〈第4章〉 イベント日記(6)後

魂の懐古(後)


 私たちは、写真撮影にも少し疲れを覚えたところで、小休止することにした。

 まるで行く手を塞ぐようにそびえ立つ、一番りっぱな大木の前に、私たちは腰を下ろした。


 石のベンチに腰掛けて肩を寄せ合うが、私たちは一つの言葉も交わすことはなかった。それは疲れ果てて言葉が出なかった訳ではない。眼前に広がる老木の桜が、威風堂々枝を張り巡らせる姿に、圧倒されていたからだ。


 暫くして、トワの意味深な言葉が、二人の花園を包む静寂のベールを突き破った。

「この桜の木、とっても立派ね。かなり古い老木よね?」


「そうだな? 樹齢百年じゃー、きかないだろうな?」

「とっても懐かしい、気がするの・・・・・・」

 トワの大きな瞳は、少し潤んでいるようだ。


「こうやって眺めていると、あたし何だが・・・・・・」

「えっ、何?」


「ずうっと昔に、この花を見たことあるような?」

「おいおい! 桜の花は同じ種類なら、みんな同じに見えて、当然だよ」


「でも、この木がなんだか? ・・・・・・それに、この隅田川の畔って、気持ちが落ち着くの。何故かしら?」


「ふる里みたいにかい?」

「そう! 生まれ故郷に、帰ってきたような、懐かしさ・・・・・・」


「懐かしい?」

「えぇ、とても不思議な感じ! ・・・・・・あたしのふる里、神戸なのに」


 言われてみれば、初めて来たというのに、私もこの隅田川には、どことなく懐かしさを感じていた。


「それって、確か?『デブジャー』って言うんだよね? 俺も初めて来たのに、前にも来たことあるような、不思議な感じだよ」


「うふっふっ、まあー、ショウさまったら、おかしいわぁ! ハッハッハ、ハッハッハー」

 トワは、その大きな瞳をむき出して、大笑いをした。


「ナニガ? そんなにおかしいの?」

 私は、何でトワが笑っているの分からなかった。


「だってぇ、おかしいもの、ふふっふっふっ。うふふっ・・・・・・」

「何? なに?」


「それを言うなら、デジャヴよ。デジャヴ・・・・・・。『デブジャー』なんて、おデブみたいで、変でしょ!」


「あっ、そっかぁ! デジャヴか。・・・・・・そう、そのデジャヴかも?」

 私は、何度も何度も頭の後ろを掻いた。


 今日のお花見日和は、辺りの景色を鮮やかなに染めている。その幸の色しあわのせいろは、私たちの心の中にもほんのりと染み込んで、和気藹々わきあいあいのひと時となった。


 ところで、眺めている桜の老木の説明書きには、『吉宗桜』と記されていた。江戸時代に八代将軍・徳川吉宗が桜を植えたのが始まりだと言われる。

 私は、前世でも隅田川の畔で逢引をし、この桜花を見ていたような気がしてきた。私の心の声というか『』が、とても懐かしいと叫んでいるようだ。


 トワが懐かしく感じるというのも、潜在意識の一種なのかも知れない。本人は無意識でも、魂が自然に感じ取っているのではないかと思う。

 私の期待感は益々大きく膨らんだ。

 今日の桜見物は、トワのを、目覚めさせる引き金となったに違いない。そんな手応えを感じる、お花見日和の縁日であった。

 

 

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