〈第4章〉 イベント日記(1)前

 1.魂のリハビリ(前)


◆ 語り ◆

【男の熱い思いは、トワの前世の記憶を、何としても甦らせたかった。

 男は、時々デッサンを休みにして、様々なシチュエーションを設定し、デートを考えた。それは、『二人による、二人のための、二人だけのイベント』である。

 男が知恵を絞った二人だけのイベントは、色々な趣向を凝らしている。誕生日や出逢い記念日だったり、正月やクリスマスなどの季節行事に因んだりと。さらには、神社仏閣などの名所旧跡から、歌舞伎などの古典芸能まで幅広く、前世に繋がりそうな事物や場所まで考慮している。

 時間をかけて魂に刺激を与えながら、前世の記憶を少しずつ呼び起こす。言うなれば、『魂のリハビリテーション』なのである。そうすることで、トワが前世を思い起こすと同時に、男にとっても、まだまだおぼろげな自身の前世の記憶も、確かなものにしたかったのだ。


 ここからは、男自身が語る『二人による、二人のための、二人だけのイベント日記』となる。日付を追い、日記の内容を読み解きながら、イベントの詳細を紹介して行くことにする。】


      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


二人による、二人のための、二人だけのイベント日記〈その1〉

【9月2X日(火曜日)】


 今日は、かねてからトワが観たいと言っていた、流行の恋愛ファンタジー映画を見る予定だ。

『また、会いに行きます』と題された話題沸騰中の劇場映画である。


 若い男女の悲恋を、不思議な時間旅行の中で描いた恋愛ファンタジー小説が原作で、感動の愛の物語が繰り広げられる。運命という言葉の重みと、その意味深さを痛感させれる究極のラブロマンスである。

 インターネットの予告編の情報から、この映画は、私たち二人のために、神様がお創りになったような気がしてたまらない。その期待感で胸が膨らむ。


 私はネットのHPから、最新鋭の映画館を予約した。

 そこは今を時めく六本木ヒルズのお洒落な映画館。その数あるスクリーンの中でも、特別仕様のプレミアムシアターをチョイスした。


 ポップコーンとソフトドリンクを買って、・・・・・・と思うところだが、それは違っていた。このプレミアムシアターでは、自由にチョイスできる専用のサービスドリンク付きだった。

 少し気取って、フルーティなカクテルを二つオーダーし、私たちは指定されたシートに向かった。


 サイドテーブル付きで、ゆったりとした造りのエグゼクティブシートは、私たちをセレブなムードに導いてくれる。


「うわーっ! 素敵なシートねぇ!」

 座席に腰を下ろすや否や、トワは歓喜の声を上げて、アームレストの上に両肘を踊らせた。


「うーん、このゆったり感。まるでファーストクラスだね?」

「あら、リクライニング式だわ・・・・・・」

 トワは早速、レバーを引いてシートを倒してみせた。


「これなら長い映画も、疲れ知らずよ!」

「そうだね! トワさん。・・・・・・ほら、フットレストまであるよん」


「ホーントだ! こんなステキな映画館、初めてよ。あ・り・が・と!」

「どういたしまして、こちらこそ! 何もかも最高だ!」


 私は、トワと一緒に居ることが幸せで、何よりも優る。例えどんなに古ぼけた映画館であっても、その幸福感で胸が一杯だった。


 彼女とつくるに、私はすでに酔い浸っていた。

「トワさん。今日の『二人の世界』に、乾杯!!」

「ハイ! 乾杯!」

 私たちは、少し気取って、赤いカクテルグラスを合わせた。


 トワは、大きな瞳をくるりとさせて微笑んだ。そのチャーミングな仕草に、私の心は陶酔状態に陥った。言葉は喪失し、視線だけが一直線に彼女の瞳に突き刺さる。



いよいよ俟ちかねた話題の映画の始まりはじまり――――

 トワと一緒に観る初めて映画に、私はその内容よりも、愛しいひとと時間を共有できることの喜びで一杯だ。

 二人だけの世界に浸る余り、ついつい彼女に話し掛けていた。


「シーッ!」

 トワは周囲を気遣ってか、小声で一言たしなめた。

「ゴッ、ゴメン!」

 自分の声の大きさに気が付いた私は、その後は沈黙を守った。


 映画の中では、世にも不思議な男と女のラブストーリーが展開されていた。記憶を失くした主人公の青年と、余命幾許よめいいくばくの難病なのに、それをひた隠しにする少女が、運命の再会を果たす悲恋の物語であった。


 ストーリーもラブシーンに差し掛かるころ、私は、自分たちの二人の世界を、映画の内容とオーバーラップさせていた。


 銀幕から 届く映像光だけの薄暗いシアターは、ムード溢れる甘い誘惑のベールを広げていた。


 私は、愛しのトワと居る喜びの余り、彼女の左手を握り締めた。

 するとトワは、「何しているの? 映画に集中して・・・・・・」と言わんばかりに、私の手を解いた。

 しかし私は、トワのか細い指を優しく掌で包み直した。


 暫らくそうしていると、いつの間にかトワも指を絡めて、握り返してきた。そのまま私たちは、手に手を取り合ったまま映画鑑賞をつづけた。

 そのときの、トワの掌の柔らかな温もりは、私の想いをより一層加熱するのだった。


 優に二時間を超える愛のドラマも、終わりを告げる時がやって来た。スクリーンにはエンドクレジットが流れ始めた時だった。


「今日の映画って、どこか、わたしたちの、未来かも?・・・・・・」

 トワは、大きな瞳にじんわりと涙を浮かべて、思わぬ言葉を口にした。


 私は返す言葉が浮かばなかった。涙ぐむ彼女の横顔を、黙って見つめていた。


「とっても不思議で、切なくて、愛おしくて、すごく感動したわ!」

「うん。そうだね」

 私の応答は、やけに素気ない一言で終わった。


 このとき私は、映画の内容よりも、映画の効果の手応えを感じていたのである。このドラマのヒロインのように、トワの心も開かれて本物の恋人になれるような期待感だ。


「主人公が、彼女に夢を語って聞かせる場面、あったでしょ? ・・・・・・とっても、素敵だったわぁ!」

「うん、よかったね・・・・・・」


「だって、素敵な夢の話の後に・・・・・・。彼氏の最後の言葉、『絶対答えを見つけて、必ず君を、迎えに来る! 待ってておくれ・・・・・・』。あの台詞、どんな女でも、堪らないわ。あたし、涙が止まらなかったもの・・・・・・。ショウ、どうだった?」


「うん、勿論さ! 今日は最高なんだよ。トワさん。・・・・・・どんな映画を観るかじゃなくて、誰と観るか? だから!」

 私は、彼女の問い掛けも上の空であった。 


 私にとって映画の内容よりも、愛しい人と時間を共有できるという喜びで、すでに心は満タン。自己陶酔状態にあった。


「何よ、それ? おかしな、ショウさま・・・・・・?」

 涙に溺れていたトワの丸い瞳が、三日月形に笑った。

 

      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

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