〈第4章〉 イベント日記(4)後

魂の贈り物(後)


 部屋の中を慎ましやかに流れていたクリスマスソングが途切れた時、私は、急に話題を変えた。それはまるでタイミングでも計ったかのように。


「さて今日は、トワのお祝いだ。・・・・・・記念に、プレゼントがあるんだ!」

「えっ、何かしら?」


「これを受け取ってくれ!!」

 私は、バッグに忍ばせておいた物を、おもむろに取り出した。

 差し出した物は、赤いリボンを掛けた黒い小箱だった。


「ええー、な・に・か・し・ら・ね?」

 トワは、笑みを浮かべながら、慎重にリボンを解くと。ニコニコとらす様に、ゆっくりと蓋を開けた。


「・・・・・・まあっ、ス・テ・キィ!」

 トワの大きな瞳が煌めいた。


 先日のディナー・クルーズのとき、トワの胸元を飾る大粒のパールが印象深く、とてもよく似合っていて、私は魅了されてしまった。色白で細身の彼女には、真綿色でやさしい輝きの本真珠がぴったりだと思った。


 私はまだまだ売れない画家の身。親の遺産を食い潰している身分では、本真珠のロングネックレスは、ちょっと気張った買い物であった。


「あ・り・が・と・う! うれしいい! 直ぐに着けてみるねぇ・・・・・・」

 トワは無邪気に、まるで可憐な少女のように、喜んでくれた。


「・・・・・・どう? 似合う?」

「よく似合うよ! やっぱり、トワにぴったりだ」


「ホーント、ステキィ! これ、二重に架けても、いいのよね?」

「うーん!」


 このとき、本真珠のやさしい輝きと、愛しいトワの眩しさに、私は目を細めて見惚れてしまった。


「とーっても素敵!! ・・・・・・この方が上品だわ!」

 鏡に向かったトワは、喜びを顕わにした。


「何から何まで、ホント、あ・り・が・と。ショウ(Chuu!)」

 トワは感激の余りか、突然私に、感謝のキッスをくれた。


 もうどんな男でも、この女の唇には堪らない。トワの背中を強く抱き寄せ、そのか細い肩を両腕で優しく包むと、長くて深い大人の口づけを交わした。


 穏やかに部屋を包んでいたBGMは、いつの間にか途切れていた。すると今までとは違う曲調で、ムード溢れる調がゆっくりと流れてきた。


 フュージョン・ミュージック界の雄STUFFの名曲、♪And Here You Are♪♪。

 スローテンポのインストルメンタル・バラードは、ハイトーンなエレクトリック・ピアノのエコーと、エレキバイオリンの啜り泣きが、とても官能的で美しい音色を奏でている。


 ここで二人の愛のムードも最高潮に達した。曲名の如く「そしてここに、愛しいあなたが居る・・・・・・」。私は、たちまちトワを抱いていた。

 私たちは、身も心も一つに繋がった。一個体の生物にでもなったかのように、魂が入れ替わるくらいに、強くつよく結ばれた。


 因みに、部屋の中をずっと流れていたBGMというのは、実は、私が用意した隠し味の演出だったのである。普段より多めの荷物の訳は、その中にそっと忍ばせておいたポータブル音楽プレーヤーだった。


 今日の愛の交流会では、とろけるチーズケーキのように、身も心も一つに融け合った。二人だけの愛の世界では、今日も、あっという間に時を刻んでいた。

 そろそろ2時間は経ったと思い、携帯の時計表示を確かめてみると。2時間どころかその倍の時刻を、デジタルは示していた。


 私は、トワと会う度にいつも感じるのである。

 二人で一緒に過ごす時間は、とても短く感じてしかたがない。やはり幸せの時間と言うのは経つのが早いのだ。

 それはまるで浦島太郎が龍宮城にいるみたいに、気がつくと下界の時間は何倍も経っている。それもそのはず、私にとってトワの存在は、二人だけの愛の世界である龍宮城へ、招いてくれる乙姫様なのだから。

 

 


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