第28話 家族三人でずっと

 寒空の中、なんとか出てきた太陽の暖かさに支えられながら、俺と凪沙は無人駅のホームに立っていた。空は一面雲一つない青空で、そのせいか熱が宇宙へと逃げ出して、地上は足元から上がってくる冷えに耐えなくちゃならない。


 すぐに電車が入ってきて乗り込めるならいいんだが、今日の目的はお出かけじゃない。ようやく一段落ついたお袋が家に帰ってくる。その迎えに来ていた。


「凪沙、寒かったらお兄ちゃんのコート貸そうか?」


「だいじょーぶ、なぎささむくないよ」


 小さな小屋のような待合室以外は吹きっさらしのホーム。到着予定時刻まではまだ三分もある。ちょっと遅れてもいいのだから、と凪沙に言ったのだが、聞き入れてはくれなかった。凪沙にとって帰ってくる人は必ず先に待っていなければいけないのだ。


 ダンジョン経営の存続が正式に決まって、追い出されることもなくなった。落合は閑職に回されたという話を聞いたが、興味もなかったからどこに行ったのかは知らない。


 昌兄は変わらずダンジョン経営の調整部分をやってくれている。そろそろ運用部分についてはどこかに丸投げしてしまって、俺と自分の負担を減らそうとしているらしいが、ド田舎に毎日通ってくれる技術者なんていないから、その目途は立っていない。


 岩山は、今回の仕事で画風の幅を大きく広げることになった。今度は美少女ゲームのサブ原画に誘われたらしい。描くのはモブばかりと言っていたが、あいつの実力ならメインを張る日は遠くないだろう。


 司はあいかわらずネットで曲を発表している。和風テイストの曲調は変わらないが、孤独な女の子や学校の雰囲気をテーマにした曲が増えてきている。小さな女の子が独りぼっちの寂しさから一人のヒーローに救ってもらうというストーリーが織り込まれた曲は司史上最速でミリオンを達成し、代表曲になりそうだという。


 麻耶は最近仕事の隙間にプログラミングの勉強を始めた。いわく、自分もゲームを作ってみたいのだそうだ。俺も暇があれば教えてやってはいるんだが、そのせいで、古見先生だの古見師匠だのと呼ばれるようになってしまった。周囲に誤解されそうで困っている。


 勝間は今回の件で企画部長から推薦され、地域振興課の課長補佐に昇進が決まったらしい。まだ内々の決定だが、次の組織改編で昇格は決定的で、いつまでものんびりしていられませんねぇ、とぼやいていた。またゲーム制作も始めたらしい。どんな作品を作るか楽しみだ。


 そして、俺はというと、すっかりふぬけてしまっていた。

 リニューアルはギリギリとはいえ赤字だったものの、成功ということになっている。年が変わってからは浩一のダンジョンが撤退したことが追い風になり、来月には一か月遅れながら黒字化も達成できそうだった。


 逆に言えば、今のダンジョンはテコ入れの必要がなく、俺は新しいゲームデザインも期間限定イベントも考える必要がない、ということだ。俺にとって最高のダンジョンを造ったって言ってもそれは今の俺にとっての話だ。これからまた勉強をして技術を身に着けて、未来の俺にとっての最高のダンジョンを造る必要がある。


「なぎさね、ずっとさびしかった。でもね、さびしいってわがままいったらおばたんもおにーたんもいなくなるとおもってた。だからいわなかったの」


 凪沙は手袋をはめた両手を擦りながら、電車の来る線路の先を眺めている。その顔には不安はない。お袋が帰ってくるということを疑っていなかった。


「でもおにーたんはぜったいかえってきてくれた。なぎさとのやくそくまもってくれたの。だからね、こんどはなぎさがおにーたんのおねがいきいてあげる。なにがいーい?」


「別にそんなこと気にしなくても」


 そこまで言って、一度言葉を止めた。凪沙の顔は期待とやる気に満ちている。栗色のまんまるな目を輝かせ、赤くなった頬は寒さだけのせいじゃない。今ここで何もいらないなんて言ってしまったら、それは凪沙を信用していないことにならないだろうか。


 少し考えて、俺は自分が素直に思っているお願いを凪沙にしてみることにした。


「じゃあ、これからもずっとなかよしの家族でいてくれるか?」


「それだけでいいの?」


「あぁ。ずっとなかよしで一緒にいてくれたら、それでいいよ」


 それが俺にとって一番の願いだ。

 一緒に協力して支え合って、悲しみを分け合って、ときどきわがままを言って、歩み寄って。

 相手に寄りかかりすぎることもない。隣合わせに立っている家族でありたい。


「いいよ。なぎさ、おにーたんとずっとなかよしのかぞくになるね」


 踏切の音が鳴り始めて、遠くから電車がレールを走る音が聞こえてくる。ゆっくりとホームに停止する電車の中は休日とはいえ田舎の昼間ということもあって、ほとんど乗客はいない。降りてきたのもお袋と親子連れが一組だけだった。


「おかえりー」


 凪沙がお袋に駆け寄る。抱きつく凪沙を迎えられるように俺はお袋から持っている荷物を受け取った。


「ただいま。凪沙ちゃんいい子にしてた?」


「してたよー。ね、おにーたん」


「あぁ、凪沙はとってもいい子にしてた」


 えへへ、とはにかんで凪沙は俺とお袋の顔を交互に見る。褒められたことが嬉しかったらしい。今までもいいことをしたらいい子だと褒めていたつもりだが、やっぱりお袋の前で言われるのはいつもより嬉しいのだろう。


「そう。じゃあ凪沙ちゃんがいい子にしてたから、今日はおばちゃんがおいしいご飯作ってあげないとね」


「うん。おいわいしないとだめなの」


「お祝い? 何のお祝いをするの?」


「なぎさね、おにーたんのおよめさんになったから、そのおいわいー」


 凪沙が言った瞬間にお袋に睨まれる。なんでそうなったんだ、凪沙。お袋の無言の抗議を逸らしつつ、俺は凪沙に優しく聞いてみる。


「なんでお兄ちゃんのお嫁さんなんだ?」


「だってね、おにーたんがずっとなかよしのかぞくになろうっていったもん。なぎさとおにーたんはちがつながってないから、かぞくになるにはけっこんするんだよ」


「おぉ、そう来たか」


 そういう意味じゃなかったんだが、そのまま言ってしまうと凪沙を傷つける気がする。ほおを緩ませて笑う凪沙を悲しませられるほど俺は非情にはできていないつもりだ。


「そうだな。でも凪沙はまだ結婚できないから、もっと大きくなってからだな」


「じゃあなぎさよやくする! おにーたんのおよめさんのよやくね」


「わかったよ。凪沙が大きくなるまで予約しておく」


 それを聞いて納得したのか、凪沙はお袋のところから俺の方へと駆け寄ってきた。荷物を持っていない俺の左手に手を伸ばしてつかんでくる。手袋の少しチクリとする感触。初めて会ったときの凪沙と同じ。しかし今の俺たちはその中にある心までしっかりと繋がっている。


「なぎさね、からあげたべたーい。まえにおにーたんがつくってくれたの」


「そうね。じゃあ今日は唐揚げにしましょうか」


「お袋の唐揚げは久しぶりだな」


 駅のホームを下りて通りに出ると、さっきの電車でお袋と一緒に降りてきた家族連れがスマホを見ながら立ち止まっていた。俺たちが通りかかると父親らしい男が声をかけてくる。


「すみません。この辺りでリアルダンジョンゲームの施設があるって聞いたんですが」


「あぁ、それならここから見えているあの大きな建物ですよ。この通りを行けばすぐです」


「あんなに大きいんですね。ありがとうございます。子どもがどうしてもやってみたいと言うので初めて来たもので」


 父親はありがとうございます、と頭を下げた。


「いえ、楽しんできてください」


「お兄ちゃん、ありがとー」


 子どもが振り返って俺たちに向かって大きく手を振る。俺も手を振り返すと、凪沙が俺の服を引っ張った。


「おにーたん、うわきだー」


「そんなことしないよ。凪沙が一番だって」


 抱きかかえてあげると、凪沙は俺の頬に優しく口づける。ふっと吹きかけられた吐息から、今朝一緒に食べたミカンの香りがした。

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ブラック企業に疲れたので、田舎でダンジョン経営始めます 神坂 理樹人 @rikito_kohsaka

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