第10話

 何とか無事バイトを終了し、手に入れたお給料は結構な額だった。

 いざとなると何を買ったらいいのか全く分からなかったので、私は例のごとく相談役に電話してみる事にした。

「はるおみ、ちょっと相談なんだけど。」

「まゆ?いきなり何。久しぶりくらいないの?」

「そうだった、ごめんごめん。元気だった?」

「まあね。ちょうど良かった。今こっちに帰ってきてるから連絡しようと思ってたんだ。」

「そうなの。じゃあちょっとでいいから会えない?」

「僕はいいけど、二人きりだとかずきさんに怒られない?」

 はるおみがからかう様に言う。

「大丈夫よ。お兄ちゃんみたいなものじゃない、はるおみは。」

「ならいいけど、うちくる?」

「うん、今からでも大丈夫?」

「いいよ。近況も聞きたいしね。」

「じゃあね、待ってて。」

 そう言って電話を切ると、出かける準備を始めた。


 はるおみの家は久しぶりだったし、久々に見る顔も元気そうで何よりだった。

「で、相談って何?」

 はるおみがいきなり本題に入る。

「もうすぐかずき君の誕生日なんだけど、何あげればいいと思う?」

「何だ、そんな事か。」

 ちょっとがっかりした様にはるおみが言った。

「そんな事って何よ。大事な事なんだから。」

「相談なんて言うから、もっと深刻な話かと思った。」

「深刻って?」

「大学の単位落として進級できないとか。」

「これでも真面目に勉強してるのよ。」

 私は笑いながら言う。

「かずきさんが浮気したとか、それとも別れ話が出たとか。」

「そんなお話はありません。」

「おじさんにまだ未承認の中だとか。」

 気付いてほしくなかった事実に、私は笑顔が固まり沈黙が流れる。

「…うそ、本当に?もうすぐ半年だよね。」

 冗談のつもりで言っただろうことが当たってしまって、はるおみも言葉に詰まる。

「それはもういいの。いずれ話してくれるって信じてるから。」

「ふうん、かずきさんも案外意気地がないな。」

「そんな事ない、タイミングが難しいだけで…」

「こんなに長い間?信じられないな。まゆ、遊ばれてるんじゃないよね。」

「そんな事ないってば。だって毎日メッセージくれるし、毎週のように会ってくれるし、いつだって好きだって言ってくれるもの。」

「なーんか、都合のいい女になってるんじゃない?」

 はるおみに意地悪な言い方をされて、私はしょげてしまう。

 言われてみれば、会うのはいつもかずきの部屋かあまり知り合いに会わない様な所が多かった。

 だけど、二人の関係は秘密なのだからそれが当然と思っていた。

「…そうなのかな、どうなんだろう。わかんなくなってきちゃった。」

 考えれば考える程何だか不安で悲しくなってきて、不意に涙が込み上げてきた。

「まゆ?」

 はるおみはびっくりして、急いでティッシュを差し出した。

「ごめん。今のは僕が悪かった。ごめん。」

「いいの、そういう事考えた事なかったから。」

 考えないようにしてただけだという事は自分が一番よくわかっていた。

 泣き止もうとするが、涙は止めどなくあふれてくる。

「ごめんね。はるおみの事、困らせるつもりはなかったのに。」

「まゆが泣いたぐらいで僕は今更困らないよ。泣きたい時は泣けばいい。何なら胸を貸そうか?ほらこうすればよく見えないし。」

 そう言うと、はるおみは眼鏡を外して腕を大きく広げ、おいでおいでと手で招く。

 泣きながら近づくと、そっと私を抱き寄せ頭を撫でてくれた。

 かずきとは違うミントの様な香りのする腕の中は、ただただ優しかった。

「ばかだね。自分でも気づかないうちにいっぱい我慢してたんだよ。この際、ため込んだもの全部吐き出しちゃいな。」

「…そうなのかな。かずき君といられればただそれだけで幸せだと思ってたのに。」

「恋愛って言うのはそういうもんじゃないだろう。おとぎ話じゃないんだから。だいたい我慢にも限界ってものがあるっていうのに。」

 はるおみの言葉と体温を感じ、私は少しづつ落ち着いて涙も止まってきた。

「こんなにまゆが苦しんでるなんて思いもしなかった。ちょっとかずきさんに腹が立ってきたな。」

「はるおみ、もう大丈夫。ありがと。」

 私は離れようとするが、はるおみは離してくれない。

「僕ならそんな思いさせない。おじさんにだってきちんと報告してから付き合うのに。」

「はるおみ?」

「…まゆ、このまま僕に乗り換えちゃえば。」

 冗談とも本気ともつかない口調ではるおみが言う。

 思わず顔を上げると、はるおみはやっぱりど事なくかずきに面差しが似ていた。

「僕フリーだし、まゆより好きな女の子も今の所いないし。」

 眼鏡が無いのでよく見えていないであろう瞳が、私の事をじっと見つめていた。

 きれいで優しいはるおみの告白はまんざらでもなかったが、回転が鈍くなっている私の頭にでも少し引っかかる言い回しだった。

「………好きな男の人はいるんでしょ、その言い方だと。」

「…ばれたか。」

 はるおみはクスクス笑いながら私を解放してくれた。

「もう、からかわないでよ。」

 私もつられて笑ってしまった。

「涙止まっただろ。泣きたくなったらいつでもハンカチ代わりになるよ。」

「ばか、泣かせたのは一体誰よ。」

 久しぶりに盛大に泣いたせいか、頭は重かったが気分はすっきりしていた。

「ちょっと、かずきさんの事困らせたくなってきたな。」

 はるおみが私の事を気にせず、涙で濡れたシャツを脱ぎながら言う。

「どういう事?」

 私は目のやり場に困り横を向くが、聞き逃さなかった。

「まゆを我慢させてるお仕置きだよ。」

「何にもしないでよ。ただでさえデリケートな問題なのに、それでどうにかなったらどうしてくれるの。」

「太平洋に小石を投げ入れるくらいの事しかしないよ。安心して。」

「でも…」

「そのくらいでどうにかなるんだったら、それまでだったって事だよ。」

「怖い事言わないでよ。」

 はるおみが何をする気なのかが気になって、心配になってきた。

「それはそうと、プレゼントは旅行なんてどう?」

 着替えを終え、眼鏡をかけながらはるおみが話題を変える。

「旅行か…いいかも。物より思い出って素敵ね。」

「そうそう、どこか誰も二人の事なんて知らないところで、堂々とのんびりゆっくりしておいで。」

「ありがと。そっちの方向で考えてみる。」

「どういたしまして。また何でも相談して。」

 目の前にはすっかりいつものはるおみがいた。

「そうだ。ところで、はるおみの好きな人ってどんな人?」

「うん、先輩なんだけどね。僕と違って素直でまっすぐな人だから、なかなか攻略が難しくって。」

「おっきな猫かぶって、今の私みたいに何か相談でもしてみれば?」

「そんなのでうまくいく?」

「はるおみがその顔で泣き落とせば大丈夫よ。」

「そうかな?まあ、取りあえずかわいい後輩ポジションはキープしておこう。」

 はるおみが冗談めかして言うので、わたしはまた笑ってしまった。

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