第11話

 まゆが帰った後、僕は非通知設定で電話をかけた。

「…はい?」

 向こうからハイトーンの良く通る声が聞こえた。

「こんにちは。お久しぶりです。かずきさん。」

「えーっと…ごめんなさい。どちら様?」

 少し困った感じの声だけど、そこは丁寧に対応してくれる。

「僕です、はるおみです。」

「あっ、はるおみ君か。全然誰だか分からなかった。」

「まあ、そうでしょうね。出ていただけて良かったです。」

 僕は、いつもの朗らかで丁寧な話し方を心がける。

「でも何で僕の連絡先知ってるの?しかも非通知って。」

「連絡先なんて手段さえ選ばなければ手に入れられます。非通知なのは、僕の番号を知られたくないからです。」

「手段って…なんか怖い事言ってない。知られると困る事でもあるの?」

「これから色々あると思うので、面倒な事にならない様に予防です。」

 かずきは訳が分からず戸惑っている様だった。

「かずきさん、いいですか。とっても大切なお知らせをしますので聞いてください。」

「いきなり何。お知らせっていったい…」

 かずきが言い終わる前に話し出す。

「ひとつ、僕はまゆの事が好きです。女性としてね。」

 電話の向こうから一瞬音が消えた。

「ふたつ、僕はまゆの事なら何でも知っています。みっつ、どんな理由であれまゆの事を泣かすやつを僕は許さない。」

「…何が言いたいの?」

「分からないんですか?案外鈍いんですね。」

「なにっ…」

「そうだな、宣戦布告みたいなものだと思ってくれてかまいませんよ。」

 努めて明るい声で話す僕の言葉に、かずきは何も返さなかったのか、返せなかったのか。

「とりあえず、今日の所は以上です。僕が連絡した事はまゆには秘密にしておいて下さいね、では。」

 そう言って無言の電話が音を発する前に切った。

 これで何か変わるか分からなかったが、あんな風に泣き崩れるまゆを見て僕は何もせずにはいられなかった。



「かずき君、ねえ、聞いてる?」

 電話の向こうからまゆの声がして我に返った。

「うん?ああ、ごめん。聞いてなかった。」

 ベッドに腰かけていた僕は正直に言う。

 夕方のはるおみからの電話が心のどこかに刺さったままで、気になって仕方なかった。

「だからね、二人だけでちょっと遠くに行きたくない?」

「何、急にどうしたの。」

「かずき君、まとまった休み全然取ってないじゃない?だから羽伸ばしに行こうよ。」

「…そうだな。すぐには休めないけど来月なら大丈夫だと思うよ。」

「ほんと?じゃあ来月お休み入れてくれる?私も合わせるから。」

 嬉しそうな声を上げるまゆに、はるおみから電話があった事や、その内容を思わず話し出しそうになる。

「………ねえ、そう言えば言ったかな。」

「何々?」

「…今日、会えなくて淋しい。」

 僕は何とか思いとどまる。

 はるおみと二人だけであったのか、僕以外の男の前で泣いたのかなんて、結局聞いたところで詮無い事だった。

「私も淋しい。…でも嬉しいな。」

「何が?」

「かずき君が私に会いたいって思ってくれてる事。」

「本当に?僕じゃなくてもいいんじゃない?」

 つい皮肉が交じるが、まゆは気がついていなかった。

「私はかずき君じゃないとダメなの。知ってるくせに。」

「…そうだった、まゆはずっと僕だけだったね。」

「そうよ。…どうしたの?今日のかずき君、なんか変。」

「何でもないよ、何もない。ああ、早く二人でどこかに行きたいな。」

 僕は心からそう思った。

「どこ行きたい?」

「どこでもいいよ、まゆと一緒なら。」

「そう?じゃあ考えておくね。疲れてるみたいだからゆっくり休んで。」

「うん、そうするよ。またね。」

「またね。かずき君大好き。」

「僕もまゆが好きだよ。」

 そうお決まりのセリフを言って、電話を切った。

 ベッドにそのまま倒れ込み目を瞑ると、はるおみの声が聞こえてくる。

「まゆの事が好きです。まゆの事が好きです。まゆの…」

 リフレインして頭から離れない。

 何でも知ってるって、いったい何を知ってるっていうんだ。

 僕とまゆの事も全部って事なのか。

 答えのない、なぞなぞを考えている様なものだった。

 煩わしく思考はぐるぐると同じところを回り続けたが、僕はいつしかそれを放棄して眠りの淵に沈んでいった。


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