第26話 相容れない二人
勝負の十二月はすぐにやってきた。この二ヶ月での途中決算はおそらくかなりの赤字。リニューアルに向けて超特急で進めるために、手伝ってもらうプログラマーやグラフィッカーを雇った結果だった。
それでも右肩下がりの売上を逆転させるにはこの策が必要不可欠だ。昨日一日だけ休館としたダンジョン内で最終チェックも行い、外向けのスピーカーを設置し、看板も新しく掲げた。
やるべきことは全部やった。後はお客さんの審判を待つことしかできない。
土曜日の今日はリニューアルに合わせて麻耶がエントランスで受付に出てくれている。司も気になったらしく事務所に来て、そわそわと歩き回っていた。
「初日の来場はそこそこか」
「土曜日だからな。そこそこじゃ困るんだが」
やはり本命は年末商戦。学校が冬休みに入ってからだ。そしてそのタイミングで浩一のダンジョンも参戦してくることになる。真正面からぶつかって人気を勝ち取らなければ負ける。
この上なくわかりやすいルールだった。
浩一のダンジョンが公開される初日、学校は冬休み前の終業式で午後から休みだった。凪沙も早々に事務所にやってきて、来客用のソファで宿題をやっている。麻耶が受付に出ているので、お気に入りの居場所がなくてちょっと座り心地が悪そうだった。
ここまでと比べても客足が伸び悩んでいるのがわかる。原因はもちろん浩一が造ったダンジョンのせいだろう。しっかり冬休み開始にぶつけるように開場した浩一のダンジョンはたった数百メートル先で同じように客足が伸び悩んでいると感じているだろうか。そもそも向こうの目的は俺たちのお客さんを奪うことなんだから、十分目的は果たしていると言えるか。
「敵情視察でも行ってみるかぁ」
「正面から乗り込むのか。おもしろそうだな」
「凪沙は、ああいうのあんまり好きじゃないからお留守番かな」
宿題をしている凪沙は漢字ドリルに覚えたばかりの漢字を何度も繰り返し書き込んでいる。集中しているかと思ったら、俺が近づいただけですぐに顔を上げて、嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃん、ちょっと出かけてくるからいい子にしててな」
「わかったー。なぎさ、おべんきょうしてるね」
凪沙の頭を撫でてやると、笑って答えた。ここに来るようになってから少しずつだが、俺から離れることに対して、嫌がることが減ったような気がする。それはそれで少し寂しい気分だったが、凪沙の社会性がよくなったと考えれば、悪いことじゃないはずだ。
事務所を出て、信号を一つ渡り、角を一つ曲がる。あとはまっすぐ道を歩くだけ。その間に視界に映るのは小さな消防署の一台しかない消防車を除けば田んぼと農道しかない。稲刈りはもうとっくに終わっていて、俺のダンジョンでは見ることのできない姿になっている。
ほどなくして浩一のダンジョンに辿りつく。並んでいるお客さんの数は同じくらいに見えた。
「結構こじんまりしてるから一度に入る数が少ないんだろうな」
そんな言い訳を並べてみるが、お客さんをとられた事実に変わりはない。目標に届かなくなる可能性を考えると、不安になる。
ダンジョンの外観は内容を反映したファンタジー風の看板がかかり、期間限定、東京から出張出店という興味を引かせる文字が並んでいる。最後尾に並ぼうとしたところで、関係者以外立入禁止の札が張られた扉から浩一が出てきた。
「なんだ? 邪魔でもしに来たのか?」
「お前と一緒にするなよ。敵情視察に来てやったんだろ」
「ふん、それならこっちにこい。裏から入れてやる」
浩一の誘いに少し悩んだが、裏側も見せてやる、というのなら見ていってやってもいい。
浩一の事務所の中はうちの事務所より二回りは広かった。スタッフの数も倍はいる。俺を潰すために東京から持ち込んできた機材にこんなド田舎まで呼び出したスタッフ。十日限定の三フロアだけの小規模ダンジョンにしては力の入れようが異常と言ってもいいレベルだった。
本当に俺たちの妨害のためだけに呼んできているように見える。金に糸目なんてつけていない。相手を潰すためだけのチームだ。
「ほら、スタッフ証をつけていれば客と鉢合わせても文句は言われんだろう」
「ずいぶんと準備がいいな」
「君はゲームバカだからな。来ると思っていた。初日に自分のところを放り出してまで来るとは思わなかったが」
動きが読まれていたようでムカつくが、そこに新しいダンジョンがあったらプレイするのは当然だ。それが顔を合わせるのも嫌な同期が造ったものでもな。
スタッフ入り口から一フロア目に入る。狭いダンジョン内を広く使うために、壁が多く迷路に近い雰囲気になっている。敵キャラはスライムから化けネズミ。フロアが上がると、ゴブリン、オークやウェアウルフ。最終層はタイタンや悪魔の敵が出てきて、最後はハデスを倒し、囚われた姫を助けるという王道ファンタジー路線だった。
俺も子どもの頃にこんなストーリーを考えた気がする。時代が変わっても妄想の根幹っていうのはそれほど大きく変わらないのかもしれない。だからこそ多くの人間を惹きつけるものでもある。
アイテムドロップは回復や一時強化アイテムが出てきたが、こいつもおそらく高い効果や強力な強化が起きるものが低確率で出てくるんだろう。ただ一回しかお客さんが来ない前提なら甘いデザインもプレイにブレが出てちょうどいい部分もある。
「捻りのないどこにでもありそうなゲームだったな」
浩一のいる事務所に戻って、せめてもの嫌味を言ってやった。嘘は言っていないが、十分条件は満たしているって感じが本当に嫌な出来になっている。クソゲーだっていうなら明日から気にしなくてもよかったってのに。
「君にゲームデザインで劣ることは認めている。しかし、それがつまり売上で負けるということではない。売上とは客が判断した結果だ。おもしろいなどという言葉に価値はない」
「やっぱりお前はわからないみてえだな。俺のダンジョン、やりにきてみろよ。そんでそこでしっかり学べよ」
「やらずとも売上という結果がすべてを証明してくれる。それだけで十分だ」
俺と浩一の話は最後まで平行線だった。やっぱり一度こいつは真正面から潰してやらなきゃ治らない。仮に俺に勝って東京に戻ったところで、そこが治らなきゃまた何かをやらかしてこうして田舎に飛ばされることだろう。
「じゃあな。お前の言う結果、楽しみにしといてやるよ」
売られたケンカはしっかりと買って、俺は浩一のダンジョンを後にした。
自分のダンジョンに戻ってくると、出かけた時と比べて行列が長くなっていた。いや、行列じゃない。近くに寄ってみると、それは人ごみだった。
入り口前に設置した広告用の巨大モニター。そこにゲームのプロモーション映像やお知らせなどを流している。六十五インチ屋外向けディスプレイ。昌兄が広告用として勝ち取ってきた代物だった。
「なんだ? いまさら目を引くような新しいものは何もないはずだが」
プロモーション映像を新しくするなんて話はなかった。そもそもあれは列で待っているお客さんの興味を
人ごみの一番後ろに立って、目を凝らす。何度も見た映像とはまったく違う画面だ。ダンジョンの一フロア目。舞台となっているのは三月の田んぼ。冬の間寝かせていたことで固くなった土を掘り起こすために土色のスライムや肥料といった敵たちを友達にしていくステージだ。
ちょうど入り口を入った辺りで画面が止まっている。その後ろ側から、すっと誰かが通っていくのが見えた。お客さんの子どもだろうか、と思ったのは一瞬だった。明るいダンジョン内の照明を受けて光るまっすぐな黒髪。それが誰なのか俺が見間違えるわけがない。
「凪沙?」
凪沙がなんでダンジョンに入っている? 俺が出るときには確かに宿題をやっていた。それに凪沙は一度、東京でダンジョンに入ったときに一フロアで攻撃をしたくないと言ってリタイアしてしまった。
その凪沙が、俺のダンジョンに入っていた。凪沙のために造るとは言ったが、それは難しいと思っていたのに。
「なぎさがぼうけんしてるよー」
カメラに向かって手を挙げて、剣型、いや友達ステッキ型のコントローラを振る。空いた左手をぎゅっと握り、やる気を見せた凪沙はおそるおそるダンジョンの中へと進んでいった。
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