第8話

上田家のチャイムを鳴らすと望が「どうぞー」といつも通り元気よく玄関を開けてくれた。

中に入るとカレーの匂いが広がり自然とお腹が鳴る。


「お邪魔します。何か手伝うことないですか?」「あ、ご飯炊けるの待つだけだから大丈夫よ。テレビでも見て待っててねー」千絵は朗らかな声で応えた。


夏樹は「疲れたなぁ~」と呟きながらクッションの上で寝ているモチの頭をワシャワシャと撫で、眠りを邪魔されたモチは「やめんかい」と言いながら甘噛みで対抗している。


「ねぇー事件の話聞かせてよ」望が夏樹の服を引っ張りながら騒ぐが「調べたけど何も分かんなかったよ」との返事がくると「役に立たんなぁ」とため息をつき顰め面になった。


テレビではちょうど県内のニュースがあっており、名簿の事件を取り上げていた。

「容疑者は未だ特定できていません」やら「個人情報や誹謗中傷の投稿は犯罪にあたります。拡散している人は今すぐ止めてください。」「ネットでは情報が錯綜しており……」といった話が繰り広げられ、報道もネットに負けず加熱しているようだ。


田島が神妙な顔つきでテレビを見ていると

「田島くん事件の話しなくていいからスマホ見して」

望が両手を出してにっこりと微笑んでいる。

微笑みの裏に好奇心を感じ取った田島は「ダメ」と笑顔で応じた。

「だって私の携帯ネット見れないんだもんー!見たい!見たい!」

やはりネットに上がっている情報を見たかったようだ。

「子どもは電話とメール機能があれば充分です」

「ケチー!」望がむくれていると「望!わがまま言わないの。ご飯炊けたから食べるよ!」と千絵が台所から声をかけカレーを運んできた。


アレ?

田島は「お母さんに、望ちゃんが事件の話を聞きたがってるからってご飯誘われたんだけど。事件調べるの止めてるね?」と小声で訊ねた。

望は苦笑いを浮かべながら「昨日、お父さんがシーフードカレー食べたいって言ったから作ったのにね、急に飲み会が入っちゃったみたいで。

凄く怒ってて、急に田島くんたちに食べさせよう!って思い付いたみたい。お父さんの分のカレーあんまり残したくないっぽいよ。」と教えてくれた。

朗らかな声の裏にも色々あるものだ。


怒りと共に煮込まれたカレーだが味は美味しく、海老、イカ、ホタテに加えほどよく柔らかくなった人参、ジャガイモ、タマネギ。少しだけ辛めのルウが合っている。

カレーの力もあってか幸い食卓は和やかな雰囲気となった。

おかわりを勧められた夏樹は「食べます」と笑顔だが、望の父親の取り分が減るのか、と思うと素直に頷けない田島であった。


食後、夏樹と望がモチと夜の散歩へ出かけたので田島は後片付けを手伝うことにした。

千絵が皿を洗う手を止めることなく少しぼんやりした口調で話しかけてきた。

「ねえ、田島くん」

「ハイ」

「どうやったら、いじめっ子にもいじめられっ子にもならないかな」

夫の悪口でも聞かされるのではないかと身構えていた田島だが、これはこれで難しい質問だ。

「何かねーこういう事件の話を聞くと、娘を持つ身としては色々考えちゃうのよ」

「そうですね……色んな人間がいる中で誰とでも上手くなんて出来ないですから。

嫌な話だけど大なり小なりどちらかは経験すると思いますよ。でも親としては、いじめるなってことを言うしかないんじゃないですか?

いじめられるなって言っても絶対にいじめられない方法なんて分からないわけだし。

親はいじめられてることが分かったら、とことん味方になってあげるしかないんじゃないですかね……綺麗事ですけど。」

「そうねぇ。難しいわ。」千絵がため息をつきながら最後の皿を洗い終えたと同時に

「大変!大変!大変!」と騒ぎながら散歩組が帰って来た。

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