第8話

 春が過ぎ、本格的な夏が来る前の不安定な季節。僕とまゆの関係は少し落ち着いたものになっていた。

 お互い忙しく時間に追われていたが、僕は毎日まゆから送られてくるメッセージに必ず1回は返信したし、時間を見つけては会いに行っていた。

 それは大抵飲んの短い逢瀬だったけど、朝まで一緒にいたりする事も幾度かあった。

 何もかも順調に進んでいるように見えたが、唯一にして最大の問題は片付いていなかった。

 こうただ。

 日に日にこうたを避けるようになっている自分に気付く。

 まゆは僕にこうたの事を口に出さなくなっていた。

 僕の気持ちを配慮してくれているのだろう事はよく分かって胸が痛む。

 こうたにまゆと付き合っていると伝えるだけの事、なのに考えるだけで先生に怒られる前の子供のように気が重くなる。

「嫌な事は先に済ませてしまいなさい、その方が後からずっと楽だから。」

 昔、誰かに言われた事を思い出し、本当にその通りだと思う。

 まゆを手に入れたときに、言ってしまえば良かったと今更ながら後悔した。

 そうすれば今こんなに悩まなくても良かったのに。

 車の窓を伝う雨を眺めながら思わずため息を漏らした。


「悩み事?」

 助手席には、映画を見に行く約束のまゆがいた。

「ううん、何でもないよ。」

「嘘。」

「嘘じゃないってば。」

「…私の事、嫌いになった?」

「なんでそうなるの。まゆの事、嫌いになんてなる訳ないだろう。」

「だって、久しぶりに会えたのに何だか上の空なんだもの。」

 どこか後ろめたい気持ちが、まゆに伝わってしまったようだ。

 僕はそれを悟られないようにまゆに微笑む。

「そんな事ないよ。ちょっと雨にやられてるだけ。」

「そうなの?それなら無理して映画行かなくてもいいよ。今日は帰ろう。」

「大丈夫。まゆといたら元気になるから。」

「いいからお家に帰ろう?映画はいつでも見に来られるから。」

 まゆが心配顔で僕を見つめる。

 僕は愛おしさと申し訳なさの入り混じった何とも複雑な気分になり、まゆの肩をそっと引き寄せた。

「じゃあ、お言葉に甘えようかな。今日はずっと一緒にいてくれるの?」

「かずき君がこのまま追い返さないならね。」

「今夜は一人になりたくないな。天気も悪いしね。」

「かずき君、雨とか雪とか苦手だものね。」

「気圧が下がると片頭痛がね、服も濡れちゃうし。」

「弱ってるかずき君も好きよ。いつもより甘えてくれるからかわいい。」

「そう?僕はいつも元気なまゆが好きだよ。」

 まゆはため息の事を忘れたようで、心の中でほっとする。

「たばこ吸ってもいい?」

「うん。」

 僕はまゆから離れると窓を少し開け、たばこの紫煙で大きなため息をごまかした。

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