第15話
田島は店の入口前で深々と頭を下げ「ごめん。忘れてた。ごめん……」
小さな声で言った後、「宮園さんも関わってたんだね」と顔を上げた。
宮園と呼ばれた女性は「警察に言う?」と微笑んだ。
田島は首を横に振り「浅岡も絶対言わないだろうし……。ただすぐに思い出せなかったことを謝らなきゃと思って。」と消え入りそうな声で言った。
「何だ?どういうことだ?」夏樹がモチに小声で聞くが、モチも「分かんないよ」と困っている。
宮園は小さく笑みを浮かべた。「田島くんと結局話せなくて後悔してた。この前、同級生から、高校出てすぐ探偵事務所で働きだしたって聞いてびっくりした。
それで、今回の事件田島くん気付くかなと思って」
「……俺が『学校で相談した方がいいよ』って言ったの聞いてたんだよね?ごめん。無責任なこと言って」
「やっぱり時が経つとね、みんな忘れるのよ」
「何か……めっちゃ空気重いなぁ~」塀の後ろで盗み聞きをしながらどんどん気が重くなってくる。
夏樹は、こういう空気が苦手である。額にじわりと汗がにじみ、余計に不快感が増す。
「モチ、車に戻ろう」
モチは少し不満そうだったが大人しく夏樹の後に着いていった。
夏樹はコンビニで飲み物とビーフジャーキーを買い車に戻ると『コンビニ駐車場にいる。話を聞きたいから勝手に帰らず来てくれ』と田島にラインを送った。
夏樹の暗い顔を見たモチは気を遣って「このビーフジャーキー美味しいよ」と言ったのだが「ああ、うん」夏樹の返事はぼんやりしたものだった。
夏樹は車から道行く人を眺めた。
下校の時刻らしく、風見中学校の制服も見える。何だか浮かない表情をしている子が多い。ここ数日マスコミや野次馬たちがウロウロしているせいだろうか。
普段は友人たちと笑って帰っているのだろうか?
自殺したミヤは笑って帰宅したことがあっただろうか?
夏樹が考え込んでいると、ガチャリと後部座席の扉が開き、疲れた表情の田島が戻ってきた。
「おかえり……えーと。実は後をつけまして、宮園さんて人と会ってる所まで見ました。絶対他言しませんので事情を説明してくれないでしょうか?」緊張感のあまり無駄に丁寧語で訊くと田島はしばし黙った後、頷き静かに話し始めた。
「まず、いくつか疑問点があった。
発端となった、探偵事務所に名簿を入れたのは誰か?」
「え?浅岡じゃないの?」
「同窓会で情報仕入れて名簿を作ったのは浅岡だよ。でも公園で会った時、大村探偵事務所です。って名乗ったのにピンと来てなかっただろ?別の人が絡んでるなって思った。
名簿の情報は共有していたけど、事務所に漏らすことは知らされていなかった。
でも、浅岡が庇うとしたら遺族しかいないかも、だとしたら言う筈がない。と思って聞けなかった」
「……さっきの人?」
「宮園成実。自殺した宮園悠実の姉だ。
浅岡も言ってたけど宮園さんの家は、ケーキ屋で。モチ、お前が事務所に届いた紙に『美味しそうな甘い匂い』って言ったのその匂いじゃないか?」
「ああ、言われてみればそうかも!」モチはパタパタと尻尾を振りながら答えた。
「それと浅岡が、死ねって言った人物を特定していた理由。
浅岡は『心臓がバクバクして周りの顔も見れなかった』と証言していた。そんな精神状態で分からないだろ?
山城刑事の話では言った方も面白半分で『覚えてない』って。
浅岡は『言われた方は希望をなくしますよ』とも話していた。つまり、悠実本人が記録していたものから、特定したんじゃないか?
……さっき宮園さんに聞いたら、やっぱりそうだった」
田島は大きく息を吐き話を続けた。
「集合写真に×をつけて、『この人たちに死ねって言われたから死にます』って書いてあったそうだ。
落書きされた教科書等は前もって処分してたみたいで家から見つからなかった。
誰が書いたか見当はつくけど確証が無い。それは悠実が自分の手で捨てておいた。誰が死ねと言ったか確実に分かっている証拠は残した」
「そう言えば河合警部『私物がいくつかなくなっていた』って言ってたな。自分で捨ててたのか。死んだ後、家族に見られたくないほどのことが書いてあったのかな……。
でも、遺書あったんだよな?何で学校や警察に言わなかったんだ?」
「教科書とかに落書きされてた事は浅岡から聞いて二人で推察したみたいなんだけど。
悠実の部屋から写真をみつけたのは宮園さんで……。
『子どもで大した罪にも問われないだろう。それなら切り札にしようと思い隠すことに決めた。私たち家族の人生を壊したみたいに、将来彼らの人生を壊すための切り札として取っておこう』そう思ったんだ。」
沈黙が続きモチが心配そうに二人の顔を見比べた。
夏樹は大きく深呼吸をして訊いた「田島は宮園姉妹の事を知ってたのか?」
「そうだな……忘れちゃってたけど」田島は自分の記憶と宮園成実の証言を合わせて八年前のことを語り始めた。
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