第18話 宿敵再来

 企画書は本当に具体性のない出来で進んでいった。

 リピーターを意識したリニューアルを目指す、という大目標自体は決まっているが、それに向けた小目標が何も上がっていない。苦し紛れによくあるユーザー登録制でも書いてみようかと思ったが、やりもしない嘘をつくのもどうかと思ってやめた。


「あー、いっそ嘘だけ書いて後でひっくり返すか?」


「そうするとハゲが調子に乗るに決まってる。嘘は面倒なことになりそうだ」


 今のダンジョンでプレイに幅が出る要素といえば、ドロップアイテムの多さだ。手に入るアイテムの種類と効果を複数種類に分けたことによって、手に入れたアイテムごとに戦略が変わってくる。


 防御力アップを多く引けばダメージ減少に任せたゴリ押しができるし、飛び道具の殺虫ガンが手に入ると、種類の多い虫タイプの敵は遠距離から安全に倒せる。


 リアルダンジョンゲームはプレイヤーのテクニックや体力によって難易度は変わる。ただ、元になっているローグライクゲームのようにランダムでドロップするアイテムをどう活用するかは大きくゲームに関わってくるところだ。


「アイテムの効果をもっと差別化してみるとか?」


「そうすると本当に運ゲーになっちまわないか?」


「落ちたら楽勝、落ちなきゃ地獄。そうならないように調整ってのは簡単じゃないな」


 時間をかけて調整すればなんとかなるかもしれないが、なんてったってこっちは前より短い二ヶ月でリニューアルするって言ってるんだ。それにリニューアルのための休館をすればそれだけ売上は下がる。極力休館せずにパソコンの中で調整をするしかない。


「とりあえずそれで行こうぜ。どうせ見ないんだから本当のこと書いちまえ」


「おっしゃ、後はもう本番の口から出まかせでごまかすぞ!」


 適当にそれっぽい言葉を打ち込んで、後は今までの売上曲線を入れて、少なくとも文量が足りないなんてことはないように作っておいた。




 役所の中、いつもの狭い会議室に向かう。その途中で役所側のメンバーを廊下で見かけた。相手もいつもの三人、のはずが、いつもより一人多い。こんな田舎じゃまず見ない高級ブランドのスーツ。社会人とはとても思えない金色の髪。その後ろ姿を見ただけで、俺にはそいつが誰かわかってしまった。


「なんでお前がここにいるんだよ!」


 スーツの肩を乱暴につかむ。そいつは薄笑いを浮かべながらゆっくりと振り返った。


「あいかわらずだな、祐雅」


「浩一、もう一度聞く。なんでお前がここにいるんだ」


「仕事以外でこんな田舎に来る用事があるのか? 君じゃあるまいし。コンサルだ。君のダンジョン運営について落合氏は疑問があるようだ。だから私がアドバイザーになったわけだ」


 そんな嘘が通るか。東京の繁華街で大流行のリアルダンジョンゲームのプロデューサーなんて、全国のゲームクリエイターが憧れるポジションだ。それを捨てて、こんなド田舎に来る理由がない。俺みたいにキレて地元に逃げ帰るのとはワケが違う。


「ジョークのセンスは全然成長してないな」


「ふん。そういう君は以前にも増して生意気になったらしい。いいだろう、はっきり言おうじゃないか。戻ってこい、祐雅」


 浩一は俺の顔を射抜くように見た。切れ長の目が俺の首を切り落とそうと言うほどに光っている。


「寝言でも言ってんのか?」


「冗談じゃない。どうにも君の代わりが見つからないんでね。あのダンジョンを運営していくには君の力が必要と判断した。ここの運営はうちの会社から人を出す。君には戻ってきてもらう」


「勝手に決めてんじゃねえよ。俺が戻るなんて思ってんのか?」


「今回はこちらから誘うんだ。給与も待遇もそれ相応のものを用意する。悪い話じゃないだろう」


 差し出された浩一の手を思い切り払いのけてやる。こいつは何もわかってない。ゲームを作るってことがどういうことか。そこに俺がどれほどの想いをかけているか。


「俺のダンジョンはもう既にある。あそこが、俺の最高のダンジョンだ」


「こんなド田舎に造ったダンジョンがか? 私には理解できない」


 本当に浩一は理解できないらしく、その声には嘘の色は混じっていなかった。親の七光りで会社に入り、金儲けのやり方は知っていてもゲームの楽しみ方は知らない。そんなやつがゲーム制作のプロデューサーなんてある意味悲しいことだ。


 会議室はいつもと変わらないのに、浩一がいるだけで妙な違和感があった。昔会社にいた頃を思い出しているからか。それとも落合がやたらと浩一のご機嫌取りのためにゴマを擦っている姿がウザかったからかはわからない。

 とにかく俺は当初の予定通り、黒字化を目指したリニューアル案を説明した。


「――というわけで、当初のダンジョン制作において要件に入っていなかった要素である売上の向上のためにはリニューアル要素が必要と考えます」


「売上を出すつもりもなくゲームを作ったとでも言うのか、おかしな話だ」


「いただいた依頼は教育目的のゲーム制作です。売上目標については進捗会議で議題に上がったことはありませんでしたね」


 嫌味を言った落合の言葉をおじさんが諫める。説明の内容に具体的な内容は少しも入っていないが、少なくともここは乗り切れるはずだ。今はとにかく考える時間が欲しかった。


 黙って俺の話を聞いていた浩一は、落合が黙ったところでようやく口を開いた。


「コンセプトが違ったから造りなおすとは、あまりにもかかるコストが高すぎると思わないか? 売上はゲームの内容が作るんじゃない。売り方で作るんだ。私のマーケティング案について説明しよう」


 浩一は俺の隣に持ってきたノートパソコンを置くと、モニターに繋がるケーブルを差し込んだ。モニターには俺が何度も見た売上向上計画のテンプレートの説明資料が映し出される。


「売上向上に必要なものは、なによりも広告、そして客単価の向上です」


 市街地への看板、SNS広告と投稿推奨キャンペーン、そして限定イベント、ゲーム難易度の上昇と難易度調整のためのお助けアイテムサービスの実装。


 どれもこれもよくある戦略だ。売上っていうのは難しいことをすっ飛ばすと、客の数を増やすか客一人当たりの売上を上げるかってことになる。だが、今回に限ってはそれはどちらも間違っている。


「無理だな」


「何か指摘することがあるか、祐雅。私の会社はこうやって利益を上げてきている」


「それは店舗施設がすべて繁華街に置かれているからだ。ここは東京じゃない。人口は一万人ちょっと。高齢者率も高い。市街地に近いところに住んでいる人間がわざわざやってくる理由もない。お前の広告戦略のターゲットがここにはいないんだよ」


 その程度のことでダンジョンが黒字化できるなら、俺の悩みは自分のプライドを捨てるかだけで済んだ。それほど田舎でアミューズメント施設を成り立たせるのは難しいんだ。


 浩一は俺の反論を聞きながら、眉をひそめて、自分のパソコンを見つめている。どうせその資料も誰かに作ってもらったものだろう。だから内容も完全には理解できていないし、俺の反論に対する答えもわからない。


「気が変わった。君の造ったダンジョンはこちらで運営を引き継ぐという話だったが、私のやり方では無意味だと言ったな。ならばやる必要もない。利益が上がらないなら潰してしまえばいい」


 窮地に瀕した子どもがすべてをひっくり返すように浩一は言い放った。嘘や冗談という顔をしてはいなかった。そもそもクライアントのいる会議でそんな冗談を飛ばせるほどのタマじゃない。


「楢原さん、お話が少し違うのではないですか?」


 焦ったように落合が立ち上がる。浩一はまだふてくされたように渋い顔をしながら、俺を睨みつけている。


「ダンジョンでなくとも売上が上がればよいのでしょう。どうせならブドウ農園にしてブランド化を目指した方がよいのでは。そういった方向性でのサポートは可能です」


「それはいいですね。ダンジョンよりも町の雰囲気に合っている」


 そういやこいつの家はワイン好きが高じてブドウ農園を経営している。毎年時期になると抜けきらないワインの匂いをまとわせて出社してくるのだ。徹夜明けの疲れ切ったところにアルコールの匂いを撒かれたせいで吐きそうになったことは一度や二度じゃない。嫌なことを思い出した気がする。


 ブドウでもマスカットでも、俺のダンジョンと関わり合いのないところで作るなら好きにしてくれて構わないんだが。


「条件は十二月時点での四半期決算が黒字になっていることだったはずだ。俺たちは浩一の力を借りなくても黒字にしてやる。二ヶ月後にリニューアルだ。そこまでは俺たちに任せてもらう」


「好きにしろ。私の話を聞かなかったことを後悔すればいい」


 会議も終わっていないのに、浩一は自分のパソコンを抱えて会議室から出ていった。落合は結構焦っているようで、必死に企画部長のご機嫌をとって言い訳を並べている。なんとか納得させたところで俺に向かって舌打ちしやがった。


「一通りの話はぁ、終わりましたしぃ、今日はこんなもので終わりましょうかぁ」


 ようやく今日初めて口を開いた勝間の一言で、この日の会議はお開きになった。なんとか三ヶ月後まで時間はもらえたようだ。その代償として、失敗すれば俺が造り上げたダンジョンはたった半年足らずで消えることになる。


 負けられない。なんとしてでもこの三ヶ月だけでも黒字化させる完全なリニューアルプランを思いつかなければならない。頭の中にある経験を総動員していると、昌兄が俺の肩を叩いた。


「無駄に熱を入れるな。勢いや情熱は必要だけど、冷静さがあって初めて役に立つんだ。今のお前じゃいいアイデアなんて出てこねえよ」


「でも!」


 肩に置かれた手を払いのけて振り返る。昌兄は気楽に笑っているかと思っていた。その顔はいつになく真剣だった。プライドをかけてタイマン張る。そんなときの顔だった。


「俺はお前みたいにゲームのことはわからねえ。だからこんなことしか言えねえ。こんなことしか言えねえから、聞いといてくれよ」


「あぁ、わかった」


 浩一に任せるつもりもなかったが、潰させるつもりもない。俺は自分の頬を叩いて、冷静になれ、とせめて自分に念じ続けた。

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