第7話 凪沙とダンジョンとデート

 凪沙が俺を連れていったのは近くの公園だった。野球グラウンドまで併設されていて結構な大きさだ。東京は都会と言いながら、こういった大きな公園がいくつかある。


「公園だったら家の近くにもあるだろ」


「でもおにーたんといっしょがいいもん」


 そういえば、凪沙と出かけるのは久しぶりのことだ。毎日定時で帰るという約束は守っているが、土日も何もなく毎日のように仕事に出ているせいで、こうして一緒に過ごす時間はそれほど長くはない。なるほど、これが世に言う家族サービスというやつか。毎日仕事を頑張っているだけじゃ子どもは納得してくれない。


「そうだな。今日は一日遊べるから、どこでも好きなところ連れてってやるぞ」


「おにーたんはいつもどこであそんでたの?」


 凪沙に質問を返されて、答えに詰まった。そういえば休みの日にどこかに遊びに行った経験なんてほとんどない。大学時代はゲーセンに行ってリアルダンジョンゲームばかりやっていた。後はゲームの題材を求めて図書館に行ったくらいか。一人カラオケは一度行ったがあまりにも虚しくてそれ以来行かなくなった。


 仕事を始めてからはそもそもろくに休みなんてとっていなかったし、休みになったらなったで一日中寝ているばかりだった。遊ぶといったらもっぱら自分の会社で作ったゲームのテストプレイばかりやっていた。


「お兄ちゃんが作ってたゲームとかやりに行ってみるか?」


「おにーたんがつくったの?」


「全部じゃないけどな」


「じゃあここでいっしょにあそんでからいくー」


 別に無理していく必要もないんだが。遊具に走っていく凪沙を追いかける。今まで遊んでやれなかった分、今日はめいっぱい楽しんでもらうつもりだ。


 すべり台もジャングルジムもブランコもシーソーもやった。凪沙はどれも初めて遊ぶみたいに楽しそうで、こっちまで子どもの頃の気持ちを思い出させてくれた。父親がいないせいでやけにスレていた俺は子どもの頃はあまりこういった遊びはしなかった。


 代わりに部屋に閉じこもって、自分の思い描いたストーリーをおもちゃのロボットやぬいぐるみに演じさせていた。そのうち戦いにルールをつけるようになり、サイコロやコインを使って乱数を交えておもちゃたちを競わせた。思えば、あの頃から俺はゲームを作り続けていたんだ。


「たのしかったー」


「ほら、お水買ってきたからちゃんと飲むんだぞ」


 凪沙は俺から受け取った水をゴクゴクと飲む。全力で遊んで全力で水分補給。凪沙はどんなことにも精一杯に取り組んでいる。俺も見習わないと。当面の目標は遊びに行けるように週一回の休日を作るところからか。


 錦糸町公園を離れて池袋に向かった。あんな辞め方をした自分の元職場に行くのは少し気が引けたが、どうせ顔見知りは客の前に出てくることはないからバレることはないと思う。そういえば客側で来るのなんていつ振りだろうな。他のリアルダンジョンに行ったことはあるけど、自分のところってこうしてくることはないから不思議な気分だ。


 二人分の料金を払ってゴーグルと剣型コントローラを受け取る。凪沙がすぐにゲームオーバーにならないように二人プレイ設定にした。これで少しは楽しんでくれるといいんだが。


 このゲームでは、とある洋館に住むという悪のモンスターを退治しに来た勇者たちになる。様々なモンスターを倒し、最上階に囚われたお嬢様を助ける、というのがベースのストーリーになっている。

 全四フロアのうち、第一フロアは導入となる洋館の庭のシーンだ。庭の門を模したステージ入り口を抜けると早くもモンスターが湧きだしてくる。こいつらを狩って入り口への突破口を見つけなくてはならない。


「ほら、こうやって見えてるモンスターに剣を振るんだ」


 実際に凪沙にやってみせる。凪沙に合わせてイージーモードにしたこともあって、一、二回弱点部位を切ってやれば簡単にモンスターは消滅していった。ちょっとは俺のことを見直してくれるか、なんて期待していたのに、凪沙の反応は真逆だった。


「だめ」


 そう言って、俺の腕にしがみついた。ゴーグル越しの視界が赤く染まる。ダメージを受けているんだ。


「なんでだ? このモンスターは悪いやつらで、捕まってる女の子を助けなきゃいけないんだぞ」


「でもだめ。たたいたりしたらだめなの。いいこでもわるいこでもたたくのはだめなの」


 俺の腕をつかむ凪沙の手は震えていた。何度も首を横に振る凪沙を見て、これ以上ゲームを続ける気にはなれなかった。

 イージーモードでなかなかゲームオーバーにならないので、スタッフに声をかけて第一フロアでリタイアさせてもらった。店を出てからも凪沙は震える手でずっと俺の手を握っている。


「ごめんな。怖かったか?」


「ううん。でもね、やっぱりいたいことしちゃだめだよ」


「そっか。でもお兄ちゃんは凪沙にはあんなことしないから。約束するよ」


「うん、やくそくね」


 空いている左手で凪沙の頭をゆっくりとなでてやるとようやく震えは止まった。暴力が許せないんだ。あれはゲームで現実じゃないと言っても意味がない。たとえそれがフィクションでも優しい凪沙にとっては現実と変わらないのだ。


「じゃあ次は、お洋服でも買いに行ってみるか?」


「およーふく、よくわかんないよ」


「俺もよくわからん。でもお出かけ用の服って持ってなかっただろ。買ってあげるよ」


「おでかけのふくって、でーとのふく?」


 いったいそんな言葉どこで覚えてきたんだ。最近の小学生は妙にませているからな。凪沙も小学校で気になる男子がいたりするんだろうか。凪沙にはまだ早い。悪い虫がつかないように今度学校にも行ってみないとな。


「そう。お兄ちゃんとお出かけするときの服な」


「うん。おにーたんとでーとするときはそれきるね」


 そうそう。凪沙のデートの相手は俺だけでいいからな。とびきり可愛いのを買ってやろう。子ども向けのファンシーショップがないかスマホで検索して、俺は池袋にある店舗に向かった。


 パステルカラーに彩られた店内は入った瞬間に甘い匂いがしてくるようだった。凪沙のためとはいえこういう店に入るのはちょっと恥ずかしい。店員はというと、凪沙がいるからか特に若い男の来店を気にした様子もなく平然としている。俺が意識しなけりゃ大丈夫だと自分に何度も言い聞かせる。


「どれにしよーかなー」


「好きな服買っていいんだぞ」


 近くにあった服の値札を見る。子ども向けとはいえ結構高い。凪沙のためならいくらでも出せるけど。


「これはー?」


「試着してみればいいよ」


 店員さんに声をかけて、数着の服を持って試着室に入れてもらった。


「おにーたん、これどう?」


 可愛い。全部可愛い。リボンのたくさんついた甘い感じも、ちょっと大人びて見えるパンツルックも、無邪気さが最大限発揮されるサロペットも。うん、どれもいい。


「おにーたん、きいてるー?」


「あぁ。聞いてるよ。全部買ってもいいんだぞ」


「ぜんぶかったらたいせつさがうすまるでしょ、ひとつだけえらんでかうのよ」


「それ、お袋から聞いたんだな」


 俺も昔、よく言われていた。あれも欲しいこれも欲しいで買っていたら、物を大切にしなくなるって。自分で選んで買った方が思いも強くなってよりよい買い物になる、というのが苦労して俺を育ててくれたお袋の生きる知恵だった。


「じゃあ自分で選ばないとな」


 というか凪沙に選んでもらわないと俺には決められない。全部買う以外の選択肢が消えていて脳内でカーソルを合わせようにも動いてくれない。


「んー、じゃあこれ!」


 意外と決断は早かった。思い切りがいいのはいいことだ。うじうじしていると目の前のチャンスを取りこぼしてしまうかもしれないから。

 凪沙が選んだのはサロペットだった。というよりオーバーオールって言った方が正しそうだ。普段からおとなしいし、もっと可愛い系が好きなのかと思っていたから意外だった。


「これきてね、おにーたんとまたこうえんであそぶの」


 笑顔で俺に服を見せてくれる凪沙に、心打たれた。もっとちゃんと休みをとろう。自分のためなら絶対に思わないことも凪沙のためならやれる。

 外で遊ぶなら、と帽子を一つプレゼントで買って店を出た。さっそく店内で着替えさせてもらった凪沙は真新しい服の手触りを楽しみながらポケットに手を入れたり出したりしている。


「次はちょっと喫茶店で休憩でもしようか」


 外食が嫌いな凪沙でもスイーツなら喜んで食べてくれるだろう。

 その後は、喫茶店でパフェを食べ、田舎にはないビル内の水族館や駅地下街を回った。凪沙が一番食いついたのはなぜか大型ショッピングモールだった。普段は近所のスーパーくらいしかいかないからな。いろんなお店がひしめくように並んでいるのが楽しかったらしい。


 ショッピングモールなら地元に帰っても市街に出ればある。今度昌兄に車出してもらおうか。

 郊外のホテルに泊まり、翌日は早めに新幹線に乗った。もう少し遊んでいってもよかったんだが、凪沙は家に帰りたがった。やっぱり外よりも家の方が落ち着くらしい。すっかり遊び疲れて眠ってしまった凪沙を膝に乗せながら、俺はいつ振りかという楽しい日を過ごした気がした。

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