についてきた。お袋が四国に行って、凪沙と二人になってしまったときは本当にうまくいくのか、と思っていたのに、やれば意外とできるもんだ。仕事も残業ばかりになると思っていたが、定時に帰ると決めたら、効率や人に頼ることを覚えて仕事を回すようになった。
なせばなる、っていうのは案外本当のことなのかもしれない。その言葉を信じて、俺はダンジョンを造り続けるしかない。
自分の部屋に戻って、仕事用のメールボックスを開くと、連絡事項の回覧に混じって、麻耶からのメールが入っていた。
「返信早いな。まさか個人アドレスを教えてくれるとはな」
ときどき遊びに来てもいい、と話したら、来る前には連絡します、と丁寧に連絡先をくれた。見た目通りの真面目さだが、素直過ぎて少し心配になる。あの外見だといろんな人間の興味を引きそうだし。
「で、メールは。ネット作曲家のスツーカ、か。ずいぶんと物騒な名前をつけるな」
最近は優秀なAIボーカルソフトが安く買えるようになって、ネット上で自分の書いた曲をボーカルソフトに歌わせて動画投稿サイトに発表する人間が増えている。ここからプロデビューすることもあるらしい。このスツーカというのもそのうちの一人なんだろう。
メールには動画投稿サイトへのリンクが貼られている。さっそく聞いてみる。
「確かにいい曲だ」
数ある中から彼女なりにいい作曲家を選んでくれたんだろう。和風テイストのアレンジが加わった曲はどれも想像力をかきたてる。自分のダンジョンにこの曲が流れていることを想像する。うん、いい感じだ。
「あとはこっちの話を聞いてくれるか、ってとこなんだけど」
サイトから個人ホームページへ移り、そこにあった問い合わせフォームに連絡を入れてみる。レコード会社じゃないから無視されるかもしれないな。
せめて興味を示してくれたら、そんなデジタルでは表せない思いを乗せて、俺は送信ボタンを押してブラウザを閉じた。
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