第10話

二人が到着してから数分後、薄手のパーカーを着た女性がうつ向きがちに公園に入ってきた。

モチに「あの人が蕨真帆?」と小声で尋ねるとコクリと頷いて応える。


夏樹が「蕨さん!」とブンブン手を振って呼ぶと真帆は小さく頭を下げ二人が座るベンチまで小走りでやって来た。

「蕨です。上田さんからお電話頂きまして……」と緊張した面持ちである。

ネットにあがっていた中学の集合写真と変わらず、ぽっちゃりした体型、仕事中ということもあるだろうが薄化粧で面影があり望が気付いたのも頷ける。


「大村探偵事務所です。緊張せんで大丈夫だよ。どうぞ」夏樹が笑顔を浮かべ自分の横に座らせた。

モチが真帆の足元に近付き横になると少しホッとした表情を浮かべていた。


公園には親子連れが数組と散歩をする年配の夫婦がおり穏やかな時間が流れている。

田島は静かに質問を始めた。

「突然すみません。ネットへ流出した名簿の件で伺いました。ネットに出回っているといつ知りましたか?」

「昨日仕事休憩中に同級生から連絡がきて知りました。でも私は後から名前のみが出ただけで職場とかの個人情報までは出なかったのでそれほど支障はありませんでした。」

真帆は膝の上でギュッと手を握りしめながら答えた。

田島は質問を変えた「これは警察の捜査とは違います。証言したことで蕨さんに迷惑がかかることはありません。

当時、クラスでいじめはありましたか?」

握りしめた手に更に力を入れ暫く迷った後、真帆は小さく頷いた。


八年前ー当時は言えなかった事実が少しずつ明かされていく。

「いじめてたのは、最初に流出した名簿に載っていた人たち?」

「それが……基準がよく分からなくて……。中心になっていじめていた人も載っていたけど、それほど積極的にはいじめていなかったなって人も載ってるし。

それに、こっそり教科書に落書きしていた人を知ってるけど、その子の名前は載ってなかったんです」

真帆の答えに二人は困惑した表情を浮かべた。

「それに対し心当たりは?」

「本当に分からなくて……すみません……」


「ねえ、何でいじめられてたのか分かる?」

黙って話を聞いていた夏樹がゆったりとした口調で訊いた。

真帆はしばし宙を見つめ「……凄く可愛い子でした。けど性格は大人しくて、周りと馴染まないというか、馴れ合わないというか……。

それを『可愛いから調子にのってる、自分は特別だと思ってる。気にくわない』と勝手な理由をつけて、かと思います。

私も暗くて大人しかったけど、見た目も地味だったし、いじめても面白味がないと思ったんじゃないかな。」と小さな声でぽつりぽつりと話した。


「……何も悪いことしてないのにいじめられてたのに学校にはほとんど休まず来ていて、本当に本当に我慢して頑張ってたと思うんです。

気にはなってました。でも、私みたいな暗い子と同じグループは嫌かなって、声かけられなくて」

真帆は言葉を切った。目には涙が浮かんでいる。

「……違う。本当は同じグループに入れたら私もいじめられるって思ったの。だから声かけないで見て見ぬふりして。

自殺の後で、いじめがあったって証言もしなくて。

私も一緒なの。いじめてるのと一緒。ひどいことした。私も最初に出た名簿に人殺しとして名前が載ってなきゃおかしい。」

夏樹は真帆の背中をポンポンと叩きながら「大丈夫だよ。大丈夫。その子の為に泣けるなら大丈夫、いじめてなんかないよ」と優しい声で言った。

真帆の目からポロポロと涙がこぼれ、ハンカチで顔を覆いながら泣きじゃくり始めた。

夏樹は小さい子どもを慰めるように肩を優しく叩きながら「大丈夫、大丈夫」と繰り返している。

モチは真帆の手は優しいと言った。

夏樹の手も優しく温かい。

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