〈第2章〉 夢の出逢い(3)

3.白いホステス


 男は、夢の話を終えると、今の想いを吐き出しはじめた。

「君の魂と俺の魂は、前世からずうっと、繋がっているような気がするんだ」


「それは凄い! それって、よく言う、『赤い糸』かしら?」

「そっ、その通り・・・・・・。『運命の赤い糸』で繋がって・・・・・・」


「運命の・・・・・・?」

「うん、魂の絆とでも言うのかも」


「・・・・・・それにしても、夢のお話、とっても悲しいお話ね?」

 白いホステスは、魅惑の瞳にうっすらと涙を浮かべていた。


「そうさ、あの夢のように、きっと前世では、恋人同士だったんだ」

「それって、宿命みたいね?」


「そう宿命だ! その通り・・・・・・。なんだか魂で、感じるんだ!」

「魂で?」

 白いホステスは、大きな目を細めながら、小さく首を傾げた。


「うん、魂でね・・・・・・。そして君は、俺の夢に、現れたんだ・・・・・・」

「正夢ってこと?」


「そう正夢さ・・・・・・。俺の夢に現われた天女の姿は・・・・・・、まさに今の君。・・・・・・そのものだったよ」

 男は、彼女のか細い肩に、擦るように掌を当てた。


「まあー? スッゴイ!」

「長い黒髪に・・・・・・、純白のドレスで・・・・・・、真紅のソファーに座って・・・・・・、そして、今の君みたいに、微笑んで・・・・・・」

 男は、一つ一つを確認するように指を差した。


 白いホステスは、半信半疑の表情ながらも、笑みを交えて、誠実な対応だった。しかし彼女は、男のことなど全く知らない様子で、とても前世の記憶など、微塵も無いようだ。


 それは当然のことと言ってしまえば、それまでだが。男の心の片隅には、淡い期待があった。

 それは、彼女の口からも前世のことが少しは飛び出して、お互いを確かめ合えるのではないかという期待感である。


 夢にまで見た彼女に、ようやく出逢えた喜びも束の間。男の心の奥底には、どことなく淋しさのような感情が芽生え、同居し始めていた。


      ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


男は諦めるはずもなかった――――

『諦め』などという文字は、男の心の辞書にはもはや存在しない。

 白い天女とは運命の出逢いなのだ。男は夢の出逢いを信じた。毎週のように、恋しいトワのいるクラブ・エテルナに通い詰めたのだった。


 男は、会う度にトワを口説いた。

 しかし彼女からの返事は、決まっていつも『今は無理!』の一言だった。


 トワには、追いつづけている大きな夢があった。その実現のために、すべてを犠牲にして、辛い仕事にも耐えていた。『愛だの、恋だの』そんな男と女の話など、すべてを絶つ決意をして、その思いは岩塊の如く堅かった。


 昼間は、自ら経営するエステサロンのエステティシャンとして、夜はクラブ・エテルナにと。トワは休む間もなく必死で働いた。

 そんな堅い決意で閉ざされたトワの心には、男一人の想いなど、入り込む隙間は、微塵もなかった。



店に通い始めて三週目のこと――――

 この日のトワは、アフターの誘いに初めて応じてくれた。クラブを離れた二人は、彼女の馴染みの店だという近くのパブに立ち寄った。

 路地裏の奥まった隠れ家で、周囲は大都会の真ん中にしては、何とも似つかわしくない場所だった。霞がかった沼地のように、ぼんやりと浮かぶ不思議な空間は、妖気を感じる程である。


 店に入ると、そこは慎ましやかな佇まいの古びたカウンターバーの小店だった。

長いカウンターテーブルの一番奥の席に、二人は隣り合わせに肩を寄せ合った。


 ログハウスを思わせるウッディな店内は、山小屋のカンデラ風の暗めの照明に、ジャズのオールドナンバーが、優しく包んでいた。

 懐かしい ♪Take Five♪♪の変拍子のリズムが、大人の空間を醸し出している。そのシックで穏やかな雰囲気は、男と女の艶話つやばなしをするには最適だった。


 二人が注文したのは、スコッチの軽めの水割りと、ジントニックの二つだけ。このオーダーは、お互いの気持ちを確かめ合うためには適度な量で、酔いを深めることもない自然な選択だった。


 今夜も男は、トワへの想いを熱く語り、そしてまた口説きはじめた。

「俺たち、やっと出会えた魂なんだ。前世の願いを叶えたい。・・・・・・一緒になろう」


「何度も言ってることよ、分かってぇ! 今のわたし、愛だの恋だのといった、お付き合いなど、出来ないわ! やり遂げたい夢もあるし・・・・・・」

 トワは、男を諭すように優しく答えた。


「もしかして、本当は、旦那でも?」

「まさかぁ? そんな、おるわけないでしょ!」

 トワは小さく笑うと、男の肩を軽く叩いた。


「それじゃー、田舎もんの俺なんかでは、駄目なのか?」

「いいえー、そんなこと無いわよ! あなたのこと、嫌じゃないわ・・・・・・」


「そっ、そうなの?」

 男は少しにやけた。


「それどころか、あなたはとっても誠実で、優しくて、ステキな方。・・・・・・あたし、タイプよ!」

「そっそれ、本当かい?」

 男は嬉しくなって彼女の手を取り、掌で薔薇の花びらを模るように柔らかく包んだ。


「・・・・・・でも、分かって、今は、誰とも、一緒には、なれないの」

 トワは、男の手をゆっくりと解きながら囁いた。


「じゃー、一緒になれなくてもいい。試しでもいい。付き合ってみて、くれないか?」

 男は、また彼女の手を取り握りしめた。


「何度も、何度も言うけど・・・・・・、分かってぇ! そのお付き合いをするような時間が・・・・・・。とても今は、取れないの・・・・・・。時間が!」

 トワの言葉にも、力が篭もってきた。


「時間が?」

 男が聞き返すと、トワは浅く俯きながら答えた。

「そう! そんな時間に、余裕がないのよ。どうしても・・・・・・」


「うーん。時間か? ・・・・・・ところで、トワの夢って?」

「・・・・・・」男の問い掛けに、トワは直ぐには答えなかった。

 

 

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