第16話
八年前、高校からの帰り道にある『ショッピングモールかざみ』にしょっちゅう寄っていた。
友だちと行くこともあれば、一人で立ち寄ることもあった。
その日俺は、ドラッグストアで一人で買い物をしていた。
店内にはブレザーの制服に身を包んだ俯く中学生の女の子がいた。ーどこかで見た顔だな、と目で追っていると
女の子の手がスッと伸びて口紅を鞄に入れた。
女の子ー宮園悠実は俯いたまま店を出て行った。
おいおい、と思い声をかけようと考えたけど人目が多くて。ちょっと後をつけると同じ制服姿の少女たちが駐輪場に数人集まっていた。
「一個だけとかバカなの?」「足りないし。盗れないなら金持って来い」「でも、ドロボーだね。何回も泥棒したね」とケラケラ笑っていた。
悠実は唇をかんで俯いていた。
悠実は少女たちに小突かれながら帰っていった。
俺は何て言えば良いのか分からなくて結局追いかけられずにいた。
数日後、高校の廊下で、万引きをしていた少女と似た顔をした女子生徒とすれ違って凄くびっくりした。
「なあ、あの人誰だっけ?」友人に聞くと「お前、宮園成実も知らないのか……あんなに可愛いのに」って呆れた顔をされた。
俺は成実の情報を聞いて、家が店をやってること、店の隣が家だということ、妹がいることを知った。
どこかで見た顔だなー同級生の妹だったんだ。
俺は行くべきか迷ったけど、悠実に会いに行くことに決めた。
放課後、店の前で待ってると、暗い表情の悠実が帰ってきた。余計なお世話なのは分かってた。でも、あんなことは辞めた方がいいし、解決策を見つけなきゃいけないと勝手に思って。
「あの」と声をかけると悠実は困惑した表情を浮かべ「姉に用ですか?」と訊いた。
初めて聞いた悠実の声はとても小さかった。
「いや、えーと君に用があって……。あの最初に言っとくけど俺は味方だから」
とにかく怪しかったと思う。悠実は怯えた表情を浮かべ逃げようとした。
「待って、俺お姉さんと同じ学校の田島っていうんだけど……先週ショッピングモールかざみのドラッグストアで君を見かけたんだ。」
悠実は呆然とし「……警察に連れてくんですか?」と呟いた。
「連れていかない。でも、いつかバレる時が来るよ。辞めた方がいい。」
「だって……」悠実の目から涙がどんどん溢れた。
やばい、人目につく。成実も帰ってくるかもしれないし、どうするべきかー
悠実も同じように思ったのか、俺の鞄を引っ張り店の裏手に連れて行った。
悠実はしゃがみ込み暫く泣いていた。
「……すみません」
「いや、俺が急に来て嫌なこと言うから。でもさ、自分の意思でやってないだろ。親に相談できない?」
どこまで、知ってるのか。悠実は困った表情を浮かべ首を横に振った。
「……親にいじめられてるの言えない」
「なら、学校で相談した方がいいよ。担任が無理なら保健室の先生とかさ。とにかく自分一人じゃ解決できないことだから。初対面で怪しいだろうし、うざいだろうけど俺も話とか聞けるし」と携帯の番号を書いて渡した。
悠実は涙を拭い「……変な人ですね」と呟き立ち上がった。
俺も「よく言われる。連絡してくれて良いから」と告げ帰ることにした。
店の表には、俺の高校の駐輪ステッカーがついた自転車が止まってて成実が帰ってきていることが分かった。俺は成実に会わない内にさっさと家に帰った。
ーさっき宮園さんに訊いたら帰った時に俺達の会話聞こえてたらしくて。『でも、妹に何も言えなかった。親にも言えなかった』って、俯いてた。
番号を渡したけど悠実から連絡は一切なくて。
学校でたまに成実と視線が合うことがあったけど何も話はしなかった。
ーそれから三ヶ月も経たない内に「宮園さんの妹自殺したんだって」って聞いて……。
通夜の会場前まで行ったけど入る勇気がなくて。
結局、成実に何も言えないまま卒業して、罪悪感もあって忘れたかったんだろうな。だんだん忘れていってしまった。
さっき成実に聞いた話だと自殺の後、謝りに来たのは浅岡渉だけだったらしい。浅岡は成実の親にも話そうとしたけど、止めたって。
『将来、嫌な目にあわせたいから今は言わないで』
そこから成実と浅岡は密かに連絡を取り合っていた。
名簿流出事件があった日は成実の誕生日で浅岡にプレゼントとしてお願いしたそうだ。
分かるか?好きな女の子ー自分たちのせいで、もういなくなってしまった女の子とそっくりな顔をした人に言われた言葉は呪縛になって、浅岡はその想いを叶えるために今回の事件を起こしたんだ。
◇◇
田島の話を聞き終えた夏樹は考え込んだ後「でも一回会っただけだろ?田島が責任感じることじゃないよ」と慰めたのだが、田島は項垂れている。
「俺が、八年前に宮園悠実の親や周りの大人にいじめの件を話してたら結果は違った。浅岡が言ってた『万引きの強要』を見てたのに言わなかった。
お前がショッピングモールかざみで『万引きGメン』って言ったのに、思い出せなかった。すみれ食堂で奈緒ちゃんが『話したことない子』って言ってたけど、俺は話して、関わってた。覚えてないといけなかったのに。
それに俺が無責任に学校で相談しろ、なんて言わなければ、学校に行かなくていいって言ってやれれば悠実は自殺することは無かった。
当時は気にして、勝手に会いにまで行ったのに、風見中学校が関わってるって情報を聞いても思い出さず、写真で顔を見るまで忘れてたんだ。」
「でも、田島の責任じゃないよ。いじめてた生徒たちの問題だ。だから元気出せ」
夏樹の言葉に田島は柄にもなく泣きそうになった。
モチは二人を眺め「ねえ、家で美味しいご飯食べよう」と唐突に言った。
「ご飯を食べたら元気がわいてくるよ」
「そうだな」夏樹は微笑み、上田家へと車を走らせた。
出迎えてくれた望は普段と様子の違う田島に心配そうな表情だったが、すぐに「お帰り」と笑ってみせた。
田島は『心配してくれる人や犬がいる。これからも探偵を続ける中で色々なことがあると思うけどー頑張れる』と思い、感謝の気持ちを込めて「ただいま」と返したのだった。
犬も話せば 柴野 メイコ @toytoy_s
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