第9話

 大学は長い夏休みに入った。

 かずきの仕事は立て込んでいて、私は毎日暇を持て余していた。

 自室で一人この数ヶ月の事を思い返してみると、まるで夢みたいで自然と頬が緩む。

 まるで順調に事が運びすぎていて怖いくらいだった。

 後はパパに話すだけなのに、今度はちっとイラっとする。

 本当にいつもそう思うが言わないと心に決めていた。

 いっそ私からパパに言ってしまおうかと何度も考えたけど、それじゃあかずきの面目丸つぶれだ。

 それにパパがどうなってしまうのか想像できなくて、とてもじゃないけど話を切り出せなかった。

 それにはるおみが言うように、追い詰めてしまって別れを切りだされてしまっては元も子もないから。

 大丈夫、かずきを信じよう。でも…

 部屋の中を落ち着かなく移動しながら二人の事を考えていると、いつも思考がぐるぐる同じところで行ったり来たりして進まなかった。

 そういえば秋にはかずきの誕生日がある。

 今まではかずきにいつ誘われてもいいように学校がある間はバイトをする気にはなれなかったし、そもそもバイトには反対のパパがいるので出来なかった。

 自由に使えるお金が必要になり、私は一か八かの交渉を試みることにした。


「夏休みの間、バイトでもしようかな。」

 反対されるのは承知の上で、パパとママが揃っているときにさりげなく言ってみた。

「バイト?なんで?」

 案の定、パパが眉間に皺を寄せる。

「皆してるよ。夏休みの間だけだから、いいでしょう?」

「今はまだ必要ないだろ。それとも欲しいものでもあるのか?」

「えっ、そう言う訳じゃないけど…」

「何か欲しいものがあるなら、久々に一緒に買い物でも行くか?」

 そう言ってニコニコするパパに、自分が働いたお金でかずきにプレゼントしたいなんて絶対言えなかった。

「いいんじゃない、こう君。社会勉強になるし。」

 ママの思わぬ援護が入り、パパが思わずうろたえる。

「お金を稼ぐ事の大変さを知るいい機会じゃない?まゆはちょっと甘えん坊だから。」

「はな、でもまゆは女の子だし危なくないか?」

「仕事を選べば危ないことなんてないでしょ。」

「そうだけど、こんな若いうちから苦労しなくても…」

「あら、私はこう君に出会ったとき働いていたわよ。忘れちゃった?」

「忘れる訳ないじゃないか。俺は一生懸命働くはなに惚れたんだから。」

 パパが慌てて言う。


 ママはバリバリの看護師さんだ。

 仕事中に怪我をしたパパが運び込まれた病院で働いていたらしい。

 テキパキと働く美人のママにパパは一目惚れし、パパの猛アタックの末二人は結ばれてた。

 今でも名前で呼び合う程仲良しだけど、惚れた弱みなのかパパはママに頭が上がらなかった。


 ママが私に付いたことで形勢が悪くなってきたのを感じ取ったパパは、

「どうしてもするなら条件がある。」

 そう言ってしぶしぶバイトを許してくれた。

 もちろん学業がおろそかになるのはダメ。

 家から近くないとダメ、接客業はダメ、夜遅くなるのはダメというのが、心配性のパパからの絶対条件だった。

 パパの厳しい条件を何とかクリアしたのは、スーパーのバックヤードの仕事だった。

 なるべくたくさん貯めたかったので、朝から夕方までぎっしりシフトに入れてもらい、空いた時間は課題かデートという生活を夏休み中過ごす事になった。

 初めてのバイトはとても大変で、覚える事がいっぱいだったり重いものを運んだりしたので、私は毎日ヘトヘトになっていた。

 何の心配もせずに今まで生活できたいた事のありがたさを感じながら、お風呂で寝てしまう事なんてしょっちゅうだ。


「大丈夫?」

 かずきが私を観察するように見ながら言う。

 かずきの部屋に来たのはいいものの、いつもよりテンションが低かったようだ。

「まゆ、すごく疲れてるみたい。ちょっと痩せたんじゃない?」

「そんな事ないよ、大丈夫。ほら、腕とかたくましくなってない?」

 私はそう言うと、笑顔をつくりながら力こぶを作って見せた。

「無理してるんじゃない?何でよりによってスーパーの裏方なんて重労働を選ぶかな。」

「パパの条件にあうバイト先なんてなかなか無かったの。仕方ないでしょう。」

「しかもほぼ毎日なんて。そんなにお金いっぱい貯めてどうするの?何か欲しければ言ってくれればいいのに。」

 保護欲満載の人がここにもいた事を思い出し、私は頭を抱えそうになる。

 言えない。かずきのプレゼントの為だなんて言ったら、かずきもすぐやめるように言うだろう。

 これ以上の追求を避けるために準備しておいたセリフを口にした。

「…だって、日中なんてかずき君は仕事でほとんど会えないでしょう?一人で家にいると寂しいんだもの。」

 しょんぼりとした感じでそう言うと、かずきは困った顔になる。

「それに親のお金で遊び回るより、よっぽど建設的だと思わない?」

「それは、そうだけど…」

「それともそっちのほうがいい?きっとパパは何故かその方が安心だって喜ぶけど。夏だし、プールとか遊びに行った方がいい?」

「プールは駄目。」

 かずきは慌てて言った。

「友達と海も絶対ダメ。」

「何で?夏なのに?」

 私はわざととぼけて見せる。言いたい事はわかっていたが、かずきの口から聞きたかった。

「何でって、わかるだろう?」

「わかるって何を?」

「日焼けするし…」

「そんなの日焼け止め塗れば大丈夫じゃない。室内プールだってあるし。」

「もう、だから…僕のいないところで他の男に水着見られるの嫌だし、ナンパとかされたら困るし…」

 かずきの声がどんどん小さくなっていき、顔が少し赤くなっている。

 希望通りのセリフを聴く事が出来た私は上機嫌で、とびきりの笑顔を見せる。

「そうでしょう。だから、バイトに精を出してるのよ。」

「わかった、わかったよ。もう言わないから。でも無理しちゃ駄目だよ。」

 どうやら諦めたらしい。

「はあい。水着は今度二人の時に着て見せてあげるね。かずき君大好きよ。」

「僕も大好きだよ、どんな格好のまゆでもね。」

 まだ納得してないようすで答えるかずきに私は抱きつき、キスで黙らせる事にした。

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