第16話
「まゆさ、僕と結婚しない?」
はるおみがこう言ったのは、ホテルのレストランで夕食をとっていた時の事だった。
唐突な申し出に、私は手に持っていたグラスを落としそうになった。
「はるおみ?何言ってるの、ビックリするじゃない。」
「本気だよ。だって、まゆ結構困ってんでしょ?」
「それはそうだけど。でも、はるおみ好きな人がいるって…」
「いるよ、でも一番はまゆだから。」
はるおみがにっこり笑って言う。
「…そんなの初耳だわ。」
私は突然の告白に、思考がついて行かない。
「僕ならもうすぐ大学卒業だし、割といいところに就職も決まってるし。」
「だからって…」
「お互い隠し事もないし、まゆが望むのなら帰ったらすぐにおじさんやおばさんに挨拶に行けるよ。そりゃ、急な話で驚かすと思うけど安心はさせられる。」
「………」
痛いところを突かれ何にも言えなくなった私の手に手を重ね、はるおみが言う。
「困らせるつもりじゃないんだ。ただ忘れないで欲しい。僕がまゆの事好きで、いつだって味方だって事。」
「はるおみの好きは友愛でしょ。」
「友愛だろうと親愛だろうと恋愛だろうと、愛には変わらないよ。」
私を見つめながら話すはるおみの提案に、答えをすぐに出すことなんてできなかった。
「とにかく僕にはすぐにまゆを受け入れる準備が出来てるって事、覚えておいて。」
はるおみはそう言うと、私の手をそっと放した。
夕食を終え部屋に戻ると、はるおみは
「そういえば、かずきさんブロックしておいたからね。」
いたずらっ子のように笑いながら私に言った。
「えっ、なんで。っていうかいつの間に?」
「駄目だよ、大事なものは目を離さないようにしないと。」
すっぽかしたのに、かずきからの連絡が来ないのは当然の話だった。
「ひどい、はるおみ。きっとかずき君心配してる。」
「旅行はキャンセルって送っておいたから大丈夫でしょ。まあ、ちょっとくらい心配してもいいんじゃない。今声聞いちゃったら、まゆ辛いだろう。」
「でも…」
「いいからいいから、せっかくの旅行なんだから少しは楽しんで。ずっと来たかった場所なんでしょ。」
この状況を楽しんでいるようすのはるおみにあっけを取られた。
「やっぱり一人でこればよかったかな…」
私は小さな後悔をため息と共に吐き出すと、ベッドに座り込んでしまった。
「まゆ、怒ったの?」
「ううん、疲れただけ。ちょっと休む。」
「オーケー。じゃあ僕は、お邪魔にならないようにバーで一杯飲んでくるから。」
「分かった。ルームキー持って行ってね。寝ちゃうかもだから。」
「はいはい、ゆっくりお休み。いい子にしてるんだよ。」
はるおみは振り返り手を振ると、部屋から出て行った。
私はそれを見送るとベッドに潜り込んだ。
ここ数日の事を思い返すとどっと疲れが来て、あっという間に眠りの淵へと誘われていた。
バーで1杯ドライマティーニを飲んだ後、僕は電話をかけることにした。
非通知にもかかわらず、1コールで繋がった事に僕は特別驚きもしなかった。
「まゆっ?」
「こんばんは、かずきさん。お元気でしたか?」
「…はるおみくん?悪いけど忙しいから切るよ。」
「いいですけど。でも、切ったらきっと後悔しますよ。」
少し脅かす様に僕は言った。
「いったい何?」
思わせぶりな言い方が気に障ったようで、かずきはいつもとは違う余裕のない話し方をする。
そんな声を聴いていると、僕の方は逆にどんどん落ち着いていくようだった。
「ひとつ、まゆは今僕と一緒にいます。」
息をのむ音が聞こえたような気がした。
「ふたつ、まゆはもうかずきさんだけのまゆではありません。みっつ、今夜僕はまゆにプロポーズしました。」
永遠の様な一瞬の静寂がこちらとあちらを包み込んだ。
止まった時を動かす様に僕が話しかける。
「もしもし、分かっていただけましたか?」
「…まゆは今どこにいるんだ。君たちはいったいどこに…」
「それは言えません。まゆに口止めされているので。」
「何で…」
「何でこうなってるのかは、かずきさんが考えてみてください。」
「………」
黙り込んでしまったかずきに僕はある事を提案した。
「かずきさん、僕と賭けをしませんか?」
「賭け?」
「実は、旅行から帰ったら、まゆの家に結婚の挨拶に行こうと思ってるんです。」
「そんなにすぐに?どうして…」
「いろいろ事情がありまして。でも、その前にかずきさんがここまでまゆを迎えに来てくれたなら、僕はおとなしく引き下がる事にします。」
「ここって…」
「そうだな、ヒントは『まゆの願いが叶う場所』です。」
僕はかずきの困惑がスマホ越しに伝わってきたような気がした。
「これ以上僕からお話しする事は無いのでこれで失礼します。」
「待って、はるおみくん。まゆは元気なの?」
「まゆですか?心身ともに万全という感じではありませんが、僕が付いてるので心配いりませんよ。では、健闘を祈っています。お休みなさい。」
僕はかずきに何も言わせず一方的に電話を切った。
部屋へ戻りルームキーで中に入る。
ベッドを覗くと、あどけない表情でまゆが眠っていた。
「本当ならここにいるのは、僕じゃなくてかずきさんだったのにね。」
そうつぶやくとカーテンを開けてみるが、今日は曇っていて星1つ見る事はできなかった。
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