第5話
「八年前……。でも自殺なんですよね?」
田島の問いに河合警部は頷くが、その表情は暗い。
「当時、俺も山捜査にあたった。その関係もあって今回の捜査に加わっている。
飛び降りだったんだが状況からみて自殺で間違いない。遺書は無かったが遺族は家庭内で思い当たることはない、いじめが原因ではないかと学校に調査を求めた。」
つまり、『人殺し』の意味は『名簿に載っているクラスメイトがいじめたせいで死んだ』事を告発しているのか。
「クラスメイトへの糾弾ですか」田島が呟くと夏樹が「きゅうだん……何で?意味わからないんだけど」と困惑の表情を浮かべる。
「お前の思ってる球団じゃないぞ。帰ってから辞書を引け」冷たく返されたが素直に頷いている。
田島は場を仕切り直すために小さく咳払いをして話を続けた。
「遺族が犯人の可能性は?」
「両親と姉がいるんだが仕事に出ていた。
家族で商売をしていてな。
10時から店を開けるため品物の準備やら店先の掃除やらで9時には働いていた。パートの店員と近隣住民から確認が取れている」
「こんな大ごとになっていますがいじめは事実なんですか……?」黙って話を聞いていた事務職員が小さな声で訊いた。
皆が目を丸くしている事に気づくと、再び小さな声で「いえ、いじめを苦にしてなら相手の名前を書いておかないかな、と思いまして。遺書がないんですよね?」
「当時、学校はいじめはなかったと報告をしている。クラスの誰からもいじめに関する証言は出ていない。
ただ、生徒の私物がいくつか無くなっていた。本人が捨てたのか、誰かに隠されていたのか、当たり前の事だが本人から証言は聞けない。
情けない話だが本当の理由は分からない。何で遺書を書かなかったのかも判断できない」
「保身でクラスメイトも学校も本当の事は言わないですよ」山城刑事が天井を見つめたまま呟く。
八年前の悲しい事件が新たな事件を引き起こしている。
重苦しい空気が流れた。
「可愛い」
場の空気にそぐわない発言をしたのは勿論夏樹である。
「何だ?門の前にいる警察官をかわし、休講無視して大学内に入ってくるような可愛い女子でもいたか?」
夏樹は首を横に振る。「いや、ネットにさ、そのクラスの集合写真載ってるんだよ。自殺した子も写っててめっちゃ可愛い。見る?」
「俺は興味本位でそういうの見ない」
「別に興味本位じゃないよ。何か手掛かり探そうと思って」夏樹が口を尖らせ、山城刑事が机に突っ伏す。
「うわーやっぱ写真まで出てきたかー。しかも集合写真って、名前載ってない人も写ってるのに」
その声は悲痛にも諦めにも聞こえる。
田島は顔も名前も知らない少女のことをぼんやりと考えた。
これからの人生が確かにあったはずの中学二年生。自ら終わりを選ばざるを得なかった。そうすることでしか助からないと思い詰めて光を失った。
ーやるせないな
大きなため息と共に河合警部が立ち上がった。
「とにかく!お前らの所に何で名簿が来たかは分からんが、もし何か気づいた事があれば教えてくれ。俺たちは捜査に戻る。山城!項垂れてる暇があったら動くぞ!」
山城刑事は「じゃあ、二人ともまたね……」と力なく呟き河合警部と外に出ていった。
残されたのは事務職員と探偵であるが、事務職員は『自分は巻き込まれた第三者』のスタンスなので、探偵なんて怪しい職業に関わってやる義理はないと言う冷たい口調で「仕事に戻るので出てって下さい」と睨まれ部屋から追い出されてしまった。
二人が建物から出てみると野次馬の数が増えており職員や警察が対応にあたっていた。
正門付近にはテレビ局まで来ておりレポーターが神妙な顔つきでカメラに向き合っている。
「まあ、格好のネタだよな」
「結局さ~分かんないまま帰るのか」
確かにこのまま帰るのも釈然としない。
「クラスメイトに話聞きに行くぞ」
「誰に?どこに?」
「皮肉な話だけど名前、どこの誰かは名簿もあるし、ネットにもいくらでもあがってるだろ」
夏樹は「あの~昼ごはんは?」と嘆きながら、スタスタ歩いていく田島の後を追った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます