〈第1章〉 夢のなかで(3)

3.夢の天女


 奇妙な時代劇の夢は、七度目を最後に、何故かピタリと見なくなった。


 やがて半月ほどの時が過ぎ、残暑厳しい夏も終わりを告げるころ、ある深夜のことだった。

 今夜もお気に入りの音楽が、薄暗い部屋をゆったりと包んでいる。インターネット配信で音楽を楽しむ時代だというのに、骨董品並みになってしまったMDコンポから流れている。


 ヒーリング系のBGMは、まるでシルクのベールのように滑らかに空間を包んでいた。幻想的なメロトロンのコーラス・エコーに、哀愁漂う柔らかな歌声が重なり合って、男の疲れた心を癒してくれている。


 伝説的な英国プログレッシヴ・バンドの一つ、10CCが奏でるクラシカルな名曲、♪I’m Not In Love♪♪。

 男が深夜にパソコンへ向かうとき、いつも決まって掛ける古いUKプログロックの中でも、珠玉の一曲だ。


「やっと見つけたぞ! いつもの天女だ。どうも何処かで会ったような? ・・・・・・透き通るような白い肌、口元の小さなホクロ。うんん・・・・・・、どこか懐かしい・・・・・・」


 高鳴る胸の鼓動を抑えながら、男はひとり呟いた。そして、神がかりのような奇妙な感覚を覚えると、深く息を吞み込んだ。


 それは時々届くウェブメールの一つ。普段ならば見もしない宣伝広告で、ただの迷惑メールに過ぎないものだった。しかしこの夜だけは、見えざる力に導かれるように、男の人差し指はひとりでに、マウスのボタンをクリックしていた。


 パソコン画面に現れたホームページには、全国の新規オープンのナイトクラブの紹介が載せられていたのである。

 男は地域別検索の選択バーを、『東京』に合わせてみた。

 すると、老舗の高級クラブがひしめくという銀座にしては珍しく、新規開店の小さなクラブのページが現れた。


 店の名前は、『クラブ・エテルナ』。

 どことなく意味深なそのネーミングに、男の視線は誘導された。


 店のトップページを開くと、水色とピンクを基調にした上品なつくりで、看板娘三人の写真が煌々と並び、男心をくすぐってくる。


 そこで男の目は、一点に釘付けになってしまったのである。


 言葉を失うほどの衝撃とは、まさにこのことだ。三人娘の中でも店のナンバーワンとして、トップページのセンターを飾るホステスの写真が、男のまなこに焼付いたのである。


 上品な純白のロングドレスを身に纏い。

 ホワイトサテンのように透き通るほどの白い肌。

 黒目勝ちで今にも吸い込まれそうな魅惑の大きな瞳。

 ストレートロングの黒髪は、サラサラとたなびくようだ。

 そのホステスは、僅かに首を傾げて天使の微笑みを魅せていた。


 近ごろ男が見る夢には、美しい天女が、いつも決まって現れた。煌めくホステスの写真は、夢の天女そのものであった。

 

 

 男はこの半月もの間に、新たな夢を何度も繰り返し見ていた。


 夢の女は、純白のロングドレスを身に纏い。暗紫色の透明なガラステーブルを挟み、その奥のあでやかな、紅色のソファーに身を委ね、男に向かってにっこりと微笑んでくる。

 そのとき男は、女に何か懐かしい想いを告げるのだが、その内容につては自分でもよく分からない。


 やがて美しい女は空高く昇天し、白い天女となって、ひらりひらりと舞い踊る。その情景ときたら、まるでそのものであった。


 夢が終わりを告げると、冷え冷えの涙に男は目を覚ます。目覚めのとき、千年越しの恋でも叶ったような感動が沸々と湧き立ち、胸を締め付けた。男の魂が泣いていたのだ。


 男は、夢遊病者の如く、夢に現れた白い天女の幻影を求めて、新宿や六本木の盛り場や風俗街を、トボトボと彷徨い始めた。しかし、当てもない探索では、良い成果は得られる筈もない。


 やがて身も心もボロボロになり、部屋に引きこもりがちになった頃である。残暑厳しい夏も終わりを告げるある日の深夜、インターネットで夢の天女を見つけ出すことになったのだ。


 夢が現実と繋がるとは、気まぐれな神様のいたずらなのか。それとも時空を越えた運命の波動の揺らぎなのか。

 このとき男は、ハタハタと感じ始めていた。


(( これは永遠の魂たちが、現世で出逢うために仕組まれたものではないか。『黄泉の国よみのくに』に棲むと言われる『輪廻の神様』の仕業なのかも知れない。

 自分は江戸時代の人間の生まれ変わりで、かすかだが前世の記憶があるのかも知れない。 ))

 こんな夢想や幻想のような想いが、おずおずと芽生えてきたのである。


「臓器移植を受けた酒を飲めない人が、酒好きだったドナーの性質を引き継ぎ、飲めないはずの酒を飲みだした」などという、細胞記憶なる説があるようだ。

 ならばこれは、『』なのか・・・・・・。


『魂の記憶』が、不思議な時代劇の夢を見させたのではないだろうか。

 そして今度の白い天女の夢にも、必ずや繋がりがあるに違いない。


 そんな男の思索は、日増しに強くなっていった。やがて妄想を遥かに超え、願望となって男の海馬の奥に棲み憑いた。

 

 

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