第14話 逆転の隠し玉

「グラフィックの完成はぁ?」

「順調です」


「BGMの変更はぁ?」

「順調です」


「シナリオの実装はぁ?」

「順調です」


 勝間ののんびりした質問に俺は堂々と答える。

 全部順調に進んでいるプロジェクトなんていつ以来だろう。こういう進捗会議っていうのはどうやって遅れていることを言い換えるかってことばかり考えて臨んでいた。それが胸を張って答えられるんだから気分は最高だった。


 何と言っても岩山と司が頑張ってくれたのが大きかった。最初からいいものを出してくれたおかげでリテイクの必要がなかったのが大きい。同じ理想を共有していればすれ違いも少なくなる。司が効果音なんかのチェックもしてくれたおかげでクオリティは一気に上がった。


 向かいでモニターに映ったデバック用ゲーム画面を見ながら、落合は貧乏ゆすりをしながら机を何度も指で叩いている。ゲームに詳しくない人間ならもうゲームは完成したように見えてもおかしくない。本当はこれからデバッグや調整をやっていく必要があるんだが。


「いやぁ、最初はどうしたものかと思っていたけど、なせばなるもんだなぁ」


 おじさんもゲーム画面を見ながらすでに一仕事終えたみたいに満足げな顔をしている。


「今後の予定は? どうなんだ?」


「一ヶ月後にリニューアルオープンに向けての計画は初期のスケジュールどおりです。来週に内覧。そこで部長の最終チェックをいただき、その後オープンに向けての広報やエントランスの内装の最終調整などを行う予定です」


 俺に代わって昌兄が答える。そっちも準備は万端だ。


「企画部長にわざわざご足労いただかなくても」


「いえ、オープン直前ですし、ぜひご覧になっていただきたくて」


「そうですねぇ。映像を見ていて面白そうだと思いましたし、私も見に行きましょう」


 今にも歯ぎしりしそうな落合の顔が俺にとっては最高におもしろい。二ヶ月前、無理に見える条件をたたきつけてきたときのほくそ笑むような表情は少しも残っていなかった。


 一週間後、落合と勝間と企画部長を引き連れてダンジョンにやってきた。看板の制作が完了して、一気にアミューズメント施設らしさが出てきた。

 今までは事務所に近いから、と堂々とお客さん用のエントランスから出入りしていた俺たちも、最近は裏口を使うようになったくらい立派なものだ。


 エントランスものどかな田舎の風景を再現し、壁にはナビゲーターのキャラやボスたちのイラストが描かれている。ゴーグルと剣型コントローラも子どもが気に入るようにカラーバリエーションを出し、好きな色を選んでもらえるようにした。


 会議じゃグラフィックや音楽にいいところを持っていかれたが、こういう施設の演出に関しては実際にダンジョンの運営をしていた経験のある俺の本領を発揮できるところだ。


「なんだか童心に帰れそうないい雰囲気ですね」


 企画部長の反応も好感触。落合が嫌がったところで、上司の心をつかんでしまえばこっちのもんだ。それが最後の条件をクリアするために、俺たちが考えた作戦だった。


「実際のゲームの方はどうなんだ」


「現在最終確認中ではありますが、大きな問題は見つかっていません。実際にやってみますか?」


「いや、私はこういうゲームには疎くてね。体もなかなかついていかないし」


 企画部長が和やかに微笑んで答える。

 そこで、落合の目が光った。


「このゲームはちゃんとクリアできるのか?」


「もちろんです。テストプレイもやってますし、バグは見つかっていませんし」


「そうじゃない。実際にプレイしてクリアした人はいるのか? 君はゲームのプロだからできるだろうが、たとえばモニターに来ていた中高生はクリアできたのか?」


 落合の陰険な笑みが戻ってくる。当然わかって言ってやがる。こいつが選び抜いたゲームをしないモニターたちだったんだからな。


「こちらでもモニターを募集しまして、中学生がクリアした実績があります。小学生は大人と入ることを想定していますから、中学生が一人でクリアできる難易度なら問題ないでしょう」


 嘘は言っていない。司が来たときにしっかりクリアしてくれた。そもそもクリアできるかなんて大雑把な調整を俺がミスするなんてありえないと言ってやりたいくらいだったが、ぐっと堪えた。


「勝間はどう思うんだ?」


「私も個人的に視察した際にプレイしましたがぁ、中高生向けのぉ、いい難易度だと思いましたがぁ」


「お前自身はクリアしたのか?」


「いえ、体力が持たないのでぇ。テレビゲーム版を特別にお借りしてクリアしましたぁ」


「ふん。やはり実際にゲームをやっているところを見ないと判断がつかないな。部長もそう思いませんか?」


 マズい。企画部長はゲームのことも、落合が妨害してきたことも知らない。顎に手を当てて考えたかと思うと、


「そうですね。実際にやっているところは見てみるべきでしょうね」


 と落合の急な提案にあっさりと乗ってしまった。


「そうですよね。では誰かモニターを連れてきて確認しましょう。要員は私が手配しますので。夏休み中ですから、中高生を一人、紹介してもらってきますよ」


 落合がすぐさま部長の話を奪って進めようとする。あいつが連れてきたらろくにコントローラも振れない素人が来る。そいつが一フロアで脱落したら一気に話はひっくり返る。


 どうする。司を呼ぶか。あいつは大阪だ。ここまで呼ぶのに時間がかかるとなると断られる。凪沙もできないし、そもそも小学生が一人でクリアできたら簡単すぎる。麻耶はそもそもクリアできない。


 頭の中をひっくり返してもいい候補は浮かんでこない。とにかく話を止めないと、と考えても言葉が出てこない。


「いえ、私にアテがありますのでぇ。落合さんの手をわずらわせなくともぉ」


 焦る俺の思考に冷や水をかけるように、勝間ののんびりした声が届いた。


「何? どうしてお前が」


「親戚にぃ、ゲームが好きな高校生がいましてぇ。下手の横好きというところですからぁ、ちょうどいいぃ、サンプルになるかとぉ」


 勝間はすぐに呼びます。と外に出ていく。いったい誰が。そもそも俺たちを無視してまで呼び出すようないいやつがいるんだろうか。


「すぐに来るそうですぅ」


 勝間がエントランスに戻ってくる。その数分後、外からものすごい音のブレーキ音が聞こえた。何というか、聞き覚えがある。


「こ、こんにちは!」


 でっかい高級メロンを胸に抱えて入ってきたのは麻耶だった。


「お兄ちゃんが家で待機してて、って言ったのは私に古見さんのゲームやらせるためだったの?」


「そうですよぉ。こうなることは予想していましたからねぇ」


「ちょっと、待て。勝間、お前の妹なのか?」


 のんびりとした二人の会話に割り込む。麻耶はゲーム好きのお兄ちゃんのプレイを横から見ていたって言っていた。勝間はテレビゲーム好きだ。でも歳が違い過ぎるし、そもそも名字が違っただろ。


「は、はじめまして。勝間亮太のいとこで、月田麻耶と言います。今日はよ、よろしくお願いしましゅ!」


 初めて会ったときのように麻耶は盛大に噛んだ。はじめまして? よく似た別人? 頭がどんどんこんがらがって今にも蒸し焼きになってしまいそうだ。


「知らない振りしてください。知人だって知ったら落合さんに文句を言われる」


 俺に近づいてきた勝間がぼそりと言った。じゃああれは本物の麻耶ってことか。こいつ、本当に底が知れない。


 それよりも勝間も言っていた通り、麻耶のゲームの実力は同世代で比べても下の方。このダンジョンを突破したことはない。あれから何度もうちに来てプレイしていたが、最高で四フロアにボロボロになりながら到達したのが最高記録だ。

 本当に敵なのか味方なのかよくわからないやつだ。


「で、では、いってきましゅ」


 麻耶はどこまで状況を知っているのかわからない。クリアできなかったらこのダンジョンがなくなるかもしれない、なんて聞いてたら気が気じゃないだろう。やっぱり人選ミスなんじゃないか、と思いながら、俺は企画部長たちを事務所に通し、大型モニターに麻耶の視界を映した。


 俺の想像していたよりも動きは快調だった。最初はクリアすらできなかった一フロアでアイテムや経験値の稼ぎまでする知識を身につけ、ボスの弱点をしっかりとついて突破。敵が群がる最終フロアでは、あえて後ろに下がることで敵を視界に入れることで不意打ちを回避して、処理するテクニックも見せた。


 さすがに楽勝、とまではいかなかったが、体力を半分以上残してゲームクリアにたどり着いたのは最初と比べると見事としか言いようがない。


「やりましたー」


 へとへとになりながら、麻耶が戻ってくる。緊張と疲れで汗をかいている麻耶にタオルと冷たい麦茶を出してやった。


「うん。画面を見ていてもおもしろそうだったよ。せっかくだから私も一度やってみよう。見ているだけじゃもったいない気がしてきてね」


「えぇ、ぜひ」


 企画部長にゴーグルとコントローラを渡す。落合の顔を見ると、まぶた痙攣けいれんさせながら怒りを飲み込んでいた。部長が見るだけじゃなくてやってみたいとまで言ったんだ。俺たちの勝ちは決まったも同然だった。


 部長と落合を見送って、ようやく事務所に平和が訪れる。勝間は書類関係の説明をすると言って残った。麻耶は緊張から疲れてしまったようで、今はソファで横になっている。


「何で助けたんだ? 麻耶に攻略テクニックを教えたのもお前なんだろ」


「落合さんが文句をつけてくるとは思ってましたから。なぜ助けたか、でしたか? 簡単ですよ。このゲームはおもしろいですから。潰してしまうのはもったいない、そう思っただけです」


 勝間は少し赤らんだ顔を逸らした。


「私も昔、ゲーム制作をしていたんですよ。アマチュアのパソコンゲームですけど。アマとして賞なんかももらったんですよ。でも批判も山のように受けました。そこで気付いてしまったんです。作るのをやめて、消費する側に回って、無責任に批判だけすることがどれだけ楽なことかって。だから、古見さんには私みたいになってほしくなかったんですよ」


 言い終わると、勝間は普段の調子に戻って俺と昌兄に淡々と契約書類の説明を始めた。のんびりした調子は変わらないが、声が少しかすれていた。


 勝間の説明ではこれからは開発から運用のフェイズに入るから契約のし直しが必要らしい。そういう面倒なことは昌兄に丸投げして、俺はようやく造りあげたダンジョンの雰囲気に酔っていた。

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