第7話
田島が考え込んでいる中、事務所用の携帯電話が鳴った。
着信相手は「上田家」とある。望の家からだ。
出ると望の母、千絵が「田島くんたち晩ご飯食べに来ない?望が事件の話を聞きたがってうるさいのよ~」とのんびりした口調で言う。電話口からは「シーフードカレーだから来てね!」と望の大声がし、「お肉のほうがいいのに!」というモチの嘆きも聞こえる。
千絵は料理上手だ。お言葉に甘えることにした。
話を聞いた夏樹は「さあ!早く帰ろう」と田島に笑顔を見せたのだが
「衛藤晴大のコンビニと笹川真実子の美容院だけ寄ってく。事務所から近いみたいだし」とスタスタ歩いていく。
「え?どうせいないって!てか何か食べてかないのか……」夏樹のうんざりした声が聞こえるがお構い無しである。
駐車場に着くと夏樹は「俺が運転する!」と素早く運転席に乗り込んだ。
「別にいいけど。衛藤の働いてるコンビニはー」田島がネットに晒されている個人情報から店舗の場所をカーナビに入力した。
『200メートル先右折です』
夏樹はカーナビの音声を無視して車を走らせていく。
「おい!道が違うぞ」
「おにぎり食べたい。カレーまで待てない」
「今からコンビニ行くんだからそこで買え!」
「すみれ食堂のばくだんおにぎり食べたい!」
「時間もったいないだろ」
「所長命令!」こんな時だけ上司面するなよ。田島は呆れたが運転されているからにはどうにも出来ないと諦め、助手席のシートに深くもたれかかった。
すみれ食堂は大村探偵事務所から徒歩3分の場所にある。近くて安くて美味いし店主の大野夫妻をはじめ店員も気さく、と良いこと尽くめ。二人とも行きつけの店だ。
「あ、いらっしゃ~い」アルバイトの
「おにぎりだけで良いの?」「ちょっと今忙しくて」奈緒は、ふーんと呟くと厨房に注文を伝え、暫くして大きなおにぎりをふたつ持って来た。
すみれ食堂のばくだんおにぎりはその日により具材が違う。
「今日は何だろう、唐揚げと明太子入ってるといいな~」
おにぎりにかぶりついて上機嫌な夏樹の隣のに奈緒は腰掛け「ねえ、忙しいのって風見中学の件で?」と尋ねた。
突然のことにむせてしまい、せっかく手に入れたおにぎりをお茶で流し込む。
「だってめっちゃ炎上してるし。なんか当時より大騒ぎになってるよね」
「え?奈緒ちゃんその時のこと覚えてるの?」田島が驚いて訊くと奈緒はこくんと頷いた。
「俺たち覚えてなくてさ」
「私も忘れてたよ。けど今回の騒ぎで思い出した。塾の友だちに風見中の子がいて
、クラスは違うけど学校中大変って言ってたな~って」
奈緒は大学四年生、同じ学年だ。「友だちの学校っていう身近なところで同い年の子が死んじゃうなんて凄くショックだったのに忘れちゃってた。
喋ったことない子だけど、なんかね忘れちゃって胸が痛む」
「ちゃんと思い出して俺たちより偉いよ」
夏樹が慰めの言葉をかける中、田島は奈緒の言葉を反芻していた。
風見中学の生徒……喋ったこと……?
また何か思い出せそうで思い出せないな、と考えながらおにぎりを頬張った。
唐揚げも明太子も入っていないな、とぼんやり思った。
すみれ食堂を出た二人は、今度こそカーナビの指示通りに衛藤晴大の働くコンビニへ向かった。
店の前で携帯片手に写真や動画を撮っている数名を発見し
ああ、このコンビニでバイトしてるんだな、と直ぐに分かった。
店内に入ると警戒した表情の店員の「いらっしゃいませー」と言う声が響く。
さっさと用件を済ませて上田家へ行きたい夏樹はレジの女性店員に「衛藤くんいますか?」と声をかけた。
「……いません」俯いて目を合わせず、声も震えている。
今日何度も同じ質問をされ、関係ないのに罵声も浴びせられたことだろう。
「分かりました!いきなりゴメン!」夏樹は晴れやかな笑顔で店内から出て行こうとするが、田島が制止する。
「あの、突然すみません。決して野次馬や面白半分ではないんです。大村探偵事務所の田島といいます。事件の調査をしてまして。何か心当たりはないでしょうか?」
「……探偵?」怯えが薄れ怪訝な表情になっていく。
探偵?怪しい。だいたい探偵って何か資格持ってるわけ?
こうした反応には慣れっこなので「何か些細なことでも結構です。最近変わったことはありませんでしたか?」と質問を続けると「いや、そんな言われても分かんない……。居酒屋で聞いてみたら?」と心底嫌そうに返された。
「居酒屋?」「衛藤くんが先月くらいから始めたもう一つのバイト先です。ネットにコンビニバイトで名前上がってたみたいですけど。なんでうちの店ばっかり……」
夏樹と田島は顔を見合わせた。
確かに名簿にはコンビニだけが載っていた。
二人は店を出て「結局会えなかったなー。でも、何でコンビニの方を載せたのかな?」「期間が長いからか?」と疑問を話しながら笹川真実子が働く美容室へ向かった。
扉を開けると「すみませ~ん。今日は予約で埋まってまして…。別の日で予約されます?」と女性スタッフが微笑みかけてくる。
夏樹が「笹川さんですか?」と笑顔で尋ねた途端、女性スタッフはうんざりした表情になり「違います。少々お待ちください」と施術中の30歳前後の男性スタッフに話しかけに行った。
男性スタッフは客に「ちょっとだけ外します。申し訳ないです」と頭を下げ二人の方へ向かってきた。
「外へいいですか?」
何か話してくれるのか!と期待したのだが店の外に出た男性スタッフは鬼の形相である。
「あのなー!いい加減にしろよ!午前中から押しかけたのが落ち着いたと思ったらまだ来るのか!」店内での柔らかい物腰とは全く違う反応だ。
「いや~あの俺たち怪しい者では」夏樹が揉み手をして言うが返事は怒鳴り声だった「とにかく邪魔!迷惑!そもそも笹川辞めてるし!」
「辞めてる?今日の今日で辞めたんですか?」
「3週間前に辞めてんだよ!」それだけ言うとまた店内へ戻ってしまった。
「どういうことだ?」「あの名簿間違ってるのかな?でも他の人たちはいたもんな」
わからない。収穫なしだ。疲れた。
そんな消極的な話を繰返しながら二人は望の家へ向かって行った。
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