第2話 うまい話には裏がある
実家に戻って、母との再会もそこそこにすぐにおじさんに会いにいった。お袋から盆にも年末にも帰ってこないくせに、と小言を言われたが、そんなことは今はどうでもいい。これから俺の夢を叶えるかもしれない場所を見に行くんだ。
「おぉ、よく来たな」
「久しぶり。おじさんも老けたな」
「ふん。まだまだ現役よ。祐ちゃんこそちょっとやつれたね。ちゃんと食べてんのかい?」
そんな軽口を交わしながら、駅前の方に向かっていく。駅前と言っても俺の地元は、田んぼと畑と民家以外何もない。駅も当然のように無人駅で、電車は上下一時間に一本ずつ。どこに行くにも車がなきゃやってられないような
「そんなところになんてデカいもん造ったんだよ」
「いやー、数年前に国から教育補助金が出るって話になってな。それで考えついたのが流行ってたリアルダンジョンゲームで米作りのことが学べるってやつだったわけだ」
「ぜってえ誰も来ねえだろ」
「そういうこと。おかげで今やリニューアル中という名目で長期休業中なんだ。なんとかならんか?」
「なんとかするさ。そのために戻ってきたんだからな。俺が全力で最高におもしろいダンジョンにしてやるさ」
俺は決意を胸に拳を握る。そのわき腹を後ろからおちょくるようにくすぐられた。驚いて飛び退くと、乱暴に頭をわしゃわしゃと撫でられた。
「よっ、あいかわらず元気だな」
「
俺の頭を撫でているのは近所の兄貴分の
大学に行くために東京に出てからは実家に戻ることも少なくなって、あまり会っていなかったけど、軽口をたたきながら俺の頭を撫でるのは昔と変わらない。
あの頃はライダースーツとかスカジャンとかを着ていて目に痛い金髪だったのに、今はスーツにしっかりネクタイを締めて、髪も黒い短髪に切り揃えられている。
「新庄くんには役所の窓口役をやってもらうから」
「ってことは、昌兄って公務員になったのか!?」
「なんだよ、おかしいか?」
「いや、だって昌兄って昔は暴走族で」
「やーめーろ! 今は
あの昌兄が公務員なんてな。当然だけど、俺が地元にいない間にもいろんなことが変わってるんだよな。
「ささ、とにかく中に入ってみてよ。電源については昨日から使えるように手配しておいたから。東京で活躍してる実力を見せてよ。なんてったってその若さでリーダーをやってるんだろう?」
え、今なんて言った? リーダー? 俺が?
確かに一時期深夜帯限定のプロジェクトリーダーとして指示を出してたことはあったが、それは業務もトラブルも少なくて誰でもよかっただけ。都合を聞いてくれる相手が俺しかいなかったからだ。
「姉さんから聞いてるよ。若いのに東京の大きな会社でリーダークラスなんてすごいよなぁ」
「へえ、祐雅も結構やるもんだな」
お、お袋。俺の話を適当に聞いて、あることないこと周囲に吹き込みやがったな。そのおかげでこうしてダンジョン経営を任せてもらえるんだからよかったのかもしれないが。
ダンジョン内部は田舎の安い土地に任せてかなり広く、全八階層のフロアは東京では簡単に準備できないだろう。
「とりあえず一回やってみるか」
いいプランナーはいいプレイヤーでもある。どんなゲームもやってみればいいところと悪いところが見つかるはずだ。俺はゴーグルとウレタン剣を手にとって、ゲームを起動した。
米作りをテーマにしたダンジョン。聞いていた時点でかなり珍しいコンセプトだとは思っていたが、その内容は、あまりにもひどいものだった。
ゲームを終えて入り口脇の事務室に入ってすぐ、俺は昌兄とおじさんに不満の限りをぶちまけた。
「まず、敵がキモい」
子供向けに米作りを教えるはずなのに、ダンジョン内の敵は妙にリアルな虫になっていた。飛んでる羽も光沢のある甲殻や複眼も本物の数倍サイズになると大人でも恐怖を感じるほどだ。
「あんなの見せられたら子供が泣くわ! もしくは性癖が歪むわ」
「いや、害虫を覚えてもらうためにね」
「しかもなんで仲間NPCがカモなんだよ。しかもガチの」
「カモは田んぼの害虫を食べてくれるからねえ」
「あとたまに混ざってるカブトガニ。倒すとデバフってなんだよ」
「天然記念物だしね。傷つけちゃマズいよね」
「じゃあなんでBGMだけ夢の国みたいなんだよ!」
「いやぁ、音楽だけでも子供向けにしようと思って」
頭を抱えてうずくまる。何もかもがちぐはぐだ。これじゃ即時休館も納得できた。確かに設備は揃っているが、内容はほぼゼロから作り直すことになる。逆に言えば、俺の考える最高のダンジョンに作り変えてもいいってことだ。
「点検は終わったか」
ふつふつとやる気を高めていると、おじさんより一回りほど年上の男が事務所に入ってくるなり面倒くさそうな声で言った。
「誰?」
昌兄に小声で耳打ちする。
「役所の地域振興課の落合だよ。このダンジョンについてはあのハゲの管轄ってことになってんだ」
白髪を横に流して抵抗している頭を見て吹き出しそうになるのを堪える。これが俺のビジネス相手ってことだ。ふてくされた顔から面倒な相手であることはすぐにわかった。
「それでそちらの古見さん。なんとかなりそうか?」
「えぇ。必ずここを最高のダンジョンにしてみせますよ」
「それは心強い。では、予定通り再開は三ヶ月後でよさそうだな」
「三ヶ月!?」
そんな話は聞いていない。そりゃ一年も二年もかけるつもりはなかったが、こっちはまだ施設を見に来ただけだ。スタッフもいないし、企画だってまだ固まっていない。それに改修ならともかく、これから内容に関して全面作り変えるってことはほぼ間違いないのだ。
「古見議員はご説明はまだ? では説明しよう。こちらの条件は」
そう言って、落合はにやりと陰険な笑顔を浮かべて嬉しそうに条件を言い放った。
ダンジョンは三ヶ月後にリニューアルオープンさせること。
米作りを学ぶというコンセプトは変更しないこと。
役所側のチェックに合格すること。
「それができなければ、ここから立ち退いてもらおう」
「待て。そんな条件いきなり言われても」
「飲めない、と? ならば即日立ち退いてもらおう」
三ヶ月は死ぬ気で残業して無理してなんとかしてみせる。コンセプトの方も発想でなんとかなるかもしれない。だが、最後が絶望的だ。チェックを役所側がやるとなると、このハゲが首を縦に振らない限り三ヶ月後には追い出されることが決まっているようなもんだ。
でも、だからってここで諦めますなんて死んでも言えない。
「飲んでやるよ」
「何か言ったか?」
「その条件で造ってやる、って言ったんだ。この場所に、最高のダンジョンをな!」
どんな条件だろうと、諦めてやるか。俺はもう二度とあんな金儲けしか考えていないダンジョン経営なんてしたくないんだ。もう戻れる場所なんてない。ここから自分で道を切り拓く以外に選択肢はないんだ。
「そうか。なら、一週間後、計画書を作って会議しましょう。古見議員もそれでいいですね?」
「え、えぇ? 祐ちゃん、大丈夫なのか?」
「やってやるさ。一週間後にド肝を抜いてやる!」
立ち去ろうとする落合の背中に宣言する。
俺が造る最高のダンジョンは、誰にも渡すつもりはない。
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