犬も話せば
柴野 メイコ
大村探偵事務所
第1話
「ありがとうございます。本当にもう会えないかと思っていたので……ありがとうございます。」
中年サラリーマンの腕の中でスヤスヤと眠る子猫を眺めながら
「噂には聞いていました。『ペット探しなら大村探偵事務所』と。本当だったんですねぇ。まさか一日で見つけてもらえるとは。一刻も早く会いたかったので電話を頂いて職場抜けて来てしまいましたよ。」
サラリーマンは涙と鼻水を溢しながら延々と感謝の言葉を述べ続けている。
田島は中年サラリーマンにティッシュを渡しながら
もう手続き済んだんだから早く帰ってくれないだろうか、とぼんやり思った。
しかし、客商売だから仕方ない。内心とは裏腹の営業スマイルを崩さないように気を付けながら、相手の言葉に相槌を打ち続けた。
結局サラリーマンは三十分ほど居座り続けて子猫の可愛さを語りに語って帰って行った。
「疲れた……」田島は口に出して呟くと、先ほどまでサラリーマンが座っていたソファーにゴロンと寝転んだ。
報告書類は書かなきゃいけないし、掃除もしないといけない。
でも、取り敢えず仮眠だ。
そう思い目を瞑ったところ「ただいま~」呑気な声と共に玄関が開き、大村探偵事務所所長の
うるさくて寝てられないな。田島は大きくため息をつきソファーから立ち上がった。
『大村探偵事務所』は二階建ての小さなアパートの一室にある。
元々は現所長である夏樹の父親、
高広は優秀でありペット探し、素行調査はもちろんのこと警察と一緒に事件の解決にあたったことが幾度もある。
優秀な上に性格も温厚であり周囲から慕われていた。
しかし一年前に突然「田舎で夫婦揃って農作業したいから事務所辞める」と宣言し引退してしまった。
当時、田島以外に四人の所員がいたのだが高広に影響されたのか「俺たちも好きなことをして悠々自適に暮らしたい」と全員辞めてしまった。
田島も辞めようかと考えたことはあるのだが、就職活動が面倒だ、との理由で事務所に残っている。
そもそも職歴が探偵事務所だけの25歳の男を一般企業は受け入れてくれるだろうか?と悩んだりもする。
高広には世話になった。有り難い。けれど、
「父さん辞めんの?なら俺が継ごーっと」と適当に跡を継いだ同い年でアホの夏樹のことはちっとも尊敬していない。
夏樹は高広と違いアホである。しかし、人付き合いは上手くコミュニケーション力はなかなかのものである。
「田島くん、こんにちは~」
夏樹と共に小学生の女の子と犬も入って来た。
少女の名前は
「望ちゃん今日は何?」田島が伸びをしながら訊くと「大嫌いな算数」と恨めしそうな口調で望が応えた。
田島は苦笑しながら、犬に「モチ」と呼掛けビーフジャーキーを投げて渡した。
モチは望の飼い犬である。餅が名前の由来となっており白く太り気味の中型犬だ。
モチはあっという間にむしゃむしゃ食べ終えると「おかわり!」と喚いた。
モチは人間の言葉を喋る犬である。この事を知っているのは望の家族と探偵事務所の二人だけだ。
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